第2話 見知らぬ森と神獣
カラーンカラーンカラーン……
どこかで鐘の音が聞こえた気がして俺は目を覚ました。
「…………は?」
目を覚ました?
俺は暴走術式を受けて死んだはずだ。
とりあえず状況を理解しようとして体を動かそうとして……動かない。
顔以外の全身に何かが絡み付いている。
これは……感触的に木の枝?
唯一何にも覆われていない視界には目一杯の青々とした緑。
……。
……どうやら俺は顔だけをむき出しにして森の中のとある木の幹に埋められているらしい。
「なんで!?」
ここはどこだ?
なぜこんなことに?
誰がやった?
「……子供たちは!?」
子供たちの姿は見えない。
まずはとにかくこの滑稽な状態から脱出しなければ。
体を何度か揺すってみて分かったが、どうやら木の幹の内部の空間には余裕があるようだ。
力尽くで絡み付く木の枝を剥がし、内部から木を蹴り破る。
木からの脱出を果たし、改めて辺りを見回しても子供たちの姿は見えない。
「オルテ! シルード!」
2人の愛称を大声で叫ぶ。
反応はない。
今のこの状況はどういうことだ?
2人は無事なのか?
焦りが身を焦がす。
落ち着け、落ち着け。
まずは冷静に周囲を確認しろ。
何が起きているのか把握しないまま動くのは愚策でしかない。
周囲360度には木が生い茂っている。
足元には人が1人倒れていた。
「……!」
驚きで思わず飛び上がる。
気付かなかった。
起き上がる様子はない。
「……大丈夫ですかー?」
口元に手を近づけると、静かに呼吸していることが分かる。
どうやら生きてはいるらしい。
外見から分かるのは俺と同じくらいの年齢の女性ということ。
青々とした地面に白くて長い髪が広がっている。
見たところ怪我はなく、気を失っているか眠っているかのどちらかようだ。
まずはこの人にこの状況について聞いてみるか。
「あのー……。
ちょっと……」
体を揺さぶりながら声をかける。
女性は目を覚さない。
もう少し強く揺らす。
目を覚ました。
女性はぼんやりとした目でこちらを見上げる。
目の前で手を振ればその目線は手を追いかける。
意識はあるようだ。
「ここはどこですか?
子供の姿を見ていませんか?」
とりあえず聞きたい事をぶつける。
俺がどれだけの間気を失っていたから分からない。
理由は分からないが生きているのなら一刻も早くあの2人の元に戻らなければ。
「……」
女性は答えない。
聞こえていないのか?
「ここは! どこですか!
子供の姿を! 見てませんか!」
さっきよりゆっくり、大きな声で聞く。
女性はキョトンとした顔で、
「ココハドコデスカコドモノスガタヲミテマセンカ」
俺のいうことをそのままそっくり返した。
女性が俺の言った言葉の意味を理解している様子はない。
言葉が通じていない?
それともこの女性が言語というものを理解していない?
……そんな馬鹿な。
「俺の、言っていることが、分かりますか?」
「オレノイッテイルコトガワカリマスカ」
……会話が成立しないということは分かった。
ならばこの女性にこだわる必要はない。
今はとにかく情報が欲しい。
あの2人を守ると誓った。
こんなところで立ち往生している余裕はない。
再度周囲を確認する。
周囲をよく観察すれば、そこには異常な光景が広がっていた。
若木が大木に一気に成長したかと思えば枯木に変わる。
枯木が青々とした木に戻ったかと思えば若木に戻る。
熟した果実が木から落下したと思えば逆再生するかのように木に戻る。
木の枝から離れた葉がよく見なければ停止していると思うようなレベルでゆっくりと舞い落ちる。
「……」
あまりの光景に言葉も出ない。
なんだこれは。
時間が加速したり、減速したり、巻き戻ったり……。
「〜〜!」
右の掌を上に向けて急いで呪文を唱える。
俺は召喚術が得意ではあるがそれ以外の魔術が使えないわけではない。
ただ実戦では使えないレベルで発動までに時間がかかるだけだ。
呪文を唱え終わると、右の掌の上に魔力でできた目玉が浮かび上がる。
探索術式。
魔力で作った目で周囲を探索するのに使われる。
俺はその目を真上に打ち上げる。
術式で作られた目に映った光景から、今いる場所がかなり広い森であり、この異常な状況がこの森全体で起こっている事が分かった。
「まじか……」
俺は狂ったのか?
ここは死後の世界か何かなのか?
頼むからだれか違うと言ってくれ。
魔力でできた目の視力を上げ、遠くまで見渡せるようにする。
ある方角のずっと先の森の終端に街のような物が見えた。
文明の気配にひとまず安心する。
あの街まで行けば話が通じる誰かがいるかもしれない。
その方角を記憶して術式を切る。
「まずはあの街を目指すか」
そこで情報収集をして、あの砦に戻ろう。
方針が決まったなら直ぐに行動を開始しよう。
「……」
「……」
「付いてきますか?」
「ツイテキマスカ」
……分かってた。
この女性に話しかけてもどうしようもない。
勝手に付いてくるならそれで良いか。
とりあえず街の方向に足を進めようと足を向ける。
「……!」
いつからか巨大な四足獣がこちらを見ていた。
雄々しく生えた2本の角。
理性を感じさせる瞳。
黄金の光がこぼれていると錯覚させるような毛並み。
……聖獣、いや、神獣か?
この森にそんなものが生息しているかどうかは知らない。
だがそう形容するのが正しいと思わせる威容だった。
俺の声を聞いて来たのか?
この獣は友好的か?
それとも敵か?
俺が対応を迷っていると、獣は俺に向かってものすごい勢いで突っ込んできた。
「……!」
咄嗟に身をひねって回避する。
獣の通り道にある木が易々となぎ倒されたのを見て、直撃したら死ぬということがよく分かった。
女性は状況を理解していないのか、ぼーっと立ったままだ。
「おい! 逃げろ!」
「……」
女性の反応はない。
言葉が通じていない、というだけではこうはならないだろう。
明らかに危険察知能力が欠如している。
獣は相変わらず俺に狙いを定めている。
女性を狙う気配はない。
再度の突撃を敢行してくる。
……さっきより勢いがある!
「くそっ!」
避けるのが精いっぱいだ。
無様にゴロゴロと転がり、倒れたまま獣の位置を確認する。
獣は哀れな2本目の犠牲者となった大木をつまらなそうに見る。
すぐに再度狙いを定めて突撃してくるだろう。
倒れたままではまともに回避もできない。
獣の方を見たまま急いで立ち上がり、何とか態勢を整えようとする。
しかし獣はそうさせてはくれなかった。
ケエエエエエエェェェェェェン!
獣の鳴き声が響く。
俺の体が金縛りにあったように動かなくなる。
……魔術!?
いや、なんだこれは!?
口を動かすことももはやできない。
獣が俺に狙いをつけて突進を開始する。
獣の死を告げる突進が間近に迫る。
獣の角が俺の胸を貫きその勢いのまま俺の胸から上と下をちぎるように分離させた。
最期に女性と目があった気がした。
カラーンカラーンカラーン……
耳には鐘の音が鳴り響く。
再び目を覚ました時。
俺は木の幹の中に囚われていた。
「…………は?」




