第3話 脱出不能
とりあえず木の幹から脱出する。
辺りの光景を見る。
俺が最初に目を覚ました場所と全く同じ場所だ。
「……」
前回と違う点を早速見つけた。
前回は倒れていた女性。
今回は初めから起きてこちらを見ていた。
「……まず状況を整理しよう」
別に彼女と会話がしたいわけではない。
考えを声に出して頭の中を整理したいだけだ。
「俺はあの獣に殺された」
今度は死んだ「はず」ではない。
上半身と下半身が分かれたんだ。
間違いなく死んだ。
「なら何故俺は生きている?」
周囲を見る。
加速、減速、再生、逆再生、停止がランダムに発生する森。
「……逆再生」
俺は死んだ。
だが時間が巻き戻り最初の状況に戻された。
とりあえず今はこれを正解として考えを進めよう。
「では、なぜ逆再生が発生する?」
一つ、この森自体が元々そういう性質を持った場所である。
一つ、何者かの作為によるものである。
「これについては考えても仕方ないか」
この森は広い。
たとえ何者かがこの状況を仕組んでいるのだとしても、そいつを探すことは難しい。
いるかどうかもわからない誰かを探すのは時間がかかる上徒労に終わる可能性すらある。
「そもそも見つけ出したところでこの規模の森に魔術を行使できる存在だ。
戦闘になったら勝ち目はない」
時間操作術を広大な森にかけ続けていられる存在。
間違いなく成す術なくやられるだろう。
「この異常事態から逃れるためにはどうすればいい?」
これは答えは分かっている。
この森から出ればいい。
時間が狂っているのはこの森に限られているというのは確認済みだ。
「あの獣に見つかったら終わりだと考えた方がいい」
避けるのが精いっぱいの突進と鳴き声による金縛り。
脚力の差を考えても走って逃げるのは不可能だろう。
どういう訳かあの獣は俺を敵と認定している。
先ほどから大きな音は立てないように気を付けている。
このまま静かにしていればまたこの場所で獣と鉢合わせることはないだろう。
「であれば、あの獣に見つからず森から脱出する必要がある」
今の俺にできることを確認する。
魔力の目を作り出す探索術式。
小さな火を放つ初級火術式。
小さな穴を作る初級土術式。
小さな風の刃を放つ初級風術式。
これらは戦闘が始まってから詠唱したのでは間に合わず、2つ同時に使うこともできない。
主に探索やサバイバルのために使うことになるだろう。
「方針は決まった。
行動を開始しよう」
……。
街に向かって出発してから約30分。
後ろを振り返れば彼女は黙ってついてきている。
お互いに無言でひたすら歩く。
もちろん周囲を警戒しながら、極力音を出さないように気を付けるのは言うまでもない。
だがこの森……非常に歩き辛い。
一歩踏み出そうとした先の足元に生えていた植物の芽が急に成長して足の踏み場を奪う。
足場にしようとした大木が急に枯れ腐り踏み抜いてしまう。
おかげで思った以上に前に進むことはできず、時間がかかる。
それに時たま後ろからベチャッという音が聞こえてくる。
彼女が似たような目に遭って転んでいるのだろう。
そのたびに手を貸して立つのを助けているため、余計に時間がかかっている。
……。
出発してから約1時間。
探索術式を使って上空から森を見下ろせば目覚めた場所と街のちょうど中間程の場所まで来たと分かる。
ようやく半分か……。
少しずつ進み方のコツは覚えてきた。
これなら街まであと1時間もかかるということはないだろう。
そんな風に安心したのが悪かったのかもしれない。
あの獣の姿が視界の端に映った。
「……!」
急いで近くの木の陰に身を隠す。
彼女の腕を掴んで、こちらに引き寄せ、口を手で塞ぐ。
頼む。
このまま気付かずどこかへ行ってくれ。
そんな祈りも虚しく、隠れるのに使っていた木の時間が巻き戻り、大木が若芽に戻る。
視界の端に映っていた大木が消えればいやでもそちらに目が向く。
それは獣でも変わらなかったらしい。
死と目が合った。
カラーンカラーンカラーン……
また木の幹の中で目を覚ます。
……もうすでに何回もあの獣に殺されている。
10回を超えたあたりから精神衛生上悪いと思って数えるのをやめている。
この森を出れば。
この森を出さえすればこんな状態から脱出できる。
それだけを思い、街の方向を再度目指す。
「だが、何度も繰り返すうちに分かったことがある」
頭の中を整理するためにあえて口に出しながら進む。
そうしないと正気を保っていられない気がした。
「あの獣はこちらに気づくまで、常に同じ行動を繰り返している」
ならば行動パターンを把握すれば一度も遭遇することなく脱出できる。
こちらに気づいたときは俺が死ぬ時だ。
「そして時間の流れが狂うのにも一定のパターンがある」
どのタイミングでどの大木が若芽に戻るのか、急に成長するのか。
それは一度目が覚めてから死ぬまでの1つのループの間で常に同じタイミングだった。
この情報もどこかで使えるかもしれない。
「時間の流れがおかしくなるのは生きていないものだけだ」
だから俺が急に老化したり若返ったりすることはない。
だが狩った野生動物の体が急に腐ったり、逆に生き返ったりすることはある。
生き返りの際、どこまで巻き戻るかは個体差がある。
……俺の場合、あの木の中まで巻き戻ることになっているのだろう。
「この森から出るのに必要な情報は集まった」
前回は森の終わりが見えたところで後ろからあの獣の角に貫かれた。
ならば今度こそ。
脱出してみせる。
……。
出発してから50分ほど。
前回俺が死んだ所まで戻ってくることができた。
もう何度も通った道だ。
時間も大幅に短縮できるようになっている。
彼女も慣れてきたようだ。
かなり速いペースで進んできたつもりだがしっかりと付いてきていた。
もう転ぶこともなくなっている。
「……」
周囲の気配を念入りに探る。
同時に探索術式を使って出した目を辺りに走らせ、獣の姿がないことを確認する。
……よし。
これでやっとだ。
やっとこの意味不明な場所から脱出できる。
慎重に森を進む。
そしてついに森を抜け、人の歩いた形跡がある小道を発見する。
この道をたどればあの街に着けるのだろうか。
そんな希望をもって小道に向かって数歩足を進めると、
カラーンカラーンカラーン……
頭の中にもう何度も聞いた鐘の音が響いた。
「……何故だ!?」
今俺は致命傷など負っていない。
歩く最中にできた多少の切り傷はあるが、こんなもの命に関わるものでもない。
急激な眠気に襲われる。
立っていることもできなくなりその場で膝をつく。
鉛のように重くなる目蓋に必死に抵抗する。
「ここで眠れば……!」
ここで眠ればまたあの木の中に戻される……!
……だめだ。もう目を開けていられない。
せめて、何が原因なのか、何か手掛かりとなるものを……。
そう思って森の方を向く。
こちらを無表情で見る彼女の後ろに、あの忌々しい獣が見えた。
獣はこちらをじっと見ている。
俺を嗤うように。
「…………ちくしょう」
そうして俺は意識を失い、
あの木の檻に戻された。




