第17話 悲しみという傷
今日の朝は静かだ。
何しろ今日は風王の御子の国葬当日。
こんな日騒がしくするような不敬者はこの国にいないということだろう。
俺の部屋にはシロと俺だけ。
エトゥスさんとミレアさんは大通りの警備の応援に呼ばれている。
「今日はこの宿から出てはダメですからね?」
「シロちゃんも、お菓子買い溜めしてあるから、大人しくしててね?」
そう言って慌ただしく出て行ったのが今から10分前のこと。
外見は成人女性なのにお菓子で釣れると思われてるのはどうなんでしょうかね。
「さてと、始めますか」
「何を?」
「情報の整理」
俺はこれまで集めた情報をメモを全て取り出す。
そしてそれを自分の周りに1枚ずつ床に置いていく。
まもなくして俺を中心としてメモが同心円状に並べられた。
これは俺が情報を整理する際にいつも使う方法だ。
こうすることで集めた情報を俯瞰でき、かつ、網羅的に把握することができる……気がする。
「今回の事件は風王の御子が何者かに殺害されたというものだ」
「本当に殺されたかどうかは分からないけどね」
「もちろん、単なる不幸という可能性もある。だが……」
俺は1枚のメモを指さす。
そこには「王妃に健康上の問題はない」と書かれている。
「さすがに5回も死産が連続するというのは不自然にすぎる。
何らかの人為的な原因があると考えられる」
ゼルオス小隊長は王国内にそのような者がいると考えたくなかったため、その可能性を放棄していた。
「問題をいくつかに分割して考えよう。
まず1つ目、どうやって御子を殺害したのか、だ」
「それ」
今度はシロがあるメモを指す。
そこには「呪いの『風便』」と書かれていた。
「それについて、アーガルムは『意味はないもの』と言っていたが、ラシルドは『確かに呪いかもしれない』と言っていたな」
「アーガルムが差出人で、嘘をついた?」
「そう結論付けるにはまだ早い。
この『風便』についてはもう一つ謎があるからな」
俺は1つのメモを指す。
そこには「なぜ噂になった?」と書かれている。
「『風便』は誰が何処で出したかは秘密になっているはずだ。
だからそもそも白紙の『風便』が届いたなんて噂が流れたこと自体が不自然だ」
「むむむ……。
……む?」
「どうした?」
「これとこれ、おかしくない?」
そう言ってシロが指したのは2つのメモ。
……。
「確かに。その2つが両立することはないはずだ」
「怪しいね?」
「そうだな」
……。
そういうことか?
いや、まだ結論に飛びつくのは早い。
だが、そうだとして何故そんな事を?
数多のメモを俯瞰する。
「あれが……これで……それならば……」
1つ1つのメモを指しながら回答への道筋を作り出す。
ありとあらゆる可能性を。
そしてそれに対するあらゆる反論を。
全ての議論を乗り越えた先にこそ、真実が待っていると信じて。
……。
…………。
いつの間にか太陽は真上に昇っている。
御子の棺がこの西区大通りを通る時間はもう直ぐだ。
俺はある1つなメモを指した姿勢で固まっていた。
「どう? 分かった?」
「……答えは出た。
だが、この結論は……」
俺の表情は苦々しいものになっているだろう。
「嫌な答えだった?」
「ああ、そうだな。
結局……」
あの王に真の味方などいなかった。
2人で窓から外の景色を覗く。
大通り沿いにはこの国に住まう人々が並び、今まさに目の前を通る小さな棺に哀悼の意を捧げている。
その色は黒。
元いた世界でも葬式の時は黒だったな、とぼんやり思う。
「何で葬式ってやるんだろうね」
ぽつりとシロが呟く。
「誰かが死ぬのは悲しくて。でも葬式でそれをまた思い出して。
……誰も悲しくなんてなりたくないのに」
風王国に来てからシロは部屋に引きこもっていた俺以上に人と触れ合っていた。
今沿道で涙を浮かべている人の中にシロの知り合いがいたのかもしれない。
「葬式は、亡くなった人の為にやるんじゃない。
亡くなった人の事を忘れない、と自分に約束するための儀式なんだ」
「……」
「人は忘れる生き物だ。
それが会わない、見ない、話されないものなら尚更だ」
誰からの記憶からも消えた時、その人はもう一度死ぬ、と言っていたのは誰だったか。
「だからこうして、悲しさという傷をつけるんだ。
……傷は癒えるまで、時間がかかるから」
「……分かんないよ」
「これから分かっていけばいいさ」
シロの頭に優しく手を置く。
こうするのも久しぶりのような気がする。
既に棺は通り過ぎて見えなくなっている。
それでも人の数が減る気配はない。
「昼食をもらってくる。
……君はどうする?」
「……まだ見てる」
「……分かった」
「ただ今帰りました」
「ただいま〜。
あ、ちゃんと大人しくしてたんだね〜。
偉い!」
「「…………」」
2人してミレアさんに頭を撫でられる。
完全に子供扱いである。
いや、年齢差を考えれば子供のようなものだろうが。
俺は早速本題を切り出す。
「エトゥスさん、お願いがあります。
ある方に面会の申請を出していただけませんか?」
「……。
犯人が、分かったのですか?」
「はい」
場の空気が一気に固まる。
「分かりました。
それで、私は誰の面会を依頼すれば良いのですか?」
俺はある1人の男の名を告げる。
「アーガルム宰相閣下」




