第19話 中庭の決戦
ラシルドの部屋へ向かう道中。
如何にして彼を確保するかの作戦会議が始まっていた。
「彼の執務室はそれほど広くなかったですよね。
それなら一気に押し入りますか?」
「奴に魔術を使われては厄介じゃ。
適当な理由をつけて穏便に入った後、隙を見て口と手を抑えた方が賢明じゃろう」
話す途中にもこの城を警備する兵士とすれ違う。
この国の宰相と行動を共にしているおかげか、今の所止められる様子はない。
しかし話す声は自然と小さくなり、小さな声を聞き取るために密集して動かざるを得なくなる。
その姿はコソコソと動いているようで、悪いことをしているはずがないのになぜか人の目に敏感になってしまう。
「貴方だけならまだしも、俺たちも一緒に入ったら不審に思われませんか?」
「儂だけで中に入れと? 勘弁してくれ。
心配せずとも小僧一人言いくるめるくらい造作もないわい」
作戦の初めはアーガルムの口のうまさ次第となりそうだ。
次にアーガルムはシロとミレアさんの見る武器を見て眉を顰める。
「その槍は目立つな。お主らは部屋の外で待機じゃ」
アーガルムはミレアさんとシロには待機命令を出した。
シロは不満そうな顔を浮かべるが、さすがに槍をもって入ってしまえば穏便も何もない。
そう説得すれば渋々ながら納得してくれた。
そんなことを話していると、ラシルドの執務室の前にいつの間にか到着していた。
全員で目配せをして心の準備ができたことを確認する。
アーガルムが部屋のドアをノックする。
「坊主、儂じゃ。
先日の件について少し話したいことがある。中に入ってもよいかの?」
中からラシルドの声が聞こえる。
「アーガルム閣下? ええ、どうぞ」
「うむ、では失礼するぞい」
アーガルムが部屋に入っていくのに続いて俺とエトゥスさんも部屋に入っていく。
部屋の奥にある執務机の前の椅子に座っていたラシルドは入ってきた俺たちを見て驚愕の表情を浮かべる。
この部屋で休憩していたのだろう、来客用の椅子に座るメネスも同じような反応を見せている。
ここまでは俺たちの想定通り。だがこの部屋にはラシルド達と部屋に入ってきた俺たちの間にもう2人いた。
薄緑色の髪に眼鏡をかけた細身の男性とその男性の横に座る疲れた表情を浮かべる女性。
その2人はメネスが座る椅子の向かいに座り、メネスと共に深夜のお茶を楽しんでいた。
俺たちに背を向けていた2人はラシルドよりも遅く俺たちに気付くと、不思議そうな表情を浮かべた。
「……陛下、それに王妃殿下まで」
アーガルムが苦々しく声を漏らす。
陛下? この2人が風王と王妃なのか?
風王は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべてアーガルムに問いかける。
「爺? こんな夜に一体どうしたのですか?
それにそちらにいる方々は……」
まずい。さすがに風王の前で大立ち回りをするわけにはいかない。
「これらは儂が内々にとある事について調査を依頼しておった者でございます。
先ほど調査結果の報告を受けまして、ラシルドとも情報の共有をしようと参った次第でございます」
アーガルムはもっともらしい理由を述べる。
咄嗟に出たにしては上手いと思う。
「陛下はなぜこのような時間に此処へ?」
「……まだよく眠れなくて。
偶然メネスと会ったのでお呼ばれしたんです」
なんて間が悪い。
アーガルムにとってもこの状況は想定外のはずだが表情が崩れることはない。
流石の胆力とでも言うべきなのだろうか。
「爺は一体何を調査させていたのですか?
できれば僕も知っておきたいです」
自分の子供が死んだばかりだというのに政務を怠らないというのは褒められるべきことではある。
だがラシルドが御子殺しの犯人であることを告げた場合、どういう反応を見せるのか未知数だ。
逡巡しているとアーガルムが俺とエトゥスさんに小さく一言。
「構えておれ」
は?
聞き返す間もなくアーガルムは風王に向き直る。
「今回の調査は少し慎重に事を進める必要がありましてな。
陛下にはあとで報告させていただこうと思っておったのですが……」
そう言いながらアーガルムは自然にラシルドの方へ歩を進めていく。
そしてアーガルムは風王の横を通り過ぎ、ラシルドの横へ並ぶ。
「陛下がここにおられるなら事情は多少変わりましたな。
……『風掌』っ!」
素早くアーガルムは杖を抜き、右から左へと振るう。
魔術で作られた風の巨大な手はラシルドの体をものすごい勢いで吹っ飛ばし、その体は窓ガラスを割って外の闇に消えていった。
あまりに突然の出来事に全員が固まる。
そんな中初めに動くことができたのは、身構えていた俺とエトゥスさんだった。
俺はすぐに割れた窓から飛び出し、ラシルドの身柄の確保に動く。
エトゥスさんは部屋の外で待機していた2人に指示を飛ばしていた。
「シロ殿、ミレア殿! 急いで入ってきてください!
