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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第3章 炎王の喧嘩
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閑話 追憶② 緑の賢人

 ある日の夕方。

 今日は俺が率いる部隊に充てられた任務はなく、久々に皆に休暇を与えることができた。

 泥のように眠る者、いつもと変わらず訓練にいそしむ者。

 各々の好きなように過ごしている。

 しかし、この隊舎の外を自由に出歩かせることができないことが歯がゆい。

 この世界の住人でない彼らは差別を受けていると言ってもよい。

 外を出歩けばどんな危険な目に遭うか分かったものではない。


「待遇改善の具申書の作成、食料備蓄の充実化、支給武器の質の向上……」


 彼らのために様々なルートを当たって交渉を図ってはいるが成果は芳しくない。

 上官たちからしてみれば俺が召喚した彼らは幾らでも使い潰しても心が痛まない捨て駒。


「このままでは、いつか無謀な任務が命じられてもおかしくはない……」


 それだけは避けなければならない。

 この世界の事情に彼らは関係ない。

 何としても全員無事で元の世界に帰還してもらえるようにしなければならない。


「次はゲイルート閣下に当たってみるか……?」


 頭の中で我が軍の派閥・勢力図を描きながら次の交渉相手を誰にするか思考する。

 誰を交渉相手に選ぶにせよ、説得力のある資料と納得させられるだけのうまみを用意しなければならない。

 夕食の準備が終わり次第、書類の作成にかかるとしよう。







「……で、何をやってるんだ?」


 食堂の厨房で夕食の仕込みをしようと思えば、食堂には異様な光景が広がっていた。

 1人の四方を4つのテーブルで囲んで閉じ込め、閉じ込められたその人に相対する形でシルード、オルテ、ゲルド、キールがそれぞれのテーブルに備え付けられた椅子に座っていた。


「おう、大将か。見りゃ分かんだろ、トルディだよ」


 ゲルドはこちらを見ることなくテーブル上に置かれたボードゲームの盤面を睨みながら答える。

 トルディとはこの世界におけるボードゲーム。

 様々な動きをする駒を交互に動かしあって、指定のマスに先に到達させた方が勝ちというルールだ。

 特定のペアを作ることで特殊な動き方が可能となるなど、戦略の幅が非常に広いため、様々な戦略・戦法が続々と考案され、それに対応する戦法がまた考えられるといったいたちごっこが延々と繰り広げられていることで有名だ。


 テーブルに囲まれその移動の自由を奪われ、4人を同時に相手取っているのは緑色の肌に小柄な体躯、身に着けているのは粗末な腰布のみという一見すれば貧相ともいえるような男だった。

 彼の名はガビ。俺が召喚したゴブリンの1人だ。


「一気に4人相手させるとか鬼畜か?」

「隊長、勘違いしないでください。

 ……これでやっとギリギリ勝負になるんですから」

「ガビさんには10秒以内に1手打たなければならないというハンデをつけてもらってます。

 それでもシルードは既にピンチです」


 キール、オルテも難しい表情で盤面を睨んでいる。

 シルードの盤面を見れば駒の大半をとられていて戦線が崩壊していた。


「……これはひどい」

「ちくしょー! 勝ったら今日の夕飯のおかず1品増やしてもらえたのにー!」

「……多分だけどそれ作るの俺だよな? 勝手に報酬に組み込むのは止めて?」

「ふふ、シルード君はとにかく強い駒を突撃させようとしているのが丸わかりでしたからね。

 守りを固めれば簡単に防げてしまうので、気を付けなければいけませんよ?」


 ガビは柔和な笑顔を浮かべてアドバイスを送る余裕を見せる。

 見た目からは粗野な印象を受けるが、その実態は元の世界では賢人と称された傑物だ。

 トルディのルールも召喚されてから初めて学んだにもかかわらず、その日のうちに達人並みの駒捌きを見せつけてくれた。


 召喚されてすぐは周囲からもその見た目とゴブリンという種族に対するイメージから敬遠されていたが、作戦会議などで画期的なアイデアを連発してすぐに皆の評価を塗り替えた。

 かつて俺も「その見た目をどうにかすれば初めから良い印象を持たれたのでは?」といった趣旨の疑問を投げたが、「外見だけで判断してはならないという良い勉強となったでしょう?」と返されてぐうの音も出なかった。


「それで、戦況はどうなんだ?」

「そうですね……。

 オルテ君は、慎重にすべての駒を少しずつ進めてはいますが、徐々に戦力が削られています。ここでこうして、この駒をとってしまえば主力は崩壊。残るはシナジーも期待できない烏合の衆ですね」

「むっ!」

「キール君は上手く狙いを隠しながらトリッキーに場を進めてはいますが、それがばれている相手には大して意味はありませんね。ここを塞がれたら困るでしょう?」

「うわ……」

「ゲルド君は切るべきところはすぐに切る判断ができていて大変よろしいかと。ですがもう少し盤面の維持に注力した方が良かったですね」

「むぅ……」


 それぞれ四者四様の戦い方を進めていたようだが、ガビの前には通用しなかったようだ。

 このまま進めたとしても、4人に勝ち目はないだろう。


「それにしても、特徴的な戦法だな……」

「ガビの兄ちゃん、ずるくね? 全然攻めてこねえで、ずっと本陣で引きこもってるんだぜ?」


 ガビは自分の駒を全て防衛に回し、耐久戦を行っていた。

 全く相手の陣に攻め込むことなく、相手が攻める力を失うのをじっと待っていた形だ。


「確かにこのゲームの勝利条件は指定のマスに駒を進めることですが、敗北条件として全ての駒を失うということがあるのを忘れてはいけませんね。

 相手の敗北条件を満たしてしまう、というのも立派な戦術ですよ。

 まあ、こういったことはルールのあるものでしか通用しませんけどね」

「それ普通に勝利条件満たすより難しくないか?」

「何事も時と場合、ですよ。

 常にこうであるべしなどと言う真理など実は数えるほどしかなかったりするものです」 


 勉強になる。


 ……ゲームを観戦していたら随分と時間がたってしまっていた。

 夕食の準備を急いでしなければ。


「では隊長殿。4品のおかず追加、よろしくお願いします」

「どちらがが勝っても俺の仕事が減るわけではないのな……」

「ふふ、そうですね。隊長殿はゲームが終わる前に止めてしまうという勝利条件を達成できませんでしたからね」


 おかず4品て。

 ……何作ればいいんだ?


「今度からは事前に言ってくれ……」

「それはゲームを止めるために?」

「いや、俺も参加しておかずを減らす権利を勝ち取るために」

「ふふふ。それは楽しみですね。利益を得るよりも不利益を回避するための方が気合いが入るものですし」

「……お手柔らかに頼む」

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