第39話 暴力
「炎王……フレアグニス……」
「おう、炎王様だ。
悪かったな。1匹漏らしちまってた」
炎王はよくやった、というように俺の頭をポン、と叩く。
だが俺の方を向いてはいない。視線は今も大暴れしている超大型の多目トカゲに固定されている。
「よく持ちこたえた。お前が指示出してくれてたんだろ?
あいつらにそういうのできるとは思えねーしな」
「そんな……。指示なんて大したことしてませんよ……」
「そう卑下すんな。お前がいなけりゃあいつを逃がしてたかもしれねーだろ。
結果としてお前は俺様をこの状況まで導いた。今はただそれだけを誇ってろ」
炎王はそう言うとゆっくりと多目トカゲへと歩を進める。
錯覚だろうか。1歩踏み出すごとに存在感が濃くなっていく気がする。
炎王は多目トカゲを睨みながら誰ともなく語り掛ける。
「まああれだ。ここまでお前の侵入を許しちまったのは俺様のミスだ。
その点については今あちこちで吹き飛ばされてるやつに申し訳ねーと思うし、帰った後に色々文句言われんのも覚悟してる」
……? さっきまで超大型を足止めしていた人達はどこへ行った?
炎王が到着した時点でソルアを含めて5人は攻撃を続けていたはずだ。
いつの間にか誰もいなくなっている。
「とはいえ、だ。そもそもお前が俺様から逃げなきゃこんなことにはならなかったよな?
逃げるにしても元来た場所に帰ればいいのにわざわざこっちまでくる必要なかったよな?」
多目トカゲはもう誰も足止めをする者などいないのに逃げる様子がない。
挙動不審にギョロギョロと目が動くばかりで足が動かない。
「まあ、要は何が言いたいかっていうとな?」
炎王はついに目標の場所にたどり着く。
そしてにこやかに笑って多目トカゲの後ろ脚をポンと叩く。
まるで暴れる獣を落ち着かせるように。長年会っていなかった友人との再会を喜ぶように。
「面倒くせーことしてんじゃねえぞこのクソボケ野郎がああああああああああ!」
殴った。ただ右の拳を振りかぶって多目トカゲの腹を殴っただけだ。
それなのに、それだけで、多目トカゲの腹に穴が開いた。
魔法陣も何も現れていない。だからあれは魔術によるものではない。
怒りに任せて殴っただけで腹に大穴を開けたのだ。
「ざっけんじゃねえぞ! 俺様に勝てねえからって俺様より弱えやつ狙いやがって!
手前それで生きてて楽しいのか!? 勝てるから勝つってだけの繰り返しが楽しいわけねえだろうがボケが!」
確実に致命傷を与えているにもかかわらず炎王の追撃は止まない。
殴る。蹴る。千切る。投げる。ありとあらゆる暴力が多目トカゲを襲う。
出発前に言っていたことを言葉通りに実行していた。
ただ腕を振るい、足を振るっているだけだ。
そこに武道としての型などなく、ただ手が空いているから動かして相手に当てているだけのようにも見える。
誤解を恐れずに言えば赤ん坊が駄々をこねているのに近い。
それなのに俺に死を予感させた獣の命は削られていく。
武力ではなく、純粋な暴力によって死が遠ざけられていく。
「流石ですね。我らが王は」
「……! リーズさん!?」
「どうもです、ナギア殿。
負傷者を回収して帰ってまいりました!」
リーズが指し示す方を見ると超大型に吹き飛ばされた人達が横たわっていた。
ソルアも彼らのすぐそばで座って休んでいた。
「いつの間に……」
「陛下が到着されてすぐですね! 巻き込まれたくなかったですし!」
「急に引っ張られた。驚いたけどあれ見たら納得」
炎王は今も超大型をボコボコにしている。
10人がかりで足止めがやっとだった超大型を1人で圧倒しているという目の前の光景が信じられない。
「ふんっ!」
炎王が倒れた超大型の首を掴んで引きちぎる。
結局超大型は抵抗らしい抵抗をすることもできず一方的に蹂躙された。
炎王は最後に死体に蹴りを入れると、俺たちの方へ戻ってきた。
息が切れていたり、疲れたりしている様子はない。
炎王にとってはあれ程の獣、何でもないと言わんばかりだった。
「お前ら無事か!?」
「はっ! 重傷者5名、軽傷者3名ですがいずれも命に別状はありません!」
「なら良し! もうすぐここにも救護隊が来る。それまで大人しくしてろ!」
「はっ!」
腕を動かせる者は火王国流の敬礼をする。
「俺様は他に漏れが無えか見てくる。
何かあったらさっきみたいになんか打ち上げろ。できるか?」
「……ええ。やって見せますよ」
本当は限界が近い。だからこれはただの意地だ。
それでも、今ここで出来ないと言ってしまえば、ずっとこの人に勝てない気がした。
炎王はそんな俺のちっぽけな矜持もわかっていたのか、ニヤリと笑った。
「そうか。じゃあ任せたぜ?
んじゃ、行ってくるわ」
炎王は軽く手を振って新たな戦場へ向かっていった。
……。脱力してその場に尻もちをつく。
あれが、炎王。8つある国の王の1人。この世界最強の一角。
「あんなのと戦って勝てって……」
ただ腕を振るうだけで全てを破壊し、ただ足を振るうだけで全てを蹂躙する。
魔術も何も使っていない。ただ圧倒的な暴力がそこにあっただけだ。
確定している暗い未来を前に思わず両手で顔を覆う。
「ナギア……。大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもしれない……」
俺は超大型の多目トカゲを前にしてたった一瞬とはいえ諦めた。
純粋に勝てないと思った。勝てるビジョンが見えなかった。
それを、炎王は、たった一人で、ほんの一瞬で文字通り打ち破った。
「今から2か月後に俺はあれと1対1で戦うのか……?」
「……」
助けられたことに対する感謝はある。
あの場に炎王が来なければ今頃死んでいてもおかしくなかった。
それでも、炎王の実力を目の前で見なければ、ここまで絶望することもなかったんじゃないかとも思う。
炎王が触れた頭にそっと触れる。
悔しい。あの時あの瞬間、炎王にとって俺は「守るべき存在」で「肩を並べる存在」ではなかった。
悔しい。結局守られて今こうして生きていることに安堵している自分が情けなくてたまらない。
そして何より。
「ナギア殿のその表情。どうやら我が王のすばらしさが分かっていただけたようですね!」
あの場に現れた炎王を「格好いい」と思ってしまったことが悔しい。