メネス殿の対処は任せました!」
ラシルドの部屋は王城の2階部分にあった。
窓の外は王城の中庭のようだ。草が生い茂るそこそこ広い空間だ。
俺は地面に着地するとラシルドの姿を探す。直後にエトゥスさんとアーガルムも俺のすぐ隣に着地する。
「何処に行った?」
「暗くてよく見えませんね……」
明かりは星明りくらいしかない。
俺たちは背中合わせになり周囲を警戒する。
「さっきの一撃で気絶している可能性は?」
「それはないの。あ奴、ギリギリで魔力を出して防御しておった」
きれいに不意打ちが決まったと思ったのに防御が間に合ったのか。
ガサッっと草が揺れる音がした。
そちらに体を向け、右手で持ったナイフを向ける。
「『風刃』」
しかし術式を唱える声は後ろから聞こえた。
「……っ!」
「ロック殿!」
風の刃が俺の首を刈り取る寸前で間に入ったエトゥスさんの杖がそれを防ぐ。
後ろを振り向けば防御の間にラシルドの姿は闇に溶けている。
「どうやら魔術で風を起こして風を揺らして居るようじゃの。耳に頼りすぎるな」
「全方位に魔術を撃つことは?」
「そんなことをすれば周りに被害が出るじゃろう。王城の内部にまでは防御魔術は及んでおらんのじゃぞ」
四方の草がガサガサと音を立てる。
種が分かってもどれを警戒すべきか分からないという状況が精神をすり減らす。
「いきなりひどいことをするなあ。僕が何をしたっていうんですか?」
どこからかラシルドの声が聞こえる。
この声も風に乗せているのだろう。音の出所を探すのは惑わされる原因にしかなり得ない。
「心当たりはあるだろう?
風王には敵わないからって、その子供を狙うという卑怯なことをしたというな」
「ははは。安い挑発だね。そんなものには乗らないよ。『風刃・五連』」
今度は複数の風の刃が一斉に襲い掛かってくる。
「『風壁』!」
エトゥスさんの魔術がそれを防ごうとするが、込められた魔力量が違うのだろう、3つの刃を防いだ辺りで壁は崩れる。
「『風壁』」
咄嗟にアーガルムがもう一枚壁を張り、残りの刃を受け止める。
「うーん。魔術師としては僕の方が優秀みたいだけど、数の差が厄介だね。
じゃあこうしようか。『風刃・爆散』」
俺たち3人が背中合わせになっている中心に魔力が集まり始める。
「っ! 前に飛んで急所を守れっ!」
直後、風属性の魔力の塊が一気にはじけ、辺りに風刃を無造作にばらまく。
アーガルムの声に反射的に従ったおかげで致命傷は負わなかったものの、風に吹き飛ばされるとともに、全身に浅くない切り傷ができる。
多少の切り傷は問題ない。
だが……。
「これで皆ばらけたね。じゃあ一人ずつやっていこうかな」
ラシルドの言う通り数の差が活かしにくくなった。
アーガルムとエトゥスさんの姿は見えない。俺と同じように吹き飛ばされたのだろう。
「ここで俺たちを皆殺しにしても意味はない。
これだけの騒ぎを起こせば直に警備兵もここに来てお前を捕獲するだろう」
「そんなことはないよ? 閣下がいきなりやってくれたおかげで誰もこの状況を把握していないからね。
君たちを殺してついでに御子殺しも閣下のせいにしてしまえば何も問題ない。
そうして閣下の分の仕事も僕がやることにしよう」
こっちが先手を取れるはずだった状況はいつの間にか不利になっている。
せめてラシルドの居場所が分かれば状況は変わるというのに。
……。
そういえば明かりが十分でないというのはラシルドも同じ状況のはず。
奴はどうやって俺たちの場所を正確に把握している?
