閑話 追憶① 故郷の味
「大将! 麦酒もう1杯だ! あとつまみも頼む!」
「ゲルド爺……。
分かったけど、そろそろ止めておいた方がいいんじゃないのか? 明日に響くぞ」
「はっ! ワシはドワーフだぞ。
酒に飲まれるなんざあるわけねえだろ!」
次の日真っ青な顔で「……みず」というか細い声しか出なくなってるのを何度も見ている俺としてはその点については反論したいところだが、今日の所はぐっとその言葉を飲み込む。
何しろ今日の任務である鉱山での採掘作業を安全に進めることができたのはこのゲルド爺の指導のおかげだ。
ゲルド爺は元居た世界でも採掘作業に携わることがあったらしい。
彼の指導がなければ命を落としていた者もいたかもしれない。
召喚士をつぶすわけにはいかないと、現場に出ることが禁じられている俺にできるのはこうして料理をふるまうことくらいだ。
「まあまあ隊長、いいじゃないれすか。
あ、僕も麦酒のお代わりお願いひまふ」
「キール……。
お前はもうだめだ」
しなだれかかってくる細身のエルフの男を押し返す。
自然を愛し、建築資材のために木が切り倒されるたびに静かに涙を流していた男は酒に出会って変わってしまった。
素面の頃はまともだからいいものの、酒が入ると誰かれ構わず絡むようになる。
「君たちはー、こんな大人になっちゃダメれすよ?」
「そう思うなら自重しろ。
……ああもう、向こうでベッド整えてやるから水飲んでさっさと寝ろ」
「ふぁーい」
子供にまでからもうとしたキールを押しやって別室で寝かせる。
戻ってくると、子供たちの視線はキールが置いていった酒のグラスに注がれていた。
「なあ兄ちゃん、酒ってうまいのか?」
「ちょっとだけ、飲んでみてもいいですか?」
「だめだ。酒は大人になってから。
大人になっても、前後不覚になるまで飲むようなもんじゃない」
けちー、と子供たちから文句が上がる。
子供たち――シルードルムとオルテライナは同じ世界出身だ。
活発な少年シルードと大人しい少女オルテは大人からもかわいがられている。
「酒なんかより、何か料理のリクエストはないか?
今回は2人もよく手伝ってくれたからな、そのご褒美で何でも作ってやるぞ」
「マジで!? じゃあ、スディルムとか作れる?
俺あれ好きなんだよー」
聞いたことのない料理名が出てくる。
しかし異世界出身の彼らとの付き合いも長い俺にとってはこんなことは日常茶飯事だ。
「それはどんな料理なんだ?」
「えーっと……」
「隊長さん、シルードは家でお手伝いなんてしてこなかったので、作り方なんて知らないんです」
「ちょ、オルテ! ばらすなよー!」
こういう時は材料や調理方法を聞いて近い料理を作ればいいのだが、それさえ分からない場合はどうしようもない。
「オルテは知らないか? その、スディルムっていう料理」
「私たちの世界の家庭料理です。
私はマ……お母さんのお手伝いをしてたので教えられると思います」
「なんだよー。オルテいっつもは『ママ』って言ってたじゃん。
なーに『お母さん』なんて言ってるんだよ」
「~~!!」
オルテに無言でバシバシたたかれるシルード。
周りで静かに飲んでいた女性隊員たちが微笑ましい目でシルードとオルテのやりとりを見ている。
「シルード……。デリカシーって言葉、覚えような?」
俺はいつかお前がうっかり地雷を踏みそうで怖いよ。
その後スディルムなる料理の大まかな説明を聞いた俺は料理に取り掛かる。
あの子たちの世界の材料そのものを使ったものは作ることはできないが、味や食感を似せるくらいならできそうだ。
スディルムは、俺たちの世界でいうところのオムレツを野菜スープに入れたようなものだった。
「できたぞ。スディルム風の何かだけどな」
「兄ちゃんすげえな、においと見た目はスディルムそのものだぜ!」
「(コクコク)」
「大将、なんだそれは?」
子供たちがはしゃぐ中、においを嗅ぎつけたゲルド爺が近寄ってきた。
「この子たちの世界の家庭料理らしい。
多めに作ってまだ余りもあるから、ゲルド爺も食べるか?」
「おうそうだな、1杯貰おうか」
ゲルド爺の分もよそって配膳を済ませる。
「いただきまーす!」
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
勢いよくがっつく子供たち。
お世辞にもマナーが良いとは言えないが、久しぶりの故郷の味だ。
これくらいの不作法は許されるだろう。
「兄ちゃん、これスディルムだよ!
