第20話 怒り
メネスはナイフを王妃の首に突きつけている。
こちらが何か行動を起こせばその瞬間に王妃の命はない。
「早くしなさい。それとも王妃を見殺しにしますか?」
アーガルムは忌々しそうな表情を浮かべ、ラシルドを拘束していた魔術を解除する。
「……あの2人はどうした?」
「後から突撃してきた者達ですか?
それなら……」
メネスは後ろを顎で指し示す。
そこには、2人を肩に担いだ風王が立っていた。
夫が吹き飛ばされたのを見たメネスは隠し持っていたナイフで王妃を人質に取っていた。そして突入したミレアさんとシロを風王に相手させていた。
「殺したのか?」
「まさか。陛下はお優しい方ですから。
気絶しているだけでしょう」
状況を理解しないままに妻を人質に取られ、ミレアさんとシロを相手取ることを強制された風王は申し訳なさそうな顔で立っている。
「陛下、あの3人を拘束してください」
「……」
「陛下?」
ナイフが王妃の首に食い込む。
「わ、分かった。……すみません」
風王が俺たちに目線を向けるとそれだけで指一本動かせなくなる。アーガルムが使った魔術と同じもののようだが、その威力は段違いだった。
同時にラシルドの体が浮かび、メネスの方はふわふわと飛んでいく。
「さて王妃様。彼を治してください」
「メネス……。どうしてこんなことを……。
お願い、考え直して……」
王妃は涙ながらに説得する。
王妃と世話係という関係でも長年友人の様に接してきたメネスの所業が信じられない様だ。
メネスはそんな王妃を冷たい目で見てナイフの刃先で王妃の首をなぞる。王妃の首に薄く赤い線がつく。
「大人しくいうことに従いなさい。殺しますよ?」
「……分かりました」
王妃はボコボコにされたラシルドの体に手をかかげる。王妃の手から柔らかな光が漏れ、ラシルドの体に降り注ぐ。
光に包まれたラシルドの体から傷が消えていく。程なくして、ラシルドは目を覚ました。
「あなた、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
「これ、あなたの杖」
メネスからラシルドに杖が手渡される。
杖を受け取ったラシルドは状況を確認すると、ニンマリと笑った。
拘束された俺たちと風王を従える妻。
先ほどまでよりも圧倒的に有利だ。
ラシルドはニヤニヤとした笑いを浮かべながら俺に近づく。
「さっきはよくもやってくれた、なあ!」
「ぐっ!」
拳で俺の顔を殴る。
受け身を取る事もできず倒れた俺の顔を何度も足蹴にする。
「遠くから!やるのが!卑怯だって!?
それなら!近くで!やってやるよ!」
何度も何度も踏みつけられる。
「あなた、気持ちは分かるけどそれくらいに。
こっちにはそれよりいいのがいるわよ?」
メネスの声を聞いたラシルドは風王に担がれたシロを見て笑みを深める。
「やめ、ろ……」
「んー? 聞こえないなあ?」
このままではシロに危害が加えられる。
「シルヴァリオ! このまま暗愚に成り下がるつもりか! 王としての責務を果たせ!」
アーガルムの叫びに風王はハッとした表情を浮かべる。しかしナイフを突きつけられた妻の姿を見てその顔は直ぐに曇る。
「妻は……、エルディーネは、僕の唯一の家族なんです……。家族を喪うのは、もう耐えられない……」
「この……! 愚か者が……!」
アーガルムは怒りの余り言葉が告げなくなっている。
「うるさいなあ。シルヴァリオ、あの爺さん達の口も塞いでくれない?」
「……!」
遂に口も開くことができなくなる。
ラシルドは風王にシロの体を地面に下ろさせると、俺によく見える位置までシロを転がす。
そして首に向けて杖を向けた。
「どうしようかな?
一息に首を落としてしまおうかな?
それとも少しずつ頭を押し潰そうかな?」
ラシルドは楽しそうに残虐な計画を立てる。
倒れた体とそこに向けられた死を告げる杖。
俺がかつていた世界で最後に見た光景。
シロの姿がオルテライナと被る。
ただあの時と違うのは、体を張ってでも助けるということができないという事。
何を間違えた? エトゥスさんにラシルドの捕獲を任せてあの部屋に留まっていれば? ラシルドをもっと早く捕獲できていれば?
そんな「もしも」が頭の中を巡る。
ラシルドはどうするか決めたらしい。
杖が狙いを定めてピタリと止まる。
風王と王妃はこれから起きる惨状から目を逸らしている。
やめろ。そう思っても届かない。
ラシルドはそんな俺を見てますます笑みを深める。あまりの笑みの深さに口が裂けている様に見える。
そんなラシルドの顔を見て俺に浮かんだ感情は怒り。ただそれだけだった。
「よく見ているといい。
君のせいで大切な人が死ぬところを」
俺はラシルドの顔を殺意を持って睨み付ける。
そんな俺を見て本当に楽しそうな笑顔を浮かべたラシルドは、確殺の一言を唱える。
「『風刃』」
お前が、死ねばいいのに。
杖先から放たれた風の刃は真っ直ぐシロの首に進み、
ラシルドの首を落とした。
「へ?」
それがラシルドの最期の言葉だった。
何が起きたか分からないと言いたげな間抜けな表情を浮かべてラシルドの首は軽い音を立てて地面を転がった。
「ラシルドッ!」
メネスは悲鳴を上げてラシルドの体の元へ走ろうとする。
だがその一歩を踏み出したところで、その体が掻き消え、次の瞬間中庭の遥か上空に出現する。
「っ!? きゃあああああああ!!」
ぐちゃっ。
地面に水が詰まった何かをぶつけたような音が響き、中身の赤い液体が漏れ出る。
その体はもう動かない。
「な、何が……」
風王は目の前で起きたことが理解できず、動揺のあまり拘束の魔術のために割いていた意識が途切れる。
そのおかげで口が動くようになったアーガルムがその場にいる全員に鋭く指示を飛ばす。
「暴走じゃ! 全員一歩も動くなっ!」
俺はその声をどこか遠くに聞いている。
自分の魔力がものすごい勢いで外に漏れていく感覚だけを感じている。
こんなにも俺は魔力を持っていたのか、そうぼんやりと考える。
その間にも暴走による現象は続く。
空間が捻れる。何もない空中に何処かの光景が映る。中庭に生えていた木の幹のちょうど真ん中が何処かに消える。支えを無くした木は倒れるが、その途中で丸ごと何処かへ消え失せる。
「小僧! 落ち着け!
儂等まで殺す気か!」
「ロック殿!」
彼らの声がよく聞こえない。
意識が曖昧で、目の前で起きている現象が頭に入ってこない。
「……っ! やむを得ん。
シルヴァリオ! 小僧の体を全力で何処かに吹き飛ばせ!」
「閣下!?」
「このままでは儂等までどこかに飛ばされる!」
彼らは何の話をしているのだろか。
シロは助かったのだろうか。
「シルヴァリオ!」
「……分かりました」
「陛下!?」
風王が俺に掌を向ける。
何をするつもりなのだろうか。
「穏やかじゃないねー。
爺ってば、何でそんなにすぐ最短の結果を求めるかなぁ」
「……貴女は!?」
「こうすればいーんだよ」
聞いたことのある声が聞こえたと思ったその時。
俺の意識は何者かによって刈り取られた。




