第4話 考察・計画
もう木の幹から出てくるのにも慣れた。
こんなことに慣れても全く嬉しくなどないが。
「前回は何故巻き戻しが起きた?」
彼女に語り掛ける。
いつもの頭の整理だ。
「これまでは死ぬことを条件として巻き戻りが発生していた」
だが前回俺は生きて森から出ることができた。
死ぬこと以外に巻き戻りが発生する条件がある、ということか。
「では条件として考えられるのは何だ?」
森から出たときの状態を思い出す。
思い当たる条件を木の棒を使って地面に書いていく。
一つ、獣に見つかっていた。
「これが条件なら、最後のあの瞬間さえやり過ごせばいいということだ」
一つ、体に傷を負っていた。
「これが条件なら、森の中をより慎重に進めばいい」
一つ、森から出た。
「これが条件ならどうしようもない……」
この場合はこの異常な森の現象を原因からどうにかする必要がある。
だが、これが条件である可能性は低い。
上を見上げる。
野鳥が木から羽ばたいてどこかへ行くのが見える。
もし森から出ることが巻き戻りの条件であるなら、あの鳥も元の位置に戻るはずだ。
だがその様子はない。
「何が条件か、一つ一つ確かめていくしかない、か」
木の棒を捨て、いつも通り出発する。
もう何度目の出発だろうか。
彼女もいつも通り付いてくるだろう。
そう思って少し進んで後ろを振り返ると、彼女は俺が書いた文字をじっと見ていた。
「……学習しているのか?」
そういえば彼女はこれまでの繰り返しの中で森で転ぶ回数が減っていた。
俺と同じように巻き戻りが起きる前の記憶があるのか?
「出発するぞ」
彼女に話しかける。
俺はずっと彼女に語り掛けていた。
もしかしたら何か反応があるかもしれない。
女性は俺の方を見る。
「しゅっぱつ。わかった」
「……!」
初めて声を聴いた。
だが間違いなく今彼女は俺の声に反応した。
「俺の言うことは分かるか?」
「わかる。おぼえた」
頭の整理のために語り掛けていたのが功を奏したようだ。
たどたどしくはあるが彼女から情報が集められるかもしれない。
出発は少し先送りにして情報収集を始めよう。
まずは現在位置の把握だ。
「ここの場所の名前は分かるか?」
「わからない」
「なぜここの時間の進み方はおかしいんだ?」
「わからない」
……会話が成立する喜びがある分だけがっかり感がすごい。
「じゃあ何なら答えられるんだ……?」
「けもの。もりのぬし」
「森の主……?」
「そう。いちばんつよい。
こえきく。からだとまる。
きかない。とまらない」
「聞かなければ、金縛りにはあわない……」
あの鳴き声に魔力が乗っているということだろうか。
であれば、耳をふさげば対処できるかもしれない。
会話ができるって素晴らしい。
会話が成立するなら彼女のことについて聞かなければならない。
「君は何者だ?
いつから、なぜこの森にいる?」
「わからない。
きづいたら。ここにいた」
「この森の外に出たことは?」
「ない」
彼女は自分に関する情報は持っていないようだ。
俺と同じようにいつの間にかここにいたようだが、彼女は記憶も言語能力を失っていて、俺は失っていなかった。
この差は何だ?
