第49話 炎王の喧嘩④ 決着
……あれ、今何をしていたんだっけ?
確か、炎王と戦っていて、勝ったと思ったら炎に飲まれて……。
俺はうつ伏せになって倒れていた。
いつ倒れたのか覚えていない。
「――!、3!」
気付けばカウントが進んでいる。
まだそれほど時間は経っていないのか。
「4!」
試合会場は歓声に包まれている。
一時ピンチに陥った炎王の大逆転勝利。
これこそまさに観客が待ち望んでいた結末なのだろう。
「5!」
立ち上がろうにも左半身の感覚がない。
どうやら直撃は反射的に避けたようだが、重傷であることは間違いないようだ。
戦闘不能というやつだ。
「6!」
しかし俺の目的は達成している。
炎王に認められた証は既に獲得した。
イチトの雪辱も、炎王に魔術を使わせることで十分晴らせたと言っていいだろう。
……それなら、このまま倒れていても良いんじゃないか?
「7!」
……そう。俺は十分に頑張った。
2か月も慣れない修行に明け暮れ、十分すぎる成果を勝ち取った。
炎王に勝つことは手段であって目的ではない。
ここで無理に立ち上がって、この怪我が長引くようなことがあっては困る。
「8!」
「――ナギア、立って」
本来であれば歓声の中に掻き消えるはずの声。
解説席に座っていたからこそ通った声。
今この試合会場で、唯一俺の勝利を願っているかもしれない者の声。
……でも無理なんだよ。既に体は動かない。
気合いとか根性とか奇跡とか、そんな都合の良いことなんて起きはしないんだよ。
「9!」
それでも。
何故か俺の体は立ち上がろうとする。
とうに心は折れ、諦めきっているというのに、俺の中の何かがこのまま負けることを良しとしていない。
「……まだ立つか。その体でよくやるものだ」
「……」
もはや炎王に応える余裕もない。
立ち上がったところでここからどう戦うというのか。
思い通りに動かない体に問いかけるも当然答えは返ってこない。
左半身はあえて見ない。見てしまえば怪我のひどさを実感してしまうかもしれないから。
「次の一撃で確実に沈めてやる」
炎王は再び構え、右の拳に魔力を集め始める。
また大気が震え始める。
次は避けることもできないだろう。
……大人しく倒れておけば、これ以上痛い目を見ずに済んだのに。
それでも。それでもこの体は倒れることを良しとしない。
もはや潰れていない右目で炎王を睨むことしかできない。
天井から降り注ぐ小さな砂粒が目に入り、その目もまともに開いていられなくなる。
…………うん?
天井から砂粒が降り注いでいる?
…………。
「……おい、お前、何をしようとしている」
カムルナギアは、無事な右腕を、まっすぐ上に掲げていた。
その姿に、会場にいた誰もが疑問符を浮かべた。
だが、カムルナギアは炎王にブラフを仕掛けた時と全く同じ顔をしていた。
「おーっと!? 挑戦者、一体何をしようとしているのか!?」
「うんうん。やっぱりナギアはそういう顔してないとね」
「解説のソルアリシアさん。彼は一体何を……?」
「わかんない。でもね……」
「絶対ろくでもないことだよ」
カムルナギアはつぶやく。
それは誰に聞かせるまでもなく、何かを確認するための作業だ。
「天井から砂粒が降ってくるということは、天井には防御は貼られていないということだ……」
「お? おう、まあ、そうだな?」
「今から炎王をノックダウンすることなんて不可能。なら、もう一つの方法で勝つしかない……」
「俺を場外に飛ばそうってか?
……そんな魔術があるなら、お前は最初から使っているだろう?」
「勝つためには常に勝利条件を満たすことは必要ではなく、相手の敗北条件を満たしてしまえばいい……」
「いやだから、それ無理だろ?」
「そう……」
「場外を相手にぶつければいい」
「…………は?」
ビシィッ!
遥か高い位置にある天井に大きなひびが入る。
かつてこの国にたどり着く前にとある小石に起きた現象が、その規模を変えてここで再現された。
魔術と暴走の中間に位置する崩壊現象。
天井が、内側から捻じ切られるようにして、崩れ落ちる!
崩れ落ちた天井はまっすぐ闘技エリアに場所に降り注ぐ。
『場外のどこかに体が触れれば負け』。だから場外を外から持ってきて当てる。
単純なルールだからこそ屁理屈を加えて自分の都合のよいように解釈する、火王国の国民であればまず考えつかない戦法だった。
「……そんなことをすればお前も道連れだろうが!?」
「……」
カムルナギアは炎王の激昂に応えない。
それどころか炎王の方を見てすらいない。
見るのは崩れ落ちてくる天井……ではなく、天井の隙間から見える空。
「『瞬身』」
「……はぁ!?」
カムルナギアの姿が消える。
『瞬身』は、見える範囲にしか移動できないが、逆に言ってしまえば、見えているならたとえそれが遥か上空でも移動できてしまうのだ。
……もちろんそんなことをしてしまえば、落ちてきた時の無事は全く保障されていない。意識が朦朧としているカムルナギアはそこまで考えていなかった。
天井を飛び越えたカムルナギアと地上に残された炎王。
降り注ぐ天井に先に当たるのはどちらか。
重力が反転しない限り、その答えは自明である。
「……は! はははははは!
そうか! そう来たか! ははははははは――!」
瓦礫が地上に到達するまで、炎王の笑い声は響き続けていた。




