第13話 風王国宰相アーガルム
「よく来たな、とは言わんぞ。
曖昧なことで引っかきまわしおって……」
宰相アーガルムの一言目は文句から始まった。
とはいえこういった反応となることは予想していた。
機能を追求した執務机と本棚に入りきらず溢れた書籍と書類と来客用の椅子。
それだけで構成された部屋の主は書類を片付けながらこちらをジロリと見た。
「で? 御子殺しがいるとのたまう阿呆は誰じゃ? お前か?」
机に立てかけられていた杖で俺を指す。
一発で俺を当てたあたり流石の観察眼というべきなのだろうか。
俺の全身をまるで蛇が獲物を品定めするかのように見る。
「はい。ロックと申します」
「ほうほう。お前がそうか。
……なるほどのう」
何かに納得する老翁。
座れ、とでも言うように椅子を指す。
全員無言で椅子に座る。
「儂がこの風王国の宰相アーガルムじゃ。
お主らの自己紹介はいらぬ。すべて報告書に上がっておるからな」
そう言って手に持った書類をひらひらと振る。
あれがゼルオス小隊長から送られた報告書だろう。
「異世界から来たという者、どこから来たのかも分からぬ者。
どうやらお主ら、この世界の云々以前に警戒心というものを知らぬようじゃな?」
「!!」
シロが立ち上がり俺とアーガルム間に立ちはだかるように立つ。
いつの間にかアーガルムの杖先には魔法陣が形成されており、攻撃の準備が整っていた。
「儂とてお主からすれば御子殺しの容疑者であろう?
それにも関わらず、その本拠地に丸腰で入り込むとは愚かの極み。
おまけに男の方はまともに反応すらできておらぬときた」
「……杖を降ろして」
「さて、どうしようかのう?」
アーガルムはニヤニヤとして表情のまま杖をこちらに向け続ける。
緊張感が張り詰める。
今ここでアーガルムが魔術を発動すれば俺たちは成す術なくやられる。
ミレアさんとエトゥスさんはどうすべきかおろおろしている。
この国の頭脳である宰相と、この国に混乱をもたらすかもしれない異邦人。
普通に考えれば比べるべくもないが、それでも迷ってくれているのはこの2人の人が良いからだろう。
だが俺は確信している。
「貴方は俺たちを攻撃しませんよ」
「ほう? 何故そう言い切れる?」
「俺たちを排除したいなら、ここまで誘い込む必要すらない。
貴方なら、誰にも気づかれずにこの国から『いなくなったこと』にする程度、簡単でしょう?」
「かか。その通りじゃな」
アーガルムはあっさりと杖を降ろす。
ほっと一息ついたのは俺たちの中の誰だっただろうか。
「ではおふざけはこれまでにして本題に入るとしようか。
お主は図書館への立ち入り許可が欲しいがために御子殺しを探すのじゃったな」
「ええ。そうです」
「では御子殺しの調査をやめる代わりに立ち入り許可をやると言ったら、お主はどうする?」
「お断りします」
俺は即答する。
俺とアーガルム以外はアーガルムの問いにも俺の答えにも驚いた表情を浮かべていた。
「確かにお主は子を守るという点に関しては譲れぬものはあろうが、お主にとって御子は無関係の者。
拒否する理由などなかろう。
それとも義侠心とやらでも湧いたか?」
別にそんなつもりはない。
そんな立派な人間なら召喚した者で構成された者の部隊を使い潰すような作戦は死んでも止めていた。
「簡単なことですよ。
単純に貴方が信用できない。
調査をやめても貴方が約束を守るという保証がどこにもない」
「なるほどのう。くくく……」
信用ができないと真正面から言われて何が面白いのか、それでもアーガルムは笑う。
……食えない爺さんだ。
目の端にエトゥスさんとミレアさんが顔を真っ青にしているのが見える。
今のはさすがに失礼だったか? でも笑ってるしな……。
「それより良いんですか?
あんな質問をするっていうことは、まるで調査してほしくないみたいじゃないですか」
「まるで、ではなく、その通りじゃよ。
おぬしがあちこち嗅ぎ回るおかげでこの国の猜疑心がどれほど高まると思っておる?
