第42話 華炎流
華炎流の7つの技。
俺も男だ。技とか奥義といったものには心が躍る。
「じゃあ、早速柔の拳『尽志』からだが……。
これは受ける側の技でな。ちょっと殴り掛かってきてくれ」
「どこを殴ればいいとかありますか?」
「どこでもいいぞ。特定の場所でなけりゃ捌けねえとか意味ねえだろうが」
それもそうだ。
俺は立ち上がってイチトと真正面から向かい合う。
俺が適当に構えると、イチトは腰を深く構え、右手を腰だめに、左の掌をまっすぐこちらに向ける型を取った。
「火王国に来る時何回か模擬戦しましたけど、そんな構えはしなかったですよね?」
「華炎流使わなくても勝てるやつにわざわざ見せてやる必要はねえだろ。
さっさとかかってこい」
「……。じゃあ、遠慮なく!」
軽い挑発とは分かっている。
だがそのおかげで全力で殴りかかるのに遠慮は無くなった。
躊躇いなく左手の拳でイチトの顔面を狙う。
だが、左手がイチトの顔面をとらえる直前。
「『尽志』」
イチトの左手によってあっさりと軌道をずらされた。
イチトは力を入れている様子はない。柔の拳とはそういうものなのだろうか。
だが、これくらいなら単なる武術の範疇に収まっている気がする。
……そう思っていた。
「熱っ!」
払われた俺の左拳。
まさにイチトの左の掌が触れた箇所に火傷を負っていた。
イチトの左の掌を見れば魔法陣が浮かんでいた。
「これが『尽志』だ。相手の攻撃を逸らして、触れた場所に火傷を負わせる。
今は軽くやったが、魔力を全力で込めれば触れた場所を炭化させるくらいのことはできる」
「怖っ!」
「でもって、これを足でやるのが柔の脚『去統』だ。
ポイントは武術の技量で攻撃を逸らすのと火傷を与える魔術を同時にやるところだな」
「それ、めちゃくちゃ精密な操作要求してません……?」
「普通は何年もかけて1つずつ覚えていくもんなんだよ。
まあ火属性じゃねえアンタは魔術の方は考えなくていいから楽っちゃ楽だろ」
果たしてそうだろうか。
一発でも当たればアウトの相手に対して冷静に捌けるようになるまで相当訓練がいると思うのだが。
「じゃ、次だな。さすがにこれ以降は人形相手にやっていくぞ。
サント。剛の拳『緋願』をやってみろ」
「押忍!」
サントは俺とほぼ同じくらいの体つきをした溌溂とした青年だ。
外見は俺と同じくらいのように見えるが、この世界の人々は外見詐欺など当たり前。きっと俺よりもずっと年上なのだろう。
サントは人形の前に立つと、先ほどのイチトと同じ構えをとる。
「行きます! 『緋願』!」
術式を唱えるとサントの右の拳に魔法陣が浮かぶ。
そしてその魔法陣に魔力が流し込まれると、サントの右手が真っ赤に燃え上がった。
「せいっ!」
バッカァァン!
まっすぐ放たれた拳が人形に当たると人形は轟音と共に弾け飛んだ。
リヨンが纏魔の状態で殴った時よりも圧倒的に攻撃力が増している。
そして吹っ飛んだ人形だったものはパチパチと音を立てながら燃えていた。
「……」
「これが『緋願』だ。纏魔に加えて魔術でさらに身体強化してついでに燃やす。
足で同じことやれば『踏枯』だな」
「これ、炎王に使ったんですよね……?」
「使った使った。でもあいつ纏魔の防御力が半端ねえんだよ。
王の力を存分に纏魔に費やしてると思えばまあ分からなくはねえがそれ抜きでも反則級だよ」
イチトはかつての挑戦の時のことを思い出す。
確実にヒットしたはずの己の拳。それを真正面から受けてなお笑いながら殴りかかってくる炎王。
一切の躊躇いがないその姿に正直ドン引きしたということが印象に残っている。
「次は突の拳『砲閃火』だ。ニケ、次はお前だ」
「押忍っ!」
ニケはいつでも元気いっぱいといった感じの女性だ。
クールビューティなリヨンとはタイプが違い表情豊かで、ソルアとも仲良くなっていた。
「行きますっ! 『砲閃火』!」
もはやお馴染みとなった構えをとって右手を突き出す。
だが先ほどと違い、右手は握りこぶしではなく、貫手の形をとっている。
魔法陣は指の先に形成されている。
ズンッ!
