第56話 無限夢幻の王国
「闇王国のイメージですか? そうですね……。
閉鎖的、保守的、よそ者に厳しく身内に甘いという感じですね」
闇王国へ向かう道中。
エクサさんと会話を交わす。
相変わらず野盗・野獣・魔獣から襲撃を受ける兆候は見られない。
いたって安全な旅路だった。
「何でそんなところで商売するの?」
背後からにゅっと顔を出して投げかけられるのはソルアのもっともな疑問。
迂闊な発言で機嫌を損ねてからさらに数日。ようやくこちらが話しかけても無視されない程度に機嫌が直ってきた。もちろんそれは連日食材を豪華に使って存分に腹を満たしてやったことが原因であることは言うまでもない。
「だからこそ、ですよ。
闇王国を相手に商売しようとする商人は多くありません。ですが闇王国の人口が他の国に比べて極端に少ないということもない以上、需要は確かに存在するのです。
つまり、闇王国の人に身内扱いされるようになってしまえばそこは寡占市場。他の国では売れないようなものでもあの国では高く売れるということです。ぐへへ……」
ここまで商売っ気を隠さない商人も珍しいのではないだろうか。
恍惚の表情を浮かべて語るその姿は悪徳商人とか強欲商人とか言われそうなものだが、これで闇王国の人に気に入られるとは、いったいどんな手練手管を使ったのだろうか。
「商人とは信用が大切ですから、もちろん品質の悪い物で取引なんてしませんよ? ぐふっ。
俺が取り扱う商品は確かな目利きと信用できる仕入先をもとに仕入れた上等品。
お客様は欲しい物が代えてハッピー。俺は儲かってハッピー。商人って、誰も不幸にならない素敵な職業ですよねえ。ぐふふ」
「悪い人じゃないんだろうけどなー」
「何でこんな胡散臭いんだろうな……」
「ぐふふ」
そんな会話をしながら進むことさらに数日。
闇王国の全体を見渡せる場所に遂に到着した。
闇王国は火王国の北に位置する。広大な盆地にすっぽりとはまるような形で存在するこの国は、悪意の有無に関わらず外から何かが入ってくることを拒んでいるような雰囲気を放っていた。
「むう……」
「どうしたソルア? そんなしかめ面して」
「この国に近づくほど思ってたけど。私、この国合わない」
ソルアの顔色は実際に良くない。
俺は特に何も感じない……どころかいつもより調子が良い気さえする。
「エクサさんはどうですか?」
「俺はいつも通りですねえ。来るたび体調が悪くなるような所ではさすがに商売なんてできませんよ」
「なんかこう、胸のあたりがむかむかする」
「食べすぎでもなさそうだしな……。原因が分からない以上どう対処していいかも分からん」
「大丈夫。どうしても無理そうなら言うから」
「……そうか。無理するなよ」
少しスピードを落として闇王国の入口へ近づく。
闇王国の南口――巨大な黒い門はピタリと閉じられていた。
門には外部からの侵入者を威嚇するような意匠が彫られており、子供が見たら泣きそうだった。
「いらっしゃい。ようこそ闇王国へ。通行証は持ってますか?」
門のそばには兵士が立っており、淡々と入国のための手続を始める。
エクサさんは通行証と共に商売許可証を、俺は2つの光がともった腕輪を見せる。
門番はエクサさんの許可証をさっと確認した後、俺の腕輪を見て、目をピクッと動かした。
さっきから表情があまり動かないので人形を相手している気分になる。
もしかしてこの国の人って皆こんな感じなのだろうか。
「……ついに来てしまいましたか」
「呼んだのは闇王陛下と記憶していますが?」
「それはそうですが。残念ですが陛下の執務はすでに終了しておりますので、謁見は明日になります。
そでまで本国の観光をなさっていてください」
「まだ昼だけど?」
「陛下は気まぐれでして。その日の執務が終わったと思ったならば、その日はもう何もなされません」
