第55話 悠々自適の旅路
ガタゴトと荷馬車に揺られ行く。
俺――カムルナギアは、闇王が治める闇王国へ向かっていた。
御者台から見える景色はのどかな風景。
穏やかな風景で気を紛らわそうとしているが、長時間座ったままでいると尻の感覚がなくなりそうだと思う程度に揺れている。
この馬車は俺の所有物ではない。
俺の隣に座る行商人――エクサさんの物だ。
エクサさんは全国津々浦々どこにでも儲け話があればそこへ向かう商魂たくましい行商人。
この度火王国から闇王国へ向かうということで、道中の護衛を引き受けることを条件に馬車に乗せてもらえることになった。
……正確には馬ではないらしいから馬車ではないんだけどな。
目の前でカッポカッポと音を立てながら馬車を引く動物を見て思う。
外見は元の世界にいた馬に似ているが、背中に大きな瘤があるという一点で馬ではないということをアピールしている。
この生物の名前はラウダ。大きな瘤に栄養を蓄え、数日程度であれば飲まず食わずで大きな荷物も引くことができる行商人の強い味方だ。
行商人になりたての者はまずこのラウダを買うまで儲けることが第一の目標となるらしい。
その意味でエクサさんは行商人としては中堅。
「できることならさっさと店を持ちたいんですけどねー」
「行商人ってやっぱり大変なんですか?」
「そりゃもう。一年の大半は移動に費やすことになりますし、その移動の間に荷物の価値が下がったりしたらそれだけ損になりますからねー」
「ああ、それは大変そうですね」
「それに何より……。結婚ができない!
まあ分かりますよ? そりゃ住居不定の人と結婚しようなんて酔狂な人はいませんしね!」
闇王国へ向かって出発してすでに数日。
こうして愚痴を言ってくれる程度にはだいぶ打ち解けてきた。
そんなエクサさんがふと商品が大量に積まれた荷馬車の後ろの部分を振り返る。
そこに何が転がっているかはお互い知っている。ちょっと関わりたくないだけで。
「俺、何かやっちゃいました?」
「本当に申し訳ない……」
時は数日前に遡る……。
火王国のとある宿屋。
外国からの来訪者が多く利用するこの場所には、護衛業に携わる者たちが自らを売り込むために多くやってくる。
そのため、入口を入ってすぐの場所に大きな掲示板が置かれ、そこで募集をかけているのだ。
俺は闇王国へ向かう行商人がいないか連日この掲示板を見に来ていた。
しかし、なかなか良い条件で募集している人が見つからずやきもきしていた。
そんな時に、エクサさんから直接声がかかったのだ。
「あのー、もしかして、カムルナギアさんですか?」
「はい? ええ、そうですけど……」
「初めまして、行商人のエクサと申します。
私は今、闇王国へ向かう予定なのですが、そこまでの護衛をお願いできないかと思いまして……。
とりあえず、お話だけでも聞いていただけませんか?」
そう言ってエクサは既に飲み物が用意されたテーブルを指し示す。
導かれるままにテーブルに座ると、エクサさんは早速仕事の話を始めた。
「お願いしたいのは道中の護衛。
食費、必要な道具代、その他諸経費は私が持ちます。
ラウダを利用しての移動になりますので、そちらに乗って移動していただくことになります。
護衛は現在2人募集しているので、もし心当たりがありましたら、メンバーはそちらで決めていただいてもらって構いません」
「……破格の条件ですね?」
護衛と言っても注意すべきは野盗と野獣・魔獣の類。
しかし、炎王曰く火王国から闇王国の道中にはどういうわけかそういったものの出現が特に少ないらしい。
そのため、実質的にただ乗りで闇王国まで連れて行ってくれると言っているに等しい。
商人と言えば節約家にして倹約家。理由もないのにこんな好条件を提示してくるはずがない。
俺は心の中の警戒レベルを1つ引き上げる。
「ぶっちゃけますと先行投資ですね。
久しぶりに現れた『継承の儀』の挑戦者。
商人としては今後のためにコネを作っておきたいところでして……」
そういうことか。
まだ試練も2つしかクリアしていない状況だが、それでもこうして関りを持とうとする人が現れるとは思ってもいなかった。
「ここで善良な商人としてのイメージを持たせ……。
継続的な取引関係の形成……。
そして最終的には御用商人としての地位を……。ぐふふ……」
「なんか漏れちゃいけないものまで漏れてますけど大丈夫ですか?」
「はっ! ……ゴホン。
何はともあれ、闇王国へ向かう行商人はあまり多くありません。
私で妥協しておくのが良いかと思いますが、いかがでしょう?」
こうして商売上手なのかどうなのか分からない行商人、エクサとの関係が生まれたのだった。
問題が起きたのは出発当日。
旅の連れ――ソルアを連れて待ち合わせ場所の火王国北口で待機していたところ、エクサさんは巨大な荷車を引き連れたラウダと共に時間通りに現れた。
「おはようございます、カムルナギアさん。
今日から闇王国まで、よろしくお願いします」
「おはようございます。こちらこそよろしくお願いします。
こっちの小柄なのが…‥‥」
「知っていますよ。ソルアリシアさんですね。
よろしくお願いします」
「よろしく」
適当にあいさつを交わす。
ここまでは順調だった。
「ソルアリシアさん、道中危ないこともあるかもしれませんので、その時は荷馬車の中に避難していてくださいね」
「大丈夫。なんせ私は裏闘技塔ランキング10位以内の実力があるから」
自信満々に胸を張るソルア。
よほどあの闘技塔で結果を残せたことが嬉しかったらしい。
ことあるごとにアピールしてきて若干鬱陶しくなってきていた。
だが、忘れてはならない。
裏闘技塔はとても知名度の低いものであるということを。
「? 裏闘技塔?
えーっと、お友達の間で流行ってる遊びかな? すごいねー」
完全に子供扱いであった。
ソルアリシア。その過去は不明だがおそらく成人済みの女性。
だがその小柄な体躯から子供とみられがち。
「…………フッ」
「ナ ギ ア ?」
「いや、フフッ、何でもない」
「…………」
そして時は戻り現在。
ソルアは荷台で不貞寝をしていた。完全に拗ねた。
出発からすでに数日経過しているが、機嫌が直る様子はない。
……そういうところが子供っぽいと思われてるんだと思うんだけどねえ。
「まあ、あいつのことは気にしなくてもいい……むしろ荷台のスペースとってしまってすみません」
「いえ……。俺も何か、すみません。
まさか成人している方とは……」
この世界では肉体が全盛期となった時点で成長が止まる。
そのため外見詐欺など珍しくもなんともないが、子供と見間違えられることはあり得るのであった。
「ま、食べ物で釣ればそのうち機嫌も直りますよ。単純ですし」
「そんなもんですか」
「……さっきから、聞こえてるから」
背後から聞こえてくる重い声。
今ので機嫌が直るまでの時間がさらに伸びたのが確定した。
「……………」
「沈黙は金ですよね」
「そっすね」




