第21話 決戦後
〜♪
1人の女が鼻歌を歌いながら部屋を歩き回る。その足取りは軽く、踊るようでもあるが、目的もなくうろうろしているのではない。
その部屋はいくつもの上質なベッドが並べられた医務室だった。
女はあるベッドに近付くと、そこで眠っている男がまだ目を覚さないことを確認。持っていた紙に印をつける。
女は定期的に同じ作業を繰り返しているのか、紙には同じ印がいくつも並んでいた。
「まだまだ起きそうにないからキミも休んだらー?」
ベッドに寄り添う白髪の女に声を掛ける。
「……」
白髪の女は答えない。
やれやれ、そう言いたげに肩を竦め、鼻歌を再開しながら薄緑色の髪を持つ女は部屋を出ていった。
あの中庭での戦闘から5日が経過していた。
あの日、エトゥスの声がしてすぐ部屋に飛び込んだシロとミレア。だが部屋の中にいた男と目が合ってから記憶が途切れている。
気付けばこの医務室に寝かされていた。
「前に出ないって言ったのに」
いまだに目を覚まさないロックの頭をペチペチ叩く。暴走の影響で気絶しているだけと分かっていても5日ともなれば不安にもなる。
「……」
叩いていた手が所在なさげに止まる。
確かに約束を破ったのはロックだが、それを言うなら守ると言った自分も同じだ。
「むう」
再び手を動かす。今度は叩くのではなく眠り続けるロックの頭を優しく撫でる。いつかの彼が自分にそうしてくれたように。
「早く起きろ」
……。
…………。
吐き気と頭痛がやばい。
目を覚まして最初に感じたのはどうしようもないくらいの悪寒だった。
「目を覚まされましたか」
声のする方を向けばエトゥスさんがホッとした顔でこちらを見ていた。
「魔力枯渇でお辛いでしょう。今バケツを持ってきます」
「お願いします……」
体を起こそうとすると自分の体に何かが乗っかっていることに気づく。
シロだった。ベッドのすぐそばの椅子に座り、俺が使っているベッドに突っ伏すように寝ていた。
「ずっとそこでロック殿が目を覚ますのを待っていたんですよ。
ずっと起きてて眠そうだったので寝かせてあげてください」
風王に担がれているのを見た時はもしや、と思ったがどうやら無事だったようだ。
そっと頭を撫でると、無意識だろうが手に擦り付けるように頭を動かしてきた。
「では私の方からロック殿が目を覚まされるまで何があったのか説明させていただきます」
しばらくして体調も落ち着いてきた頃、エトゥスさんの説明が始まった。
「中庭でのあの一件はアーガルム閣下のご判断で公表されることとなりました」
「さすがに隠蔽する事は難しかったですか」
あの夜、王城には警備兵以外にも官僚、メイドなど多くの者がいた。
どれだけの人があの騒ぎに気づいたのかは分からないが、分からないからこそ情報の拡散防止は諦めざるを得なかったのだろう。
「俺たちのことは?」
「ロック殿とシロ殿は、ラシルド殿の疑惑に関し閣下が内密に調査を依頼した部下ということになりました」
アーガルムが風王にした説明がそのまま採用された形となった。
「それで皆は納得したんですか?」
「まあ、なんというか、閣下には良い噂があるばかりではありませんので……」
あの宰相は自分に関わる黒い噂さえ利用したらしい。なんとも強かなことだ。
「風王夫妻は?」
「御無事です。ですが……」
そこでエトゥスさんの言い淀む。
「何かあったんですか?」
「あの日の対応について閣下が大変ご立腹しておりまして……。現在でも御説教が続いております」
現在でもとは。
「……俺が目を覚ますまで何日かかりました?」
「……5日です」
「……ずっと?」
「……執務中もずっとです」
……。
確かにあの日風王が王妃を人質に取られなかったら。メネスの脅しに屈していなければ。ラシルドの治癒をしなければ。
風王夫妻に言いたいことは無いことはないが、その辺の鬱憤はアーガルムが晴らしてくれたと思うことにしよう。
これ以上の追い討ちは致命傷になる気がする。
「ところでエトゥスさん、聞きたい事があるんですがいいですか?」
「何ですか?」
「背中と首に覚えの無い鈍痛が有るんですが、心当たりはありますか?」
俺が負ったのは全身の切り傷とラシルドによる顔の踏みつけによる傷だけのはずだ。
「……」
「なぜ目をそらす」
何故か汗をダラダラ流し始めるエトゥスさん。
「それはねー、私が君の首をグイッてしたからだよー、ロック君」
答えは医務室の入り口から飛んできた。
その声は王城では聞こえるはずのない声だった。
「……ライラさん?」
「キャメルクラッチっていう技らしいけど、まさか人体があそこまで曲がるとは思わなかったよねー」
ケラケラと笑うライラさん。
宿屋にいた時と若干キャラが違う。
何故宿屋の受付のライラさんがここに?
