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序幕

 最初の記憶は炎だった。


 幼女の背丈よりもはるかに高い炎の壁が、幼女のぐるりをとりかこんでいた。


 炎の中へひとり取り残された幼女は、なすすべもなく膝をかかえて泣きじゃくった。炎の放つ強烈な熱波が、幼女の全身を刺すように、なぶるように、じりじりと痛めつけていく。体力を奪っていく。


「こわいよう、熱いよう、だれか、だれか助け……、ゲハッ! カハッ!」


 幼女が喉に焼けるような痛みをおぼえて咳こんだ。熱気を吸いこんでしまったのだ。幼女は苦しさのあまり、その場へ倒れこんで身もだえした。


「ガッ! ケハッ!」


 炎に焼かれた熱い地べたにはいつくばりながら、幼女はなおも咳こんだ。涙でゆがんだ視界に、輪郭をなくした紅い世界が、幼い命をもてあそぶかのように、妖しくゆらめいていた。


(こんなのやだ……、こんなのやだよ……。だれか……だれか助けて……)


 熱さで意識の朦朧(もうろう)とする幼女は、それでもなお本能で生きようとあがいていた。しかし、幼女をとりかこむ紅蓮の炎は、そんな幼女をあざわらうかのごとく、ますます火勢を上げていった。


(熱いよ、苦しいよ……、もう、このまま眠っちゃえば、楽になれるかな……)


 最後の最後まで炎にあらがおうとしていた幼女の緊張も限界をむかえようとしていた。幼女のまぶたが静かに閉じかけたその時、黒い影が炎の壁をつきやぶってきた。


()っぱ! 生きておるか!?」


 幼女が力なく黒い影をあおぎ見ると、そこには(よろい)姿の若武者が立っていた。(かぶと)の下からのぞく顔は、鎧姿が似つかわしくないほど、あどけない少年のものであった。


「あ……、あ……」


 若武者は、あえかな声を必死でしぼりだそうとする幼女のかたわらへひざまずくと、その場にふさわしくないほど気もちのよい笑顔で云った。


「ようがんばった! もう大丈夫じゃ! そなたは(わし)が助ける!」


幼女もそんな屈託(くったく)のない笑顔におもわず見とれた。若武者は右わきでひきあわされた鎧のひもをゆるめて、胴当てと胸の間を大きく開くと、幼女をその隙間へ抱きかかえた。


「身体をぎゅっとちぢめて、儂の胸にしがみついておれ。儂がよいと云うまで目を閉じ、息をこらておるのじゃ。あっと云う間じゃからの。儂を信じろ」


 幼女はこたえるかわりに若武者の胸へ頭を強く押しあてた。若武者も胴当ての上から幼女を強く抱きしめると、獅子吼(ししく)した。


「……文殊丸(もんじゅまる)、参るっ!」


 たちのぼる炎の壁へつっこむ若武者の胸の中で、幼女は云いしれぬやすらぎをおぼえていた。

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