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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第3章 炎王の喧嘩
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第40話 ちっぽけな勇気

 いつの間にか宿屋『炎上亭』に帰ってきていた。

 ……この表現は正確ではない。俺は作戦終了まで意識を保っていたし、自分の足で歩いて帰ってきたことも覚えている。

 だが、あの時目に焼き付いた炎王の姿が頭から離れない。

 たった一撃で敵を粉砕する拳。激情のままに振るわれる圧倒的な暴力。

 今から2か月後、あれに立ち向かわなければならない恐怖。

 俺の頭はそれだけに占められていた。


「どうする……? どうすればあれに勝てる……?」


 ――炎王に勝てる者などいませんからな!

 ――なんでも即位してから負けたことがねえって話だ。

 ライオットやイチトの言葉がフラッシュバックする。

 今ならあの言葉の意味が分かる。あれは化物だ。

 味方であれば最高に頼もしいが、敵としては最悪の部類に入る。


 ぐるぐると部屋を歩き回るが解決策など何も浮かばない。

 こんなことならば炎王の実力など見なかった方がまだマシだったかもしれない。

 あれを見てしまったからこそ実力差を実感してしまった。


「どうする……?」

「落ち着け」


 バシィ!っと背中を叩かれる。ソルアだ。


 ソルアは情けなく歩き回るナギアに若干呆れていた。

 今のナギアはショックの余り冷静な判断ができていない。

 だから大人な私が何とか助言をしてやろう、と思っていた。


「炎王が強いのは最初から分かってたこと。

 できることから積み重ねていくしかないでしょ。

 帰ったらやろうと思ってたことがあるんじゃないの?」

「……でも、それをやったとして勝てる気が……」


 あまりにうじうじしているので何か面倒臭くなってきた。

 いつもなら悪い顔して悪いこと考えているというのに。


「いいから……」

「!? ちょ、待っ……」


 首根っこを掴んでナギアの体を引きずる。

 ソルアが見たいのはこういうナギアではない。


「行ってこい!」


 部屋の外へ向かって思いっきり蹴っ飛ばす。

 ナギアはこちらを睨みはしたが大人しくどこかへ行った。

 何だかんだ行く当てはあるのだろう。無かったとしても私は知らん。


「……。私も、強くならないと」


 ソルアは一人ぼっちになった部屋でポツリと呟いた。







「何だったんだ……」


 部屋を追い出されてしまった。

 ソルアは怒っていた。俺のうじうじした態度が気にくわなかったのだろう。


「帰ってきたらやろうと思っていたこと、か」


 あるにはある。それをどこに行けば知ることができるのかも知っている。

 ただ、それを知ったところでどうにかなると思えないだけだ。


「でも、手ぶらで帰っても入れてくれなさそうだしな……」


 半ばヤケになっている自覚はある。

 暗い気持ちのまま、俺は闘技塔へ向かうことにした。






「よう。そろそろ来るとは思ってたぜ。兄ちゃん」

「……」


 闘技塔で俺が用があったのはイチトだ。

 イチトを含む野盗組は現在闘技塔で奉仕活動に当たっている。

 主な内容は清掃と闘技エリアの壊れた部分の補修。

 受刑者用のお揃いの服を着て、適度に手を抜きつつ仕事にいそしんでいた。


「その面見れば分かるよ。炎王が戦うとこ、見ちまったんだろ?」

「ええ……。その通りです……」

「あれ見てわかっただろ。あれは一種の災害みたいなもんだ。

 あんなもんに勝とうとするのが間違ってんだよ」

「……」


 以前の俺であれば何か反論できたかもしれない。だが今は無理だ。

 イチトの言葉の意味を理解できてしまっている。


「で? 今日は何しに来たんだ?

 まさか俺に諦めました、なんて報告しに来たわけでもねえんだろ?」

「……。炎王、いえ、この国の人の強さの秘密についてあなたなら何か知っているんではと思いまして」

「秘密。秘密ねえ……。

 まあ何も知らねえわけではねえよ。

 でも、それをアンタに教えたところで、アンタ、勝てねえだろ?」

「……」

「俺だって暇じゃねえんだ。ここで真面目に働いてりゃ刑期も短くなるしな。

 アンタに付き合う義理も理由も俺にはねえよ」


 そう言ってイチトは俺の前から立ち去ろうとする。

 俺は何も言い返すことはできない。


 ……。

 ……だが、それでいいのか?

 ソルアに叩かれた背中が熱を持つ。

 忘れてはならない。俺は元の世界に帰還しなければならないということを。

 最後に見たあの子たちの絶望に染まった顔を思い出せ。

 あんな顔、子供がしていい顔じゃない。




「……勝って見せますよ」

「あん?」

「炎王が負けるところを見たいんでしょう。

 見せてあげますよ」


 啖呵を切ったが恐ろしくてたまらない。

 炎王の攻撃が1発でも当たれば確実に死ぬ。

 それを想像するだけで足が震える。


 それでも、だ。


「俺はこんなところで挫けるわけにはいかないんですよ!」

「……はっ。そんな悲壮な顔で言われてもな……」


 イチトの足は止まった。

 だが彼の心を動かすには何かが足りない。

 考えろ。イチトを説得するためには何を言えばいい?


 炎王について詳しくはあるが炎王の話をしたがらない。

 いや、炎王どころか火属性について何か思うところがあるようだ。

 炎王が戦う後姿がもう一度フラッシュバックした。


 ……。


「……イチトさん」

「何だよ?」

「あなた、炎王に挑戦して、負けたんですね?」

「……」

「ただ負けたんじゃない。

 あなたは自分の火属性に誇りを持って、魔術を存分に使ったうえで負けたんだ」

「……」

「でもあなたは負けたことがショックだったんじゃない。

 炎王が火属性の魔術を使わなかったことが気にくわないんだ」

「……」


 イチトは思い出す。

 火王国の民として火と共にあった己の若き頃を。

 火の魔力を持つものとしてその魔術の深遠を極めようと奮闘した日々を。

 そして、その努力が炎王によって踏みにじられた瞬間を。

 他ならぬ炎王が、ただの暴力の価値を証明した事実を。


 そして、今まさに目の前で啖呵を切る男を見る。


「俺が魔術の価値を証明してみせますよ。

 魔術を使えば、炎王であっても打ち負かせると、皆の前で明らかにしてみせます!」


 ナギアの言うことはただの可能性に過ぎない。

 仮にナギアが炎王に勝っても誰も魔術に振り向きはしないかもしれない。

 それでも、魔術の前に屈する炎王を見てみたい。そんな仄暗い期待は確かにあった。


 王が負けるところが見たい、なんてとても褒められたもんじゃねえな。

 それでも、ナギアに賭けてみるのも悪くないかもしれないと思った。

 どうせ既に国も出て野盗にまで身を堕とし、挙句の果てにこうして捕まってんだ。

 もう何も失うものなんてねえしな。


 こうして、ちっぽけな勇気を持った男とささやかな復讐心を持った男の利害が一致した。


「いいぜ。教えてやるよ。

 俺が受け継いできた『纏魔之闘法・華炎流』を」

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