第36話 熱狂
討伐作戦当日。
雲一つない快晴だ。
いつもより早く起きて装備を確認。
ゼルオスに貰ったナイフも随分と手に馴染んでいた。
「……おはよ」
「おはよう。体調は?」
「ん。問題なし」
「それは良かった」
顔色も悪くない。
これなら作戦に同行しても迷惑をかけることもないだろう。
「集合場所は?」
「西門。30分後にはここを出るからそれまでに準備してくれ」
「りょーかい」
ソルアはモソモソと準備を始める。
俺は準備を既に終えているので、窓の外を眺めて待つことにした。
まだ太陽が昇ってすぐだというのに大通りは賑やかだ。
火王国では太陽が昇ると同時に活動を開始する者が多い。
逞しい肉体を持つことが是とされるこの国にでは、規則正しい生活を送り、欠かさず鍛錬を積み重ねることは国民全体の魂に刻み込まれた習慣となっている。
全国民がどこかに行きつけの道場・武器屋を持ち、そこで武を磨いたり、新しい武器の品定めをするのだ。
まだ小さな子供でさえ、親に連れられ、新らしい道着を着て瞳を輝かせながら今日もどこかの道場の門をくぐる。
「幼い頃から闘いと勝つことの大切さを教え込まれる国、か……」
風王国とは全く違う空気を深く吸い込む。
深呼吸をして落ち着かなければこの国に満ちた熱い雰囲気に呑まれそうになる。
「ナギア。準備できた」
「お、早かったな。偉い偉い」
「むふー」
ソルアから声をかけられ、意識を現実に戻す。
頭を撫でれば嬉しそうに目を細める。
こうするのもお決まりの流れとなりつつあった。
「じゃあ行こうか」
「うん」
今日は炎王の実力を目の前で観察できる絶好の機会だ。
闘争国家火王国、そのトップの実力は如何程に。
待ち合わせの時間よりも早く西門に着けば、既にそこには大勢の人が待機していた。
見渡す限りの屈強な戦士。男も女も関係ない。
ちらほらと同じ装備の人が見えるのは同じ組織に所属しているからだろうか。
「ナギア殿ー、ソルア殿ー!」
人混みの中からこちらを呼ぶ女の人の声が聞こえる。
リーズだ。
「おはようございます!
絶好の作戦日和ですね!」
「「おはようございます」」
「いやー、今日が楽しみで昨日はよく眠れませんでした!」
リーズはそう言いながら拳をブンブンと振る。
そのはしゃぎっぷりから言葉に嘘がないことがよく分かる。
こうした空気を纏っているのはリーズだけではない。
はしゃいでいる……とまでは言わずとも、西門全体に高揚した空気は徐々に溜まりつつある。
どっしりと構える者、手甲の具合を確かめる者、仲間との談笑を楽しむ者……。これから行われる作戦に対する意気込みが有り余って体から溢れ、一つの大きな闘志を形成している。
「総員、傾注っ!!!」
場の空気に圧倒されていると、ビリビリと大きな声が響く。
声のする方を見れば、高台に立った大男が堂々と立っていた。
「この国の将軍ですよ」とリーズが耳打ちしてくれる。
「此度の大規模討伐作戦への参加、感謝する!まずは本作戦への参加を表明してくれた者達を紹介しよう!
国軍より遠征大隊。公認護衛団より『超爆裂団』『炎卓』『火激衆』。私設護衛団より14組。その他有志諸君だ!」
「「うおおおおおおおおお!!」」
名前が呼ばれるたび集まった戦士たちのどこかから大声が上がる。
最も大きな声が上がったのは『超爆裂団』だった。この作戦に投入された人員の数はこの組織が一番らしい。
「今回の作戦を説明する!
討伐対象は未開拓領域から来たと思われる複数の大型獣が率いる獣の群れだ!獣たちは現在西方からこの国を目標に猛スピードで進んでおり、仮にこの国までたどり着くことがあればその被害は計り知れん!この国にたどり着く前にすべて撃退せよ!」
「おうっ!」
戦士たちは将軍の言葉に敬礼で応える。
熱気がさらに膨れ上がる。
早朝にもかかわらずボルテージは上がり続ける。
「また、今回の作戦には炎王陛下にも参加していただく!」
「わああああああ!!!」
炎王が壇上に姿を現すとまた一際大きな声が上がる。
これだけの戦士を従えるカリスマ性。風王全く違う王の在り方だった。
炎王は戦士たちを見渡すと、演説を始める。
「お前らぁ! 祭りの時間だぁ!
存分に暴れてクソ獣共を全員燃やし尽くしてやれ!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
「いいか! どんな奴が相手だろうと殺せば死ぬ!
殴って蹴って千切って投げて絞めて転がして潰しまくれ!」
「おおおおおおおおおおおおおおお!!」
「お前らは何のために鍛錬を積んできた!? お前らは何のために努力を積み上げてきた!?
その答えは単純明快! 今ここで俺様に勝利を示すためだ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
いよいよ周囲の熱気は最高潮となる。
俺はいつの間にか武器を強く握りこんでいた。
「それだけじゃねえ! どの組織にも入ってねえ奴! 公認護衛団として認められてねえ奴ら!
今回の作戦には王候補も参加する! アピールしたい奴は存分にアピールしろ!」
炎王はそう言って俺のいる場所を指指す。
俺のいる方向に何百という目が向けられる。
思わず怯みそうになる……が、堂々としていなければならない。
「遠慮はいらねえ! 情けも容赦もいらねえ!
ただ1つ、絶対に逃げんじゃねえぞ!
闘争の末の敗北は良い、奮闘の末の惜敗も良いだろう! だがしかし! 逃走だけは許さねえ!
お前らの全て、ここで全て使い尽くせ!」
炎王はそう言って壇上を降りて行った。
これ以降は言葉は不要とでも言わんばかりに雄たけび、武器を鳴らす音が周囲を埋め尽くす。
ここにいるのはただ獣を狩るために集まった獣たち。勝利という餌のために奔走する肉食獣たち。
今から戦う敵たちと彼らとの間に違いなどない。
「……。 …………! ……?」
ソルアが横で何か言っているが何も聞こえない。
それは、ただ周りの音がうるさいというだけでなく、俺自身もこの熱狂に飲まれていたからに違いない。