先ほどとは違い固いものに刃物を突き立てた時のような音が響く。
人形は弾け飛んでいない。だが、ニケの構えが元に戻った時、人形には大きな穴が開いており、穴の周辺は焼け焦げていた。
「『緋願』が単純な攻撃力重視なら『砲閃火』は貫通力重視だな。
突き自体が強いんじゃなくて、熱で柔らかくしながら突いていく感じだな」
「ちなみに、炎王に対しては……?」
「勿論使った。だがあいつの防御を突破できなかった」
「炎王、本当に人間ですか……?」
「あいつが強いのは純粋に圧倒的な魔力量を使っての纏魔によるところが大きい。
型も道理もすっ飛ばして物理でねじ伏せに来るんだよ」
これを足でやれば『彗尖』。
これで6つの技が紹介された。
「次で最後だ。壊の拳『崩突』。一応、華炎流の奥義ってことになってる」
イチトが実演してくれるらしい。
イチトは新しく設置された人形の前に立つ。
「よく見とけよ? 1回しかやらねえからな」
「はい」
「……スーッ。『崩突』!」
深く呼吸を整えてイチトはまっすぐ右手の拳を突き出す。
『緋願』とは異なり右手は燃えてもいないし、『砲閃火』のように貫手の形をとってもいない。
これまでの技と比べれば地味だ。
バシッ!
いい音を立ててイチトの拳は人形に当たる。だがそれだけだ。
リヨンの時のようにひびも入らず、サントの時のように弾け飛ぶこともなく、ニケの時のように貫通することもない。
「……?」
これが奥義? もしかして失敗したのか?
「あの、イチトさ――」
ドガアアアアァァァァン!
俺が名前を呼び終える直前、人形が盛大に爆発した。
人形だけではない。人形を立たせていた支えごと跡形もなく吹っ飛んだ。
「…………」
「何だ? 何か言いたいことあるか?」
イチトは俺の反応を楽しむようにニヤニヤと笑っている。
明らかに俺が困惑することを分かっていた顔だ。
「さて、今のが『崩突』だが、何が起こったのか分かったか?」
「人形が、内部から、爆発した……?」
「よく見てたな。『崩突』は相手の体内に魔力を打ち込んで内側から爆破する技だ。
これなら相手の防御力とか関係なく当たれば確実にダメージを与えられる」
「……えっぐ」
「問題は爆発の方に魔力を割く分、殴打の攻撃力としては纏魔の時より下がるところだな。
だから確実に当たる状況を作る必要があるんだよ」
「炎王は……?」
「あいつ野生の勘もすげえんだよ。
ヤバそうな技は本能で避けやがる。だから『当たれば』って言っただろ?」
確かにあれを食らって無事でいられる者などいないだろう。
炎王ですら回避を強いられた技、といえばかなり強力な技に聞こえる。
「さて、実演はこれまでだ。
炎王との決闘まで約2か月。恐らくどんだけ集中しても覚えられるのは2つか3つだ。
炎王に確実に勝つために、何から覚えるか優先順位を決めろ。
俺たちも一緒に考えてやるから、お前が何ができるのか、全部教えろ」
「……了解です」
とはいっても俺にできることは多くない。
空属性の魔術として成立しているのは『瞬身』のみ。
遠くの物を引き寄せる魔術は現在開発中で、常に内部から捻じ切るような失敗作となっている。
「その捻じ切るやつ、人に対して使えたらよかったんだけどな……。
まあ、無意識の制限はどうしようもねえか」
「引き寄せるってやつも完成させれば、引き寄せて殴るのコンボが決まりそうっすね」
「多分ナギアさんだと引き寄せた後まともにダメージも与えられずボコボコにされると思うの」
「リヨンちゃん、たとえ事実でも言っちゃダメなことってあると思うな」
「ニケさん、フォローするならちゃんとしてください」
広い闘技エリアの中央で円を組んで座って作戦会議を始める。
あーでもない、こーでもないと様々な意見が飛び交う。
ここにいる者たちは全員炎王の強さを目の前にした者たち。その恐ろしさは十分痛感している。
「そういえば俺は火属性じゃないんですけど、その辺ってどうなります?」
「火属性じゃねえ時点で火力を当てにした『尽志』『緋願』『砲閃火』は纏魔分の効果しか期待できねえな。
『崩突』は何が起こるか分からねえが、炎王の防御力を突破しようと思えばあれを覚えるのは最優先だ」
「それでも相手の攻撃を捌いたりする技術は覚えておいて損はないっすよ」
「それがなければ一発で沈められそう」
「じゃあ、柔の技の『尽志』『去統』と『崩突』かなあ」
方向性が決まりつつある。
柔の技でできる限り攻撃を捌いて『崩突』で一発逆転。
後は確実に技を決めるためにはどうすれば良いか。
「方針は決まったな。とりあえず今日はもう時間もねえし、構えの型と『尽志』『去統』の動きを徹底的に叩き込んでやる。
どんな時でも完璧に同じ動きができるようになるまで、帰ってからも延々と繰り返せ」
「分かりました。お願いします」
「……こういう時は『押忍』でいいんだよ」
久しぶりに師範らしいことをした。
懐かしい感覚と共に妙な気恥ずかしさがイチトを襲う。
それでも、野盗をやっていた時よりも明らかに悪くない気分だった。
「押忍!」
これからの2か月間でどれだけこの男を成長させられるかは分からない。
……ま、やれるだけやってみるか。
イチトは、この状況を楽しみつつあった。本人がそれに気づくのは修業がもう少し本格化してから。




