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元召喚士の帰還  作者: とおりすがり
第2章 風王の葬式
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第18話 相容れないもの

「……来たか」

「ええ、こんばんは、閣下」


 エトゥスさんに面会の申請をお願いした夜。

 俺たち4人はアーガルムの執務室を訪れていた。

 エトゥスさんが用件を伝えたところ、直ぐに面会の許可が降りた。

 以前と同じように俺とシロの武器は王城の入り口で没収されている。


 俺たちの表情は固く、纏う空気は鉛のように重い。

 以前来た時に比べ部屋が暗く見えるのは夜だからというだけではない。


 そんな中、一人この部屋の主だけは、こんな状況など何度も踏み越えてきたとでも言わんばかりに飄々とした表情を浮かべていた。


「こんな時間に面会を頼むとは、よほどの用事なのじゃろうなあ」

「何のために俺たちがここに来たのか、分からない貴方ではないでしょう」

「さて、なんじゃろうなあ?」


 アーガルムはあくまで自分のスタンスを崩すつもりはない。

 そんなアーガルムの態度に業を煮やしたのか、エトゥスさんはアーガルムを睨む目をさらに細める。


「分からないならはっきり言います。

 風王陛下の御子を殺した犯人が分かりました」

「なんと!」


 驚いた表情を浮かべるアーガルム。

 その白々しさのせいで場の空気はさらに悪くなる。


「それで? 御子殺しなどと言う大罪を犯した阿呆はどこの誰じゃ?」

「……っ!」


 アーガルムの態度に耐え切れなくなったのか、エトゥスさんがアーガルムに詰め寄る。

 だが俺はアーガルムの顔から視線を逸らさぬままそれを制止する。


「エトゥスさん、気持ちは分かりますが落ち着いてください。

 その人は犯人ではありませんから」

「……え?」


 エトゥスさんは詰め寄る足を止めて俺をポカンとした表情で見る。

 そういえばエトゥスさんとミレアさんには俺の推理をまだ言っていなかった。


「じゃあ誰が犯人なのですか?」


 俺は今回の御子殺しの犯人の名を告げる。




「風王陛下の乳兄弟、ラシルドです」


 犯人の名を告げてもアーガルムの表情に変化はない。

 ここまで変化がないともしかしたら仮面をかぶっているのではないかとすら思う。

 これが長い間この国の宰相として勤めあげてきた男の技術なのだろう。


「……ロック君、なんでラシルドさんが御子殺しなんて……」


 ミレアさんは不思議そうな表情で固まっている。


「ラシルドの目的は国の政務の中心に関わること。

 それも王族でなければ行うことが許されないような中枢部分にまで」

「……そんな」

「これまでも政務に全く関わってこなかったわけではないのでしょう。

 しかしラシルドは、御子殺しによって風王陛下が一人で政務を行うことができない状態ともなれば、風王陛下はこれまで以上に自分を頼るはずだ、と考えたのです」


 ラシルドは王族ではあるが王位を継承する候補には入っていなかった。

 王位の継承を諦めたラシルドは、せめて王が行う政務にだけでも関わろうと思ったのだ。


「しかしロック殿、どのようにしてラシルド殿は王妃殿下に宿られていた御子様を害したのですか?」

「首謀者はラシルドですが、実行犯は別にいます。

 王妃殿下の傍にいても不自然ではなく、王妃殿下のお身体に触れる機会がいくらでもあった人がいますよね?」

「……ラシルド殿の奥様の、メネス殿ですか」


 俺はうなずく。

 かの王は、幼い頃から傍にいた兄弟に裏切られ続けていたのだ。


 その事自体については王は気の毒だと思う。

 だが、今俺が糾弾すべき男は目の前にいる。


「儂が犯人でないというなら、そうして睨むのを止めてはくれんかのう?」

「それは無理です。

 だって、貴方はラシルドが御子殺しの犯人であることは初めから知っていたのでしょう?」


 アーガルムはラシルドがこれまで何度も御子殺しを行ってきたことを知りながらわざと見逃していた。  アーガルムが声を上げていれば、小さな命を救うことはできたのだ。


「なぜそう思う?」

「呪いの『風便』ですよ。

 あれはラシルドが世間の目を自分の犯行から逸らすための偽装工作でした」


 ラシルドは一昨日の時点で新たな白紙の『風便』が届いていたことを知っていた。

 だが、ラシルドはその多忙さゆえに風王夫妻以外とはここ数日誰とも話をしていないとも言っていた。

 心身ともに限界の風王夫妻にわざわざ呪いの噂を逐一報告する者がいるとは思えない。


 知り得るはずのないことを知っていた――ならば、ラシルド自身があの白紙の『風便』の差出人ということだ。

 西門の警備を担当する小隊長の部屋が『風便』のポイントに設定されていたのだ。王の執務を手伝う男の部屋がポイントに設定されていないはずがない。


「貴方はあの『風便』に何の意味もないと断言していた。

 そのように断言できたのは、貴方が今回の事件について全て知っていたからなのではないですか?」

「……」


 俺の追及にアーガルムは何も答えない。


 もしこれが当たっているなら、俺からすればアーガルムはラシルドと同罪だ。御子殺しとそれを黙認し続けた男。そこには何の違いもない。

 握りこんだ拳に力が入る。


 しばらく重苦しい沈黙が部屋を支配した後、アーガルムは口を開いた。


「儂はな、かの王自身に裏切りに気づいてほしかったのじゃよ」

「……」

「王とは絶対の力を持つ強者じゃ。

 そんな王が力を振るうためにはな、『穏やか』であっては困るのじゃよ」


 『穏やかなる風のシルヴァリオ』。彼の王に向けられた民の愛称だ。

 だがアーガルムはそんな民の思いすら否定する。


「王に求められるのは全てを疑うことじゃ。

 自らの行いの正しさ、周りの者の声……それらが常に正しいものであるかどうか、王は考えねばならぬ。あの坊主の思惑に気付いたとき儂は身内を疑ういい授業になると考えたのじゃよ」


 アーガルムは風王を王としてあるべき姿に成長させるためにあえてラシルドの凶行を見逃してきた、ということだ。

 だから俺がこの事件に関わると宣言した時、何とか阻止しようとしたのだろう。

 その過程でどれほどの幼き命が失われようとも。


 その身勝手な考えに遂に堪忍袋の緒が切れる。


「そんな方法によらなくても貴方が直接教えればよかっただろう!

