第6話 最後の謎
「いや、殺さない」
立ち上がり、服についた土をはらいながら答える。
勝利の余韻に浸るのはもう十分。
当初の目的を忘れるな。
出発の準備を始めよう。
「なんで?」
「それは歩きながら話そう」
「……わかった」
最後に大木の山に向かって冥福を祈っておく。
できれば2度と会いたくない。
化けて出てこないことも重ねて祈っておく。
……。
…………。
出発してから約10分。
「せつめいして」
「分かった」
分かった、とは言ったが歩みを止めることはない。
2人並んで森を進む。
「この森で繰り返しが起きる原因が森の主にあるのか、君にあるのか、それはまだ明らかになっていない」
「うん」
森の主は倒した。
それでも森の奇妙な成長という現象はいまだ続いている。
「だが森の主を倒してもこの現象が終わっていないということは、原因が君にある可能性が高い」
「……うん」
「それでもわたしはころさない?」
「殺さない。
それは別に俺が優しいからとかそういうわけじゃない」
彼女が人の形をしている。
悪いがあの子たちを助けるという目的の上ではその事は特に重要なものではない。
「じゃあなんで?」
「まだ解かれていない謎とその答えがあるからだ」
俺がこの森で目を覚ましてから最初の疑問。
何故俺はここにいるのか。
何故生きているのか。
何故木の中に閉じ込められているのか。
「最初の疑問については、実は初めから心当たりはあった」
「?」
「暴走術式だ」
相手の魔力を暴走させ、周囲に甚大な被害を生じさせる凶悪な魔術。
相手の魔力の性質に応じてその効果は千差万別。
「俺の得意とする魔術は召喚魔術だ。
暴走術式を食らった俺は、あの場に何かを無差別に召喚しようとしていた」
「うん」
「恐らくその時に暴走した魔力は俺を逆召喚させもしたんだ」
「ぎゃくしょうかん?」
遠く離れた生物を呼び寄せるのが通常の召喚。
反対に術者を遠く離れた場所に出現させるのが逆召喚だ。
「この逆召喚により俺はこの場所に飛ばされた、ということだ」
「なるほど?」
「……その場合、ここが俺の元居た世界とは別の世界であるという可能性が出てくる」
「む」
「どうやって帰るか、それも考える必要がありそうだな……」
可能性とは言ったがおそらくここは異世界で確定だ。
時間の流れのおかしい森など俺のいた世界で聞いたことがない。
帰る方法についても今の所見当もつかない。
街で情報が得られればいいのだが……。
「次の疑問、なぜ生きているのかについては簡単だ」
「じかんがまきもどったから」
「その通り」
逆召喚によってこの森に来た時俺は暴走術式によって死んでいた。
しかし、生きていないものの時間が狂うというこの森で、俺の時間が巻き戻った。
加速して一瞬で白骨化しなかったのは運が良かったのだろう。
「最後の疑問、何故木の中に閉じ込められていたのか」
「うん」
「森の主に植物を操る能力はなかった」
もしそんな能力があるなら黙って木に叩かれることなんてことはなかったはずだ。
そもそも敵対していた森の主が俺を木の中に入れておく理由がない。
見つけ次第殺していたはずだ。
「森の中に飛ばされたときから木の中にいた?
それはあり得ない。
木の中には少しばかりの空洞があった。
あれは明らかに誰かの手が加えられていた」
「……」
「であれば、わざわざ誰かが木に空洞を作り、俺の死体をその中に入れた、ということだ」
「……」
「その目的は、おそらく『保管』」
俺を木に入れた者はこの森に立ち入りながら立ち去る様子のない俺に興味を持った。
まあ真実は立ち去らないというか、死んでいたから動かなかっただけなのだが。
だがその者は『生きている』とか『死んでいる』を理解していなかった。
だからその者は見つけた自分と同じ形をしているものを森の生物に壊されないように隠した。
そこに悪意などはなく、純粋に宝物を隠すような感覚だったのかもしれない。
「その者はせっかく見つけた宝物が森から出ていくことを良しとしなかった」
「……」
だから無傷で森を出ても時間は巻き戻った。
元の保管場所に宝物を戻すために。
「まあ、それも無意識にやっていたことだろう」
「……」
もうずっと一方的に語り掛けるだけになっている。
初めの頃のようだ。
俺は彼女の方を一度も見ていない。
ただ前を見て歩き続けた。
あと少しで森は終わるという所まできた。
俺はそこで足を止めて彼女を見る。
森の中、お互いの目を見つめ合う。
「むいしきだったから、ころさない?」
それは違う。
意識的であれ、無意識的であれ、邪魔をするなら排除するつもりではある。
ただその排除の方法として命を奪うという手段はできるだけ避けたいだけだ。
「いや、解決方法が簡単だからだ」
俺は彼女に手を伸ばす。
彼女は自分の目の前から宝物が失われることを恐れたために時間を巻き戻していた。
彼女は、寂しかったのだ。
ならば、失わなければいい。
「一緒にこの森を出よう」
「もし良ければ、俺の手助けをしてほしい」
「君がいてくれれば、俺もこの世界で1人ぼっちじゃない」
……カッコつけて言ってみたけれど。
もし彼女がこの森でしか生きられないとかだったらどうしよう。
あれ、その場合詰んでないか?
嫌な汗が流れ始める。
「……」
反応がない。
彼女は俺の手をじっと見ている。
え、もしかしてダメ?
汗が顔を伝う。
「……」
割と友好的ではあったはずだ。
一緒に協力して……。
いや、作戦も教えなかったし、色々黙ったまま進めたな……。
汗が止まらない。
「……このてはなに?」
「……これからよろしく、ってことだ。
俺でよければこの手を取ってくれ」
「うん」
あっさりと手を取る。
……焦った。マジで焦った。
「じゃあ、行こうか」
「……ほんとうに、でられる?」
「大丈夫だ。
安心しろ」
二人で手をつないだまま森を出る。
「街に着くまでに、その力を少しでも制御できるようにしないとな」
「うん」
「俺も魔術については少し覚えがある。
感覚的なものでよければ説明できると思う」
「がんばる」
まずは街で情報を集める。
そしてあの2人のもとへ帰って助ける。
逆召喚されてからどれだけの時間がたったのか分からない。
だが異世界では時間の流れが一定ではないと聞いたことがある。
ならばまだ希望は残っている。
俺は助けられてばかりだった。
俺は助けてくれた人たちにあの2人を守ると誓った。
その誓いは、必ず守る。
もう鐘の音は響かなかった。