それに王は単なる不幸であるからこそ心を保っておられる。
そこで人為的なものと判明してみよ。王はどれほど裏切られたお気持ちになられるであろうなあ」
こちらから牽制のために質問を投げかければあっさりと認められる。
こちらのペースに引き込むことができない。
「明らかにしない方がこの国のためだと?」
「王はまだ即位したばかり。
後継者問題など、それこそ何百年後にでも考えればよい問題じゃよ」
未来のことは未来に考えればよい。
寿命がないからこそそんな超長期的な視点で物事を考えられるし、実際今までそうしてきたのだろう。
その考えの善し悪しは俺が判断すべきことではないが、非常にやり辛いことは確かだ。
「それにお主、犯人を捜すと言っても、何か当てはあるのか?」
「……今の所、何とも言えません。
手がかりを得るためにも、いくつか質問してもよいでしょうか?」
「……まあいいじゃろう。質問を受け付けてやろう」
ようやく俺のターンが回ってきた。
いや、回してもらったの方が正確なのかもしれない。
だがこのチャンスを逃す理由はない。
俺は記録を読んで気になった事を聞くことにした。
「貴方は王位継承の際中立を維持されましたが、それは何故ですか?」
「儂は長いこと宰相をやっておってそれなりの発言力を持っておることは知っておる。
誰を王にするかは王御自身が判断なされることであって、臣下である我らの言によって惑わされるべきではないじゃろうて」
「『風便局』の本部は王城内にあると伺いましたが、誰がその部門のトップですか?」
「儂じゃな。集められた『風便』は儂の権限のもとに『風便』部門所属の部下が管理しておる」
「誰が所属しているか教えていただくことはできますか?」
「それはできぬ。個人情報じゃぞ」
「現在の風王陛下と王妃殿下のご様子は?」
「相当参っておるな。
執務の大部分を儂とラシルドの坊主で共同で処理しておる」
「では最後に、宛先不明の白紙の『風便』のことは御存じですよね?」
「『風便』事業を管轄する者として当然じゃな」
「あれについてどうお考えですか?」
「あれに意味などない。
何のために送られておるのかすら儂は知らぬ」
俺の次々と放たれる質問に淡々と答えるアーガルム。
俺の質問に動揺するそぶりすら見せない。
少しでも表情が変わればそこから窺えることもあるというのに、それすらない。
これが年季が違うということだろうか。
「質問は以上です。ありがとうございました」
「……ふむ。これと同じ質問を誰かにするつもりかの?」
「陛下の乳兄弟のラシルド殿にするつもりです」
「なるほどのう。なるほど、なるほど」
「アーガルム閣下?」
「いや、何でもない、気にするな」
アーガルムはそれ以降押し黙ってしまった。
何がなるほどなのか、今の質問に何か重要なことが隠されているのか、その表情から読み取ることはできない。
「もう用は済んだじゃろう。
儂は仕事がある。もう出て行くが良いぞ」
「……は。では失礼します」
立ち上がって一礼をする。
これ以上ここにとどまっても何も答えてくれないだろう。
他の者もあわてて立ち上がり、俺に続く。
「少し待て」
山のような書類を片付けながらアーガルムから声がかけられる。
「3日後、今日と同じ時間に王城に来るとよい。
ラシルドの坊主に会わせてやろう。あ奴に聞くことを考えておくがよい」
「ありがとうございます」
「うむ」
今度こそ執務室から出る。
もうアーガルムはこちらを見ていなかった。
……。
…………。
なかなか有意義な会談となったのではなかろうか。
そんな風に考えていた時期もありました。
場所は変わって「風の便り」の俺とエトゥスさんの部屋。
そこでは反省会という名の説教大会が開かれていた。
俺とシロは床に正座。
俺の前にエトゥスさん、シロの前にミレアさんが仁王立ちしている。
「ロック君! 私たちの心臓にもっと気を配ってよね!」
「そうですよ! 何真正面から信用できないとか言ってるんですか!」
「実際胡散臭かったじゃないですか……」
「うんうん」
あんなこと言われて「やめまーす」と言う方が警戒心がないと言われると思う。
「言い方の問題! 私たちの首が物理的に飛ぶかと思ったんだからね!」
「閣下は御趣味で老人の姿をとっておられるだけですし、お若い頃調査隊に所属されていて従軍経験もあるんですからね!?
もしあの場で戦闘になっても私たちに勝ち目はありませんでしたからね!?」
「……まじですか。それはすみません」
「変な趣味だね」
2人の目がキッ!とシロに向けられる。
人の趣味をあれこれ言うのはよろしくない。
「私見てたからねシロちゃん!
ロック君が杖向けられてた時、石投げる準備してたでしょ!」
「あなたの投石は普通に致命傷になり得るんですよ! なんで殺る気十分なんですか!
そもそもどこから拾って来たんですかあの石!」
「え? お前そんなことしてたの?」
「うん。石は王城に向かう途中で拾ってた」
それには全然気づかなかった。
「何処で覚えたんだそんな技術」
「ふふん。これも訓練の成果」
「「ふふんじゃねーよ!」」
その後1時間説教は続いた。
これも寿命が長いから……いや、関係ないですね。反省します。はい。
説教から解放された後ゼルオス小隊長に提出する報告書を作成。
エトゥスさんとミレアさんに怒られたことも隠さず報告書に書く。
どうせあの2人からばれるし。
完成した報告書は1階の『風便』受付所へ。
夜中だというのにまだ受付は開いていた。
受付所にいたのは1人の女性だった。
「『風便』出すの~?」
「はい。よろしくお願いします。こんな時間でもやってるんですね」
「ここは外国の人もよく利用するからね~。
真夜中に到着して、その報告をする時とかに使われるの~」
独特のテンポで話す人だった。
「何処宛~?」
「西門のゼルオス小隊長の執務室にお願いします」
「りょ~か~い」
なんというか気が抜ける。
女性がすぐ横の窓から報告書を放ると、風に流され飛ばされていった。
「明日以降もこの時間に出すかもしれませんので、よろしくお願いします」
「わかったわ~。
私ライラっていうの~。いつもこの時間にいるからよろしくね~」
「ロックです。こちらこそよろしくお願いします」
ライラさんと別れ、自分の部屋に帰って眠る。
外国の旅行者向けの部屋というだけあって、仮眠室の部屋よりも良いベッドだった。