 守るべき命を見殺しにしてまで得られる教訓に価値などない!」

「お主ならそう言うじゃろうな。

 じゃがな、傷が深いほど、その教訓は深く心に刻み込まれるのじゃよ」

「……っ!」


 傷をつけることで忘れられなくする。

 それは俺が今日の昼過ぎにシロに言ったこととほぼ同じだ。

 俺は自分の考えとアーガルムの考え方に違いを見出せなくなり、次の言葉が継げなくなる。


「儂はこの国に長く仕え、この国を我が子のように思っておる。

 じゃからな、この国をより良くするためには、王が無能であっては困るのじゃよ」

「……人を疑う王こそ有能であると、そう仰られるのですか、閣下」


 エトゥスさんのか細い声が問いを発する。。

 アーガルムの答えは対比するように堂々と響き渡る。


「そうじゃ。臣下を疑い、民を疑い、そして自らを疑う。

 そうして初めて王はその力を正しく振るうことができるのじゃよ」


「そのことを知らせるためならば、赤子の命、惜しくなどない」


 そう、はっきり言いきった。


 俺とこの男の間に似た部分はあるのかもしれない。

 だが大義のために幼き命を見捨てる所業は俺にとって許容できるものでは決してない。


「貴方の考えは理解した。

 どうやら俺は貴方とは絶対に相容れないようだ」

「そうじゃろうな。

 もとよりお主に賛同してもらえるなどとは思ってはおらぬよ」


 俺とアーガルムは視線をぶつける。

 俺とアーガルムの間にあるのは決して橋が架かることのない断崖だ。


「貴方の授業はお終いだ。

 貴方にはラシルドの捕獲に協力してもらう。拒否権がないことは勿論分かっていますよね?」


 もしここで拒否するようなら俺はためらわずアーガルムの所業を周囲に告発する。

 そうなればこの国の政務は著しく停滞する。それはアーガルムも望むところではないはずだ。

 

「分かっておるよ。お主に謎を解かれた時点で儂はあの坊主を切り捨てるしか選択肢はないわい」


 しばし待て、と言ってアーガルムは机から装飾のない1本の杖を取り出す。

 実用性・機能性・効率性の重視。

 それこそが彼の追い求める理想なのだと、その杖からも明らかであった。


 さらに彼は窓に近づくと、2通の『風便』を窓から放り投げた。


「今の『風便』は?」

「お主らの武器をこの部屋に届けるように指示するものと、あとはまあ、保険じゃな」


 保険の内容について詳しく語るつもりはないらしい。

 まだこの男を全面的に信頼することはできない。最悪の事態も予測しておくべきだろう。


 まもなくしてアーガルムの部屋に俺たちの武器が届けられる。

 俺にはナイフを、エトゥスさんには杖を、シロとミレアさんには身長ほどの長さの槍を。


 杖に不備がないか確かめながらアーガルムは告げる。



「十中八九あ奴は抵抗するじゃろう。

 一応あれは陛下を守れるようにと幼い頃から戦闘訓練を受けておる。

 油断しておれば、あっさりとやられるぞ?」

「この人数差でも厳しいですか?」

「単純なスペックの差じゃな。

 ラシルドは王族殺しとはいえ王族の血を引く者。

 歴代王の力を継承しておらずとも、儂等とは土台からして違うじゃろうな」


 才能という点ではあちらの方が上。

 それを人数差でどれだけ補えるかという勝負になりそうだ。


「城の警備の者をこちらに引き込むことは?」

「今すぐは無理じゃな。

 それに坊主の部屋はさほど広くない。人数のせいで身動きが取れんとなっては意味がないじゃろう」


 俺はどう動くべきか……。

 俺が思考に潜っているとシロがもう1人について尋ねる。


「メネスの方は?」

「今の時間なら王妃の世話は別の者に任せて坊主の部屋におるはずじゃ。

 あれはあれでいざという時自分の命を犠牲にしてでも王妃を守るよう教育を受けておる。

 油断せん方が身のためじゃろな」


 王族を守るために培われた武力が向けられる。

 俺にとっては初めての人との直接戦闘だ。自分の手が震えていることに初めて気づく。


「大丈夫。私が守るから」


 どこかで聞いたことをシロがもう一度告げる。


 だが、今その甘さは俺には必要ない。

 俺はいい加減守られているだけの自分とは決別しなければならない。


「俺のことは気にしなくてもいい。

 自分のことを最優先で考えるんだ」

「でも……」

「俺が弱いことはよく知ってる。

 前に出ても邪魔にしかならないこともな。

 だから、牽制と後方支援を中心にやらせてもらうよ」

「……ん。それなら、いい」


 今俺が前線に立っても意味がないのは厳然たる事実。

 この場面で役に立てないとは情けない。


「さて、心の準備は十分かの?」


 俺たちは頷く。


 相容れない者たちは、ただ利害の一致という薄いつながりだけをもって部屋を出た。

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