話聞いただけでよくできるな!」
「すごいです……。
ちょっと食感は違うけど、味は故郷で食べたものそのものです」
「これくらいしか取り柄がないものでね。
喜んでもらえたようで何よりだ」
子供たちからは好評だった。
恐らくだがこのスディルムは野菜嫌いな子供でも美味しく食べられるように工夫を凝らしてできた料理なのだろう。
「ワシとしてはもう少し味が濃い方が好みだな。
大将、何とかできるか?」
「そうだな……。
味の濃いつまみをスープに追加してみるか?」
「お、良さそうだな」
作り置きしておいたつまみを持ってきてゲルド爺のスープにぶち込む。
今度は満足したようだ。
一口食べるたびに麦酒を飲み、「くーっ!」と唸っている。
調子が出てきたのだろう。
ゲルド爺は子供たちに絡みだす。
「これがお前らのおふくろの味ってやつか?」
「そうだぜ、おっちゃん。
母ちゃんの作るスディルムもおいしくてなー。
家ごとに少しずつ味付けが違うらしいぜ」
「私の家だともっとたくさんの具材がゴロゴロ入ってますね。
味付けもエーツの実を入れてるのでピリ辛なんです」
「ほうほう、各家庭ごとに特徴があるってやつか。
それは食べ比べしてみたいもんだな」
会話が弾む。
「大将に召喚されてよかったのは、こうして食べたことのない料理が食べられるってとこだな」
「確かになー。
そういえば、おっちゃんの故郷の料理ってどんな感じなんだ?」
「ワシの所か? ワシの所は酒飲みばっかで、出てくる料理も味の濃いつまみばっかだったな!
だから味の濃いもんじゃないと口がもう受け付けなくてな」
「今度食べてみたいです」
「大将に頼みな。大将のことだ、近い味のもんなら作ってくれんだろ」
俺の名前が話題に出てきた。
黙って話を聞いていた俺の方に3人の目が向けられる。
「隊長さんの故郷の味といえば、どんな料理になるんですか?」
その質問に俺は固まる。
俺は物心ついて孤児院に入れられてから、必要最小限の食事しか与えられていなかったからだ。
召喚士の才能があると判明して前線に出る必要がなくなってからは、体を作る者に回すために量も減らされた。
「……俺も、ゲルド爺の所と似たようなものだよ。
太らないためによく運動したものさ」
「そうなのかー」
咄嗟に嘘をつく。
本当のことを言って気まずい雰囲気にしたくなかった。
「今度、隊長さんの故郷の料理、作ってくださいね」
「……ああ、機会があればな」
子供たちの純粋な目に罪悪感を抱く。
……この子たちの目を曇らせたくはない。
俺が嘘をついたことは間違っていないはずだ。
「さあ、今日はもう遅い。
仕事がひと段落ついてはしゃぐのは分かるが、子供はもう寝る時間だ」
「えー! まだ全然眠くないー!」
「わがまま言わない。
大きくなれないぞ」
「むー……。
分かりました」
子供たちを寝室に誘導する。
もちろん寝る前に歯を磨かせるのは忘れない。
「兄ちゃん、おっちゃん、お休みー」
「お休みなさい、隊長さん、ゲルド爺様」
「お休み、オルテ、シルード。良い夢を」
「おう、ちゃんと寝ろよ。お主らの夜が槌の音に脅かされんことを祈る」
ゲルド爺のあいさつは独特だ。
きっと彼の世界、信仰独自の夜のあいさつなのだろう。
「子供はいいなあ……。守って、やらんとな……」
子供たちを見送ってしんみりとゲルド爺が呟く。
俺はそれに頷く。
「ワシからすればあんたも子供みたいなもんなんだがなあ、大将」
「そう言ってもらえるのはありがたいけどな。
……あなたたちを無理やり呼んだ俺にそんな資格は無いよ」
そう言うとゲルド爺がは大きなため息をついた。
「子供がそんな気ぃ使うもんじゃねえよ。
……今度、ワシの故郷の料理教えてやるよ。
それをあの子たちに振る舞ってやんな」
「……それは」
「気付いていないと思ったか?
ったく、気を回しすぎだ。少しは周りに甘えることも覚えた方がいいぜ、大将」
大将はまだ子供で、ワシ等は大人なんだからな。
そう言ってゲルド爺は一息に麦酒を飲み、他のテーブルの会話に混ざっていった。
「……そういうわけにもいかないんだよ。
俺がやったことは、あなた達から故郷の味を奪ったに等しいんだから」
子供たちが使っていた空の皿を見て一人誰にも聞こえぬように呟く。
皿を回収して厨房に戻る。
俺は、色々な世界の料理を覚えて作って彼らに振る舞ってきた。
そのおかげで俺の料理の腕前はかなり上がった。
皿を洗い、きれいになったことを確認して食器棚に戻す。
こんなことをしても俺の罪を洗い流せるわけではないのに。




