第一幕 渡辺綱[土蜘蛛退治] 08
2匹の鬼は洞窟の両わきへもたれかかり、足元につまれた人間の胴体をにちゃにちゃとしがんでいた。喰うことに夢中で、木陰にひそむ頼光と綱には気づいていない。
「さしずめ門番ってとこなんだよ」
「……なるほど。人の頭を妖しが喰らい、胴体をこいつらが喰らっていたわけか」
頼光がひとりごちた。
「さあて、お館さま、どうしようか?」
そうたずねる綱の口元に不敵な笑みがうかんでいた。本当は訊くまでもない。頼光が切先の欠けた〈膝丸〉を鞘からしずかにひきぬくと、殺気のこもったひくい声で云った。
「知れたことよ。たたき斬る」
「御意っ!」
「赤いやつからねらえ」
頼光は一言告げると、樹陰にまぎれて赤鬼の正面へ移動した。頼光の位置どりを確認した綱が、たずさえていた強弓をぎりぎりとひきしぼり、赤鬼めがけて矢をはなった。
轟っ! と大気をひき裂いてとぶ矢が、無警戒だった赤鬼の眉間へふかぶかとつき刺さった。
「ぐがっ……!?」
一瞬、自分の身になにがおきたのかわからなかった赤鬼がうめいた。矢に射ぬかれた衝撃で上をむいた赤鬼が目にしたのは、太刀〈膝丸〉をふりかざし、怒濤のいきおいでせまる頼光のすがたであった。
「ぬん!」
頼光が裂帛の気あいで赤鬼の首へよこなぎに斬りつけた。岩のようにかたい赤鬼の筋肉へみしりと刃が喰いこむ。
襲撃に気づいた青鬼が腰をあげかけたところを綱の矢が急襲した。青鬼は体をよこだおしして、間一髪でその矢をさける。
「でえいっ!」
頼光が尋常ならざる膂力で赤鬼の首を斬りおとした。黄色い血しぶきが舞う。首をはねられた赤鬼の身体が痙攣してはねあがると、青鬼へ突進しようとしていた頼光にむかってたおれこんだ。
「くっ!」
棒立ちのままたおれる赤鬼の巨躯をかろうじてかわした頼光だったが、バランスをくずして地面へころがった。
樹陰を移動しながら矢を射かける綱に翻弄されていた青鬼が、たおれた頼光に気をとられた隙に、綱の矢が青鬼の二の腕につき刺さった。
「ぎひぃぃぃ!」
そのあいだに身をおこした頼光が太刀〈膝丸〉をかまえなおした。赤鬼への奇襲は成功したが、青鬼との戦闘は持久戦になりそうだった。あばれまわる巨大な青鬼の手足を一刀両断するのは、頼光とて容易ではない。
青鬼が頼光に気をとられている隙に綱が射る。青鬼が綱に気をとられている隙に頼光が斬る。そうやって徐々に青鬼の体力をうばっていくしかない。
この場合、青鬼にすがたをさらしている頼光がおとりの役目を負わざるをえない。青鬼と対峙する頼光の身を案じて樹陰からでてこようとした綱の気配を察して、頼光がさけんだ。
「死角から弓撃をつづけよ!」
腕をふり、足をふみならす青鬼の攻撃をかわしながら、頼光が青鬼の足へ斬撃をくりだす。道満の錬成した屍鬼神とは云え、あさい傷でも斬られれば痛みはある。
「ぐふうっ!」
青鬼がちいさくうめいた。頼光へ気をとられた隙に、綱の矢が青鬼の背中へつき刺さる。
「がああああっ!」
苦悶の咆哮をあげた青鬼が、綱のひそむ樹陰めがけて突進すると、あたりの木々を腕のひとふりでなぎたおした。しかし、弓をはなつと同時に移動している綱のすがたをとらえることはできない。
激昂した青鬼はふたかかえもあるおおきな樹を強引に地面からひきぬくと、青々としげる枝で地面を掃きとばすように背後の頼光へふりまわした。さしもの頼光もかわすのが精一杯だ。
青鬼はひきぬいた樹の根元を頼光にむけ、青々とした枝のほうで身体をかくすようにふりまわしていた。綱の矢を防御しつつ、頼光をたたきつぶす魂胆である。
「猿ならぬ鬼の浅知恵と云うやつか。……こざかしい」
欠けた切先を青眼のかまえで青鬼へむけた頼光の口元に笑みがのぞく。たしかに、頼光ひとりであれば、青鬼のかかえた樹が邪魔で間あいへ入りこむことはむずかしい。しかし、頼光はひとりではない。
ほうほうの体で青鬼の攻撃をかわすふりをした頼光がおおきく自身の左がわへにげた。いきおいづいた青鬼が頼光へ身体をひらく。
先刻は青々としげる枝ぶりで青鬼の身体がかくれていたが、今、綱のいるところからは樹をかかえた青鬼の腕が露呈する。即座に綱の矢が青鬼の右ひじを射ぬいた。
「げひぃぃ!」
間髪入れず二の矢がとぶ。つぎに綱が射ぬいたのは青鬼の右ひざであった。あまりの痛みにさしもの青鬼もたまらずひざをつく。
一の矢がはなたれたあと、ひそかに青鬼の左がわへまわりこんでいた頼光が、青鬼のかかえていた樹へとびうつると、そのまま樹の太い幹を青鬼の肩口まで駆けあがり、大上段から青鬼の頭をたたき斬った。
ふたつに割れた青鬼の頭部がくたりと力なく折れた。
頼光は青鬼の肩をけって青黒い鬼の巨躯をあおむけにたおすと、そのまま跳躍して着地した。黄色い血にまみれた切先の欠けた太刀を鬼の腰布でぬぐうと鞘へおさめた。
「道満の屍鬼神、討ちとったり」
「さすがはお館さまなんだよ!」
綱がまだつかえそうな矢をひろいあつめながら頼光をほめた。
「なあに、綱の弓にたすけられた。おまえこそみごとであった」
「恐悦至極なんだよ」
「ちっとも恐悦しているようには見えんが」
破顔する頼光に綱が媚び媚びのウインクをした。
頼光はかるくのびをすると、まがまがしい洞窟の入口へむきなおった。洞窟の入口から黄色い血が糸のように細くながれていた。かれらの追ってきた妖しは、まちがいなくこの先にいる。