第38話 ヒーロー
~作戦1日目・夜~
獣は夜だろうが昼だろうがお構いなしにやってくる。
しかし俺たちにも体力の限界というものがある。そのため予め昼に戦う者、夜に戦う者の役割分担は決められており、太陽が沈んで以降、昼担当の俺たちは丘の上に設置された作戦本部で休息をとっていた。
「皆さん、お疲れ様です。
本日の作戦遂行に伴い判明したことがありますので休憩しながらで構いませんので聞いてください」
本作戦の後方担当係が報告書を読み上げる。
俺は夜食の干し肉をつまみながら耳を傾ける。
「今回のあの獣、『多目トカゲ』という名称で今後呼ぶことが決まりました。
多目トカゲは本日確認されただけで小型、中型、大型のサイズがあります。
主な攻撃手段は尾を用いた叩きつけ及び締め付け、口腔内に溜め込んだ石の射出。
どうやら頬袋に当たる器官があるらしく、大型サイズともなれば最大10発補給なしで連続で射出できるようです。
他に特筆すべき特徴としては名前の由来ともなった全身にある目。これにより多目トカゲには死角がないと思ってもらって構いません。目を潰されればやはりダメージがでかいのか、しばらく恐慌状態に陥るとのことですが、恐慌状態に陥ると手あたり次第辺りに攻撃して危険性が増しますので、目はつぶさないことをお勧めいたします」
はきはきとした説明は続く。
どうやら説明を聞く限り俺が討伐していたのは小型ばかりのようだ。
国民全員脳筋の疑いが濃厚となりつつあった中、こうした理論的な説明があると安心する。
隣に座るリーズは説明が始まった瞬間から眠そうな顔をし始めている。
リーズだけではない。説明が始まった時から周囲にいた者はうんざりとした表情を浮かべている。
……そういえばシルードも兵法書とか渡しても数ページ読んだら寝てたな……。
10歳ほどの子供と成人した大人たちを比較するのはどうかと思うが、あまりにも似ていたので思い出してしまった。
報告担当も分かっているのか、だんだんと説明が雑になる。
「長々と説明いたしましたが、要点だけを言えば、隠れても無駄なので真正面からぶん殴ればいいと思います。あの鱗はぬめぬめして気持ち悪いですが、特に固いとか毒があるということはないです。
明日もガンガン殴ってガンガン討伐していきましょう!」
「おおおおおお!」
報告書を放り投げて拳を高く掲げる後方担当とそれに応える戦士たち。
どうして……。さっきまで理知的だったのに……。
こうして作戦1日目の夜は更けていった。
~作戦2日目~
2日目は1日目よりも西に進んだあたりが作戦場所となった。
昨日よりも草の丈は高くなり、膝の位置まで成長している。
多目トカゲも小型の姿は消え、中型・大型ばかりになったことでケガ人も増えている。
「おい! そっち1匹抜けていったぞ!」
「気にすんな! 別部隊が受け持ってくれる!
それよりも目の前のやつをどうにかしろ!」
「数が多すぎるんだよ!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
俺・ソルア・リーズの3人も協力して大型の多目トカゲ1匹を押しとどまるのが精いっぱいだ。
大型になると後ろ脚の2本で立ち上がるようになり、ジャンプしても顔に届かなくなってしまったため、この時点で俺は役立たずとなっている。
「ソルア! 俺たちじゃあれにまともなダメージは与えられない!
リーズが好きにやれるように攪乱するんだ!」
「了解!」
「助かります!」
俺は『瞬身』を使って距離を詰めて足元にある目を1つ潰しては全力で走って離脱するのを繰り返し、ソルアは遠くから石を投げつけてそれを『アクセル』で加速させている。
「ハアッ!」
「ゴゲッ!?」
リーズの飛び上がってのアッパーが多目トカゲの顎に決まる。
頭を揺らして倒れたすきをついて、ソルアがとどめを刺す。
……昨日とは大違いだ。
たった1匹倒すのに何分も時間がかかっている上、一撃でも食らえばアウトという精神的負担が重くのしかかり、疲労の蓄積が早くなる。
部隊内でも軽くない怪我を負うものが増え、続々と現れる他目トカゲの処理が徐々に追いつかなくなりつつあった。
「ハァ、ハァ……」
「……。大丈夫?」
「少し西に進んだだけでこうなるのか……。
最前線に向かってる炎王やライオットの部隊は大丈夫なのか……?」
リーズは俺たちの護衛ということもあり行動を共にしているが、ライオットは『超爆裂団』の別の団員を率いて最前線に向かっていた。
「ここまで漏れが増えているとなると、だいぶ苦戦してるみたいですね……。
まあ陛下とライオットさんの事なので大丈夫だとは思いますが……」
西の最前線がありそうな方を見れば轟音が響き、火柱が高く上がるのが見える。
あちらの戦闘がここよりも激しいことが容易に推察できた。
「今なら落ち着いていますし少し休憩しましょう。
トカゲも無限に湧いてくるわけじゃないでしょう。倒し続ければいつかは終わりが見えてくるはずです」
「そうですね……」
構えを解いて一息つこうとしたその瞬間。
「「「うおおおおおおおおおおおおお!?」」」
西の方から1つの部隊が全力で逃げてきた。
その形相は必死そのもので俺たちに気付いた様子もない。
「な、何が……」
「「…………」」
逃げて行った方向を見て呆気にとられるリーズと、逃げてきた方向を見て言葉を失う俺とソルア。
そこには大型を遥かに超えるサイズの多目トカゲがいた。
大型が5mほどの高さだったとすれば、今目の前にいるのは10mを超えている。
1歩踏み出すごとに地面が揺れる。1歩踏み出すごとに1歩死が近くなる。
「……なんだこれ」
「うん。これは無理」
勝てる気がしない。
ナイフで刺したところでかすり傷にもならないだろう。
最前線は今までこれを押しとどめていたのか?