「まじかー」
ゴゴゴ……という重い音と共に閉じていた門が開き始める。
この門、一つ一つの動作が威嚇のためにあるんじゃないかと思うくらいに仰々しい。
ゆっくりと時間をかけてようやく開ききった門を指して、門番はニコリともせずに定型句のように告げる。
「ようこそ、無限の夢幻の国、闇王国へ」
門をくぐればそこは地獄の底のような陰鬱とした光景……ではなく、黒を基調としながらも程よく白色を使った全体的にシックな光景だった。
外を出歩く人の姿は少なく、閉鎖的という印象通りではあるが、決して空気が重いとかそういうものではなく、規律がとられているという感じだ。
元々軍に所属し、規律や規則を叩きこまれてきた身としては懐かしい気持ちさえ感じる。
「ねえ」
観光しろと言われたために周囲を見回していると、ソルアから声がかかる。
国の内部に入ってからいつもの血色の良い顔がさらに白くなった気もするが、本当に大丈夫だろうか。
「さっき言ってた、無限の夢幻って何?」
それは気になっていた。
単なる言葉遊びのような気もするが、火王国の『闘争と勝利の国』みたいなものだろうか。
「それはですね、この国特有のとある商売に由来するものですね」
「商売?」
「ええ。……この国では、夢を売り買いできるのですよ」
エクサの説明を要約するとこんな感じだった。
夢。ここでの夢とは将来の夢といった『理想・希望』といった意味ではなく、夜寝た時に見る夢を指す。
歴代の闇王が引き継いできた国家事業大魔術――『ドリームクリスタライズ』の効果により、人々は自らが見た夢を結晶という形で具現化することができる。
その結晶は寝る前に割ることで具現化した夢をもう一度見ることができる。
良い夢であれば複製屋と呼ばれるところに持って行って複製する、悪夢であれば拷問に用いる……。
そして夢売家と呼ばれる店へ行けば、夢を売買することもできる。
そうしてこの国の経済は回っているらしい。
「夢を売るなんて、夢のある話ですよねえ」
「は?」
「……いえ何でもないです」
「『夢幻』は分かりましたけど、『無限』は?」
音が同じであるため伝わっているのかが怪しい。
誰だ考えたやつ。
「それは闇王陛下の魔術『ドリームクリエイト』に由来します。
術式名の通り、闇王陛下はどんな夢でも創ることができるんですよ」
「へー」
「この国ではどんな可能性も夢という形で叶えることができる。
まさしく無限の夢幻を見せてくれる国、というわけですな」
エクサさんもこの国で夢を買ったことがあるらしい。
その時はお金が降ってくる夢。エクサさんらしいといえばらしい。
「でも夢を見せるだけでしょ? それなら闇王ってあまり強くなさそう」
「何でお前は倒す方向性で考えてるんだ? 火王国の影響受けすぎてないか?」
「そうでもないんですな。闇王陛下はあらゆる弱体化魔術を極めた御方。
その魔術で眠らせてさらに夢に介入してくるんです。
夢の中では現実の時間経過も無視できるので、何百年分の拷問を受けたと思ったら現実では1秒もたっていないなんてこともできるんですよ。
戦うことなくして精神崩壊させて勝つ。噂では若かりし頃の炎王陛下にも完封勝ちしたとか」
物理攻撃特化の炎王と精神攻撃特化の闇王。
確かに相性は悪そうだ。
「故にこの国の人々は畏怖と敬意をこめて陛下を『最悪王』『最凶王』と呼ぶのですよ」
「それ本当に敬意あります?」
「他にもありますよ? 『外道王』『凶夢王』『絶殺王』……」
「すごい。一つも好意的なものがない」
俺明日その人と会うことになってるんですけど。
しかも既に脅迫状めいたもの受け取ってるし。
「ナギア」
「うん?」
「私、明日絶対についていかないから」
かつてここまで強い決意を込めた瞳を見たことがあるだろうか。
いや、ない。




