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婚約破棄されて追放されたけど幸せです

作者: 相野仁

「リディア、君との婚約を破棄させてもらう」

 と侯爵の長男カールは言った。

 リディアは淡々とそれを受ける。

「理由をうかがっても?」

 彼女の言葉にカールはかっとなった。

「子爵令嬢をいじめたり、男爵令嬢にいやがらせをしたり。ひどい仕打ちをしてきたそうじゃないか?」

 なるほど、とリディアは思う。

 すべて濡れ衣なのだが、カールは信じているのだろう。

「違うと言っても信じてくれないのでしょうね」

「うそだ! ジュリーたちはそう言っている」

 とカールはわめく。

 ジュリーとはリディアの競争相手だ。

 一生懸命彼女の悪口を吹き込み続け、とうとう実ったというわけだ。

「もう顔も見たくない。出ていけ!」

 と言われて、リディアは頭をさげて退出する。

 そのまま馬車に乗って侯爵の屋敷を出て、実家に戻ると両親が出迎えた。

「ただいま戻りました」

 あいさつしたリディアを、父はいきなり平手打ちする。

「侯爵家に婚約破棄されたようだな、この出来損ないめが!」

「伯爵家の恥ですね」

 母は白いハンカチを取り出して目をぬぐって見せた。

 もう広まっているのか。

 リディアはジュリーの手回しのよさに感心してしまう。

「お前のような恥さらしを置いとけるか。追放する」

「もうあなたは私たちの子じゃないのよ」

 両親の言っていることの意味がすぐには理解できなかった。

「除籍処分ということですか?」

 リディアはさすがに顔色を悪くする。

 除籍とは貴族にとって最も不名誉な処分だ。

 貴族だった事実を抹消され、平民に落とされるのだから。

「当然だろう? 今すぐ出ていけ、この無能め!」

 父親だった男は真っ赤な顔でわめく。

「……かしこまりました。お世話になりました」

 リディアは心を殺して返事をする。

 最低限の礼儀を守ったのは、彼女の自尊心を守るためだった。



「ということがあったのよ」

 リディアは夫にそう話す。

「なるほどなあ。あの国の貴族らしいな」

 夫は端正な顔立ちを皮肉にゆがめる。

 彼女が国境で行き倒れになっているところを助けたものの、恩を着せようとしなかった。

 リディアは自分をどう思うかと率直にたずね、無事に(?)結婚したのである。

 夫は辺境伯の跡取り息子で、リディアの祖国から見れば積年の敵手と言えるだろう。

「君を追い出してくれた点には感謝かな。おかげで君に会えた。毎日が幸せだよ」

「ありがとう。私も幸せよ」

 リディアはにこりと微笑む。

 夫は毎日のように「君がいて幸せだ」と言ってくれる。

 至らない点はあっても、許せてしまう。

「まああの国ではいま政変が起こっているそうだがね」

「そうなの」

 リディアは興味を持たなかった。

 何の罪もない民が巻き込まれるのは貴族の娘として心が痛むが、貴族については違う。

 せいぜい滅びるがいいと思っている。

「あなた、出兵しないの? 領土獲得のチャンスじゃない?」

 と口に出して言う。

「ふふ。だいぶ私の妻らしくなったね。素敵だよ」

 夫はそうほめた後、答えてくれる。

「まだ早いだろうね。勝手に混乱し、勝手に力を落としているんだ。もう少し争ってもらおうじゃないか」

 毒がたっぷりとこもった発言は、リディアにとっては実に頼もしい。

「そうよね。早期に介入すると、共通の外敵が現れたと団結してしまうかもしれないわね」

 リディアはけっして無能ではないところを見せる。

「その通り。君は実に聡明だね。本当に君にひどい仕打ちをした奴らには礼をしたいところだよ」

 夫は笑う。

「あら、その時は槍と弓矢でお願いね」

 とリディアは言った。

 彼女は夫の言う「礼」の意味を理解していたのである。

「もちろんだ。炎もプレゼントしよう」

 夫はニコリと笑う。

 祖国を焼き払われると言われたのに、リディアの胸は痛まない。

「領民から略奪するのはできるだけやめてもらえたら」

 彼女は遠慮がちに指摘する。

 軍隊が敵地に攻め入った時、そこで略奪と暴行があるのは常だった。

 貴族がひどいめにあうなら、リディアは「ざまあ」としか思わないのだが、軍隊にひどいめにあわせられるのはほぼ民である。

 リディアは彼らに特に恨みはない。

「了解した。わが軍勢の規律の厳しさは大陸一と自負している。君の心が痛む展開が起こらないよう尽力しよう」

 夫が誠実に約束してくれたので、彼女はひとまず安心する。

「まあまだ先の話だけどね」

「そうよね」

 二人は微笑をかわし、優雅に食事を楽しんだ。

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[一言] 最後のザマ~まで読みたかった。
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