構える気すら起きず、棒立ちになる。
超大型の多目トカゲが俺たちを踏みつぶそうと足を上げる。
逃げなくてはならない。だが、逃げたところでどうする? そもそも逃げ切れるのか?
「オラアアアアア!!」
まさにトカゲが俺を地面のシミにしようとする瞬間、リーズが横から足に飛び蹴りを食らわせる。
トカゲはバランスを崩し、振り上げていた足は俺とは全く見当違いの所に着地した。
「何ボーっとしてんですか!? 避けて避けて!!」
「おい! 無事な奴は攻撃に参加してくれ!」
突如現れた超大型1匹に対して部隊など最早関係なく怪我の少ない者から手あたり次第攻撃を加え始める。
有効打とまではいかない。何とか動きを止めるのが精いっぱいだ。
……。
俺が攻撃に参加しても大して意味はない。ならば今ここでできることは何かを考えろ。
今まで確認されていない超大型1匹。こちらの戦力はまともに動けそうな約10人。
超大型の足元に攻撃が集中する中、少し離れた位置にいた俺はトカゲの頬が膨らむのが見えた。
「っ! 石が来る! 全員避けろ!」
ドドドドドドドッ!
トカゲは自分の足元に向けて何発もの石を同時に吐き出す。
俺の声はギリギリで間に合ったのか、幸い全員直撃は免れたが、無傷とはいかなかった。
「くっそ! 痛えなこのくそトカゲ!」
「ぜってえお前後で食ってやるからな!?」
それでも心が折れる者は1人としていなかった。
大型であれば補給なしで何発も吐き出されると報告にあった。
だったらあの1発で打ち止めということはないと考えた方がいい。
再び攻撃を再開する作戦メンバー。
その中にソルアが交ざっているのが見えた俺は急いで彼女を呼び止める。
「ソルア! お前は石に対応できるようにこっちに残ってくれ!
頬が膨らんだ瞬間に『リバース』を使ってくれればいい!」
「わかった!」
石はこれで封じた。攻撃を再開した人たちの身体能力なら踏みつぶされることはないだろう。
後できることは……。できることは……。
……。
「誰かがこちらに気付くまで時間稼ぎをする!
全力で耐えてくれ!」
考えた末に出てきたのは作戦も何もないゴリ押しだった。
俺は急いで初級火属性魔術『火弾』の詠唱を開始する。
これを真上に打ち上げて前線組か他の部隊に気付いてもらうためだ。
超大型が現れてからどれだけ時間がたった?
誰か異常事態が起きていることに気付いた人はいないのか?
詠唱にかかる時間が長い。
早く、早くと焦っても突然火魔術が使えるようになんてならない。
そんなことは分かっていても冷静になることなどできない。
「うわあああああ!!」
遂に超大型の動きに対処しきれなくなった人が出始める。
超大型が払った足に吹き飛ばされ、姿が見えなくなる。
「ナギア!」
「……できた!『火弾』!」
真上に拳大の火を打ち上げる。
前回ソルアに見せたときよりも何倍もの魔力を使って飛距離を伸ばすことに全力を注いだ。
おかげで火は上空まで高く上がった。
これで誰か気付いてくれるだろう。
その代わり俺の魔力はすっからかんだ。
「っ! くっそ!」
「ぎゃあああ!」
また1人、また1人と倒されていく。
もう動きを抑えておくことも難しくなってきた。
「私も行くよ。ナギアは?」
「……魔力枯渇寸前」
「そう。なら無理しないで」
「……悪い」
「仕方ない」
そう言ってソルアも攻撃に参加し始める。
まだか? まだ誰か来てくれないのか?
超大型がダメージを受けて動きが鈍くなった様子は全くない。
ソルアの振るった槍が超大型の足に当たる。
だがその刃は超大型の肉体を傷つけはしない。
俺にもっと力があれば。リーズのような吹き飛ばせる力があれば。
「くそ……。結局何にも変わってねえじゃねえか……」
誰かが傷ついていくのをただ見ていることしかできない。
空属性という珍しい属性ということが分かったところで結局は役立たずだ。
「くそが!」
自分を殴りたくなるが魔力枯渇のせいでまともに腕も上がらない。
結局俺は……。
「まあそんなに自分を責めてやるなって。
お前が火を打ち上げてくれなきゃ、俺様も間に合わなかったぜ?」
後ろから掛けられた声の持ち主は燃え盛る魂を持つ男。
「安心しろ。俺様が来た時点で勝利は確定した」
炎王がそこに立っていた。