呼吸を整え考える。戦闘能力のない俺にはそれくらいしかやることがない。
少し落ち着いたことで四方を城壁に囲まれたはずの中庭に風がそよいでいることに気付く。
「閣下! ラシルドは中庭に風を吹かせることでその流れからこちらの位置を把握しています!」
「…! よく気付いた! 『流風』!」
この中庭のどこかにいるであろうアーガルムに大声で伝える。
ラシルドが作る風の流れにアーガルムの魔術の風が加わることで風の流れが乱される。
これでラシルドによる不意打ちは難しくなったはずだ。
「君、厄介だなあ。まあいいや」
声がした方を向くとラシルドが堂々と姿を現す。
「観念したのか?」
「まさか。隠れてたのはそっちの方が安全に戦えるからってだけだよ。
君は3人の中で一番弱そうだからね。さっさと殺させてもらうよ?」
ラシルドの予測は当たっている。
1対1なら俺に勝てる見込みは全くない。
「『風弾』」
ラシルドは俺に指先を向けて威力よりも弾速を重視した『風弾』を発動する。
指を向けられた瞬間に回避行動に移っても『風弾』は俺の体を掠めていく。
「『風弾』『風弾』『風弾』……。
避けてるばかりじゃどうしようもないよ?」
「うるせえ!」
回避し続けるのにも限界がある。
ついに放たれた一発が俺の足に命中し、足が止まる。
「もう終わりかな?
すぐに残りの2人も来る前にさっさとやらなくちゃね」
俺とラシルドの間には距離が開いている。
この状況はいつかエトゥスさんとやった訓練と全く同じものだ。
私としても近づかれたら終わりなので必死なんですよ、訓練でエトゥスさんはそう言っていた。
「……自分だけは安全なところにいて一方的にいたぶる。
本当に卑怯な奴だな、お前は」
「慎重だと言ってほしいね。わざわざ危険を冒さず同じ結果を得られるなら誰だってそうするだろ?」
「詭弁だな。
そんなお前がどれだけ風王の仕事に深くかかわっても王になんてなれはしない」
「別に王になる必要なんてないさ。
シルヴァリオへの影響力を高めて、彼が僕の意見を尊重にしてくれるようになれば、それはもう僕がこの国の政務を全部担っていると言っても過言じゃないんじゃないかな」
アーガルムをも一緒に始末できるかもしれないこの状況はラシルドにとっても好機ということだ。
俺の挑発に対して、勝利を確信しているラシルドは流暢に語る。
「風王もバカじゃない。何でもかんでもお前の意見に同調するわけじゃないだろう」
「その辺ももちろん考えてるさ。
彼の周りが僕の味方だけになるように今工作している最中さ。
どれだけシルヴァリオが反対したところで、大勢から反対されれば僕の意見に従わざるを得なくなるだろ?」
御子殺し以外にも手は打たれていたのか。
想像以上に狡猾な男だったらしい。
「そろそろ2人が合流してくるかもしれないね。
君の時間稼ぎに付き合ってあげるのもやめにしようか。
……もしかして、挑発して近づいてくるように仕向けたかったのかな?」
距離を開けたまま指先を俺に向ける。
指先に魔法陣が形成される。
「そんなことするわけないだろう?
じゃ、最期に何か言い残すことはあるかな?」
今すぐ2人が合流することには期待できそうにない。
まさに絶体絶命の状況。
こんなところで命を落としている場合ではない。
右手に持ったナイフを握りしめる。
「……持ってる武器は近づいて確認するべきだったな!」
ナイフをラシルドに向かって全力で投げつける。
別にナイフの投擲の練習をしたわけじゃない。
だが、刃がついた物が自分に向かって飛んでくるとなれば反応せざるを得ない。
「っ!?」
驚いてナイフを避けるラシルド。
自分に攻撃が当たりそうになる経験など訓練くらいしかないのだろう。
必要以上に体を逸らしてナイフを回避しようとする。
その間に距離を詰める。
足や切り傷の痛みなど西門の訓練でボコボコにされたことに比べればなんということはない。
「……しまった!」
「ふっ!」
まずは顔。その次に腹。さらに頭。
俺が西門での訓練でされたことをラシルドに対して全力でやる。
反撃の隙など与えない。
時には金的などの急所も狙いながら一方的に無言で殴り続ける。
……。
…………。
「ロック殿!?」
一体どれだけ殴り続けていたのか。
エトゥスさんが合流する頃にはラシルドの顔面は原形をとどめておらず、虫の息になっていた。
「やりすぎじゃ阿呆」
アーガルムに腕を掴まれようやく殴るのをやめる。
「……とりあえずこれを連れて陛下に説明するか」
アーガルムが魔術でラシルドの体を拘束する。
……これで終わりなのか?
「そうはさせません。
お三方、彼を解放してそこから離れなさい」
背後から女性の声が響く。
後ろを振り向く。
そこには王妃にナイフを突きつけたメネスが立っていた。




