第52話 アウト
魔獣。魔術を使う獣。
俺がこの世界に来てから出会った魔獣は時の森の主。
多目トカゲの石の吐き出しは単純に頬袋を使っているだけでそこに魔術的要素はないため魔獣には当たらない。一般には魔獣と区別して野獣と呼称される。
国の西方に広がる未開拓領域には生態が明らかとなっていない獣が多数生息しており、時としてそれが人類の生存圏に流れ込んでくることがある。
火王国における食事は主にこうした獣たちの肉。
国の防衛にも関わるものであるため、討伐に携わるのは許可証を与えられた公認護衛団など国からの覚えもよい団体……というのが建前であるが、小遣い稼ぎ・腕試し目的の若者や一線を退いたかつての猛者が比較的安全な場所でこっそり狩猟して加工した肉を売っているというのが実態だ。
国も国で自己責任を掲げある程度黙認している。当然獲物の奪い合いなどで時折小競り合いは起きるが、その場の殴り合いで勝った方が全て貰い受けるという暗黙のルールが成り立っている。
そんなわけで俺は一人で小型魔獣の討伐にいそしんでいた。
あまり大きな魔獣を狩っても持ち帰れない。そもそも自分より大きな魔獣と一人で戦いたくない。
護衛任務への同行はどうしても長期間のものとなってしまうし、闘技塔での試合で稼ごうものならきっと休みなしで延々と挑戦者が現れ続ける。
俺が炎王に勝ったのは対炎王の一発勝負の対策を練り上げて、その上でルールの隙間を狙ったのを炎王が認めてくれたからに過ぎないのだ。
結果として金を稼ごうと思ったら魔獣の討伐しか残らなかった。
「別に効率が悪いわけじゃないし……」
誰に対するかもわからない言い訳を呟く。
実際、今回の狩猟対象である小さな兎型の魔獣は肉・革・骨のどこでも使うことができ、捨てる場所がないため、1羽でもそこそこの値段となる。
この2か月間、修行に専念していたせいで所持金は減る一方だったので、少しでも稼いでおきたい。
……。
…………。
日が沈むまで黙々と狩りを続けていた。
休みなく頑張ったおかげで、持参した袋の半分くらいが兎型魔獣の死体で埋まった。
これを売れば額としては1週間分の食費に相当するのだが、ソルアという大食いモンスターがいるため、おそらく2日分にしかならないだろう。
「明日はもう少し多く狩れるといいな……」
お金は大事。
ソルアの機嫌を取るという意味でも。
だが帰宅した俺の目に飛び込んできたのは、大量の食材を抱えたソルアの姿だった。
……そういえば修業中も毎回食材を持ち帰ってきていたな。
修業中は気にしていなかったが、どこから調達しているんだ?
まさか……
「ソルア」
「ん? 何?」
「その食材、どうやって手に入れた?」
「……悪いことは、してないよ?」
「今の間は何だ。あと何故目を逸らす」
「大丈夫。大丈夫だから」
「今この流れでそれ聞いて安心できる奴なんていねえよ」
「むー……」
「一応聞くが、どこかから盗んできたわけじゃないだろうな?」
「それはない。正当なルートで手に入れたやつ」
「じゃあそのルートとやらを言いなさい」
「……あと10日待って」
「何で10日?」
「いいから」
「……分かった」
これ以上聞いても答えてくれなさそうだ。
今はソルアの言うことを信じるしかない。
「晩御飯はもう食べた?」
「まだだけど」
「じゃあ下で食べよう。あそこ食材持ち込みできるからこれ持っていこう」
そう言ってソルアが無造作に取り出したのは青色の羽毛が特徴的な小さな鳥型の魔獣。
少しでも高く売れる魔獣を探す中で魔獣の知識が増えた俺にはわかる。
あれは超高級食材だ。俺が今日1日かけて稼いだ金とは桁が変わるレベルの。
「……本当に、大丈夫なんですよね……?」
「む? 何が?」
ソルアの両肩を掴んで懇願するような気持ちで尋ねるがソルアはよく理解していないようだ。
胃がキリキリと音を立てて痛み出す。
信じたぞ。信じたからな?
お肉は絶品でした。素材がいいと調理方法が雑でも美味しくなるということを実感した。
……。
…………。
路銀稼ぎを始めてから10日。
少しずつ1日に稼げる額も上がり、財布にも少し余裕が生まれてきた。
これにはソルアが毎日どこからか大量の食材を仕入れてくるから食費を気にする必要がないということも関係している。
ありがたいことにはありがたいのだが、持って帰ってくる食材がどれも高級食材ばかりで胃痛が加速した。
「じゃあ、行こうか」
早朝。
いつも通り狩りに行こうと部屋を出ようとする俺の背中にソルアの声がかけられた。
「どこに?」
「私がいつも行ってるところ。知りたいんでしょ?」
とても知りたい。早くこの胃痛から解放されたい。
無言でうなずくと、ソルアはさっさと部屋を出てすたすたとどこかへ向かい始める。
宿屋を出て、大通りへ。
俺がここ数日通っていた火王国の外へ向かう道ではなく、むしろその中心へ。
……あっちは、闘技塔の方向か。
ソルアは通いなれた道を迷うことなく突き進む。
大通りを途中で曲がり、細い路地へ。
何度も右へ左へ曲がり、帰り道が分からなくなってきた。
先ほどから気付かないようにしているが、進めば進むほど治安が悪化している。
……あ、胃が。胃が痛い……。
「着いた」
そう言ってソルアが立ち止まったのは1軒の薄汚れた小屋。
周りを見れば、薄汚れた服を纏った者たちが地面に直に座ってニヤニヤとこちらを見ている。
頭の中の警報装置が止まらない。
そんな俺に構わず、ソルアは小屋の中に入っていく。
小屋の中には何もなかった。
……この表現は正確ではない。小屋の中には地下へ続く階段があった。小屋はこの階段の存在を隠すためだけに存在しているようだ。
ソルアと共に階段を下りていく。
降りた先には広い空間が広がっていた。
観客席とその観客席に囲まれた四角の広い空間。
どこかで見たような……ではなく、闘技塔の内部構造を全く同じ。
そこでは『武器を持った』男たちが熱戦を繰り広げ、観客たちは男たちに熱い声援を送っていた。
流石に刃は潰してあるようだが、それでも熱気の度合いは闘技塔と遜色なかった。
近くの掲示板を見れば、どちらが勝つかが賭けの対象となっていることが分かる。
これは、いわゆる、アレでは……?
もはや頭の中の警報装置は鳴り響くどころか破裂する勢いだが、最後の希望を込めて尋ねる。
「ソルア……。ソルアリシアさん。これは何ですか?」
「『裏』闘技塔。ここで稼いでた」
「アウトーーーーーーーーーーーー!」