「君はこの森で死んだことはあるか?」
「ない」
「……じゃあ、何でいつも俺が目覚めると近くにいるんだ?」
「わからない。
きづくと。ここにいる」
俺の巻き戻りに巻き込まれているということだろうか。
最後に彼女には聞かなければいけない事がある。
「この森で起きている異常な現象。
これは君がやっているのか?」
「わからない」
……。
「まあ、分かった。
とりあえず今の目標はこの森から脱出することだ。
そのためにも、何が条件となって巻き戻りが発生するのか確かめよう」
「わかった」
「まずは、あの獣に見つからないままに森から出るとどうなるか、だ」
……。
…………。
………………。
「だめだった」
「そうだな……」
獣から一回も見つからず森から出ても、一切傷を負わず森から出てもあの鐘の音は頭に響いた。
この結果を得るまでに一体何回死んだのだろうか。
森に成っていた果実を食べながら考える。
巻き戻りが発生すれば肉体も最初の状態に巻き戻る。
そのため移動による疲れ、怪我、空腹もなくなるのだが心の傷だけは癒えない。
甘い果実は心に効く特効薬だと強く思う。
「原因を叩く必要がある」
「げいいん」
「げんいん、だ」
この森を狂わせている原因。
その候補を木の枝で地面に書く。
繰り返しの中で彼女は文字を覚えた。
学習能力は非常に高いようだ。
また、少しではあるが感情が顔に現れるようになってきた。
「まず、あの獣だ」
「うん」
神々しく、そして忌々しいあの獣。
獰猛な性格、鳴き声を使った金縛り。
倒すにしてもどうすればいいか考えなければならない。
「次に、君だ」
「おれ」
「……一人称は私にしておきなさい」
「わたし」
異常な現象を起こしているのは君か、という質問に彼女はわからない、と答えた。
違う、とは答えなかったのだ。
彼女が原因である場合にもどうすればいいのか、わからない。
少なくとも意識的に俺をこの森に閉じ込めているわけではないようだ。
そんな事をしても彼女にとって意味はないからだ。
「最後に、この森そのもの」
「もり」
この森が最初から入った者を逃がさないという性質を持っていたという可能性。
「でも、とりはにげた」
「その通り。
だから、この森は特定の種族、この場合人間だけを逃がさないようにできている、という仮説だ」
そんな都合の良い森があるのか、という疑問は当然ある。
だが可能性が0でない以上考える必要がある。
「それはない」
だがその仮説はあっさり否定される。
「なぜそう言える?」
「このもり、たまにひとくる。
そのひと、かえってる」
「その人は、あの街から来ているのか?」
「そう」
「何のために?」
「わからない」
ふむ……。
地面に書いた3つ目の候補を消す。
獣か、彼女か。
木の棒で獣と書かれた部分を指す。
「まずはこいつをどうにかしてみよう」
「どうやって?」
「それは今から考える」
俺が使う魔術はどれも致命傷を与えるようなものではない。
何か手段はないか……?
「しょうかんじゅつ」
「……あれはリスクがある」
「?」
召喚術。
俺が得意とする魔術。
強い誰かを召喚してあの獣を倒してもらう。
そんな事ができるなら最初からやっている。
俺の召喚術は誰を召喚するか選べない。
更に召喚した者が友好的とも限らない。
俺が率いていた彼等は何度も交渉した結果協力を勝ち得たに過ぎない。
中には話が通じず、召喚した瞬間命を奪いに来た者もいた。
「あの獣を倒す前にこちらに牙を向かない保障がない」
「……」
「誰かを召喚した状態で俺が死に、巻き戻りが発生しても、召喚された者が生きているなら巻き戻りの対象にならないかもしれない」
そうなればこちらの命を狙う者の数が増えるだけに終わる。
彼女のように俺の巻き戻りに巻き込まれるのか。
他の動物のように巻き込まれないのか。
あの獣は巻き戻りの度に同じ場所で目撃する事ができる。
つまりあの獣は俺の巻き戻りに巻き込まれている、ということだ。
……だから俺を敵視するのか?
「だから召喚術は最後の手段だ」
「さいごのしゅだん」
あの獣を打倒する。
こちらの攻撃手段は限られている。
さて、どうする?
ぼんやりと周りを見る。
相変わらず成長と退化を繰り返す森。
ランダムのように見えて、一回のループ毎にどのタイミングで何が起きるかは決まっている。
秩序のある混沌。
「……そうだ」
「?」
「これを使おう」
「なにをつかう?」
ぼんやりと見るのではなく、じっと周囲を観察する。
観察の結果を地面に書き留める。
「あの獣はここで倒す」
反撃開始だ。