何故エトゥスさんの汗の量が増えた?
「……あの日、ロック殿の暴走を止めるためにあの方がロック殿を気絶させたのです……」
「魔力枯渇にしては早く目が覚めたとは思っていましたが……」
完全に魔力が枯渇する前に落とされていたという事だったのか。
「しかし何故ライラさんが?」
暴走を止めてくれたことはありがたいが、ライラさんがここにいる理由の説明にはなっていない。
首を傾げる俺にエトゥスさんが沈痛な面持ちでその答えを告げる。
「……この方はシルヴィア様。
風王陛下の姉君でございます……」
「ライラ改めシルヴィアだよー。
よろしくねー、ロック君」
「……」
にこやかに手を振るライラさん……改めシルヴィア様。
……まじか。
王位継承に敗れ国を出奔したはずの風王の姉。『猛き風』の名を持つ暴れ馬。
「国を出たはずでは……?」
「その辺はねー、爺があれこれやってくれたんだよ」
爺、というとアーガルムのことか。
ーー誰にも気づかれずにこの国から『いなくなったこと』にする程度、簡単でしょう?
初対面の時に彼にした質問がフラッシュバックする。
……そういうことか。
「じゃあ、閣下が言っていた『保険』というのは、貴女のことだったんですね」
「そゆことだねー。
いざという時愚弟もろともぶっ飛ばせる奥の手として呼ばれていたのだよ」
シュッシュッ、とその場でシャドーボクシングを始めるシルヴィア様。
「ぶっ飛ばせるんですか?」
「ん? 姉に勝てる弟とかいると思う?」
目がガチだった。
「全くあの愚弟ってば、人が良すぎるっていうのも困りものだねー」
今度鍛え直さなきゃ。
笑顔で言い放つシルヴィア様。
横でエトゥスさんの「ヒィッ!」という声が聞こえた。
なんとなく「仲が良い姉弟」がどういう意味か分かった気がする。
姉の後ろに付いていく弟という感じだったのだろう。そこには明確な上下関係が存在するようだ。
「それにしてもよくバレませんでしたね」
「言ったでしょー?
私がいたのは外国のお客さんばかり来る宿屋で、しかも夜勤。爺がある事ない事噂を流してくれた事もあって、見つかる心配なんてなかったよー」
アーガルムに対する評価は上げるべきか下げるべきかなんとも迷う。
どこまで手を広げているんだあの狸。
そんな風に話しているとやはりまだまだ全快とはいかないのか、めまいがしてきた。
「まあ、今は休むといいよ。
次来る時は爺も連れてくるねー」
「いえ、それはどっちでもいいです」
「あははー。
あと、そこのエトゥス君だっけ?」
名前を呼ばれ固まるエトゥスさん。
そういえばさっきから何を怯えていたのだろうか。
「ちょーっと私に対する評価について『お話合い』しようぜ?
ミレアちゃんも入れてさあ」
「私は何も言っておりません!!」
「誰が不良で、すぐに殴り込みかけるような奴だって?」
「……!!」
エトゥスさんが真っ青になってガタガタ震えだす。
まるで狼に睨まれた子犬のようだ。
だがなぜシルヴィア様がその会話を知っている?
そんな俺の疑問に気づいたのだろう、シルヴィア様はにこやかに答える。
「私はねー、風を操って声を集める魔術が得意なんだー。
だから、この国で私に隠し事できるとか思わない方がいいよー」
私の悪口を言おうものならすぐにバレるから。
そういう彼女の目は全く笑っていなかった。
……まじで怖え。
ずるずると引きずられていくエトゥスさんを見送りながら俺はもう一眠りすることにした。
「でも、不良って言ったのはシロだよな?」
ビクッと眠っているはずの体が震えたのは気のせいだと思うことにした。貸し一つな。




