転生したら主人公の父でした。中盤まで息子を育み、最後は息子を庇いながら「ぬわーーーっ!!!」って叫びつつ死にます~中盤までなら問答無用で最強です~
転生したらゲームの世界へ。
そんな夢のような出来事がこの世にあるはずが無いと思っていた、自分の身に降りかかるまでは。
「お父ちゃんおはよう!」
「ああ、おはようカイ。起きたら何をするんだっけ?」
「顔を洗って、歯を磨いて、朝ごはんをたべるっ!」
「そうだ、もうすぐご飯が出来るから早く済ませてきなさい」
「うんっ!」
朝から元気なこの少年、彼はこの「ラセツクエスト」の主人公のカイであり……俺の息子でもある。彼はこれからなんやかんやあって魔王を倒す旅路に出かけないといけないのだ。羅刹要素どこ行ったんだよ。
俺はパパパっと朝食の準備を済ませ、テーブルに並べる。
しばらくBGMを聞きながら椅子に座って息子を待つ──原住民は誰も気にしないのだが、フィールドが切り替わったり場面が切り替わるたびにBGMが変わる生活は慣れるまで結構大変だった。
「あ~~~っ!もうご飯の準備おわってる!」
「ああ、もう終ってるから早く座りなさい」
「お皿!ぼくがならべたかったのにっ!」
頬を膨らませてぷんすかし出す息子を宥めながら朝食を食べる。
フォークを握り締めてもきゅもきゅと食べてる息子……今はまだ無邪気だが、これから恐ろしい旅路がこの子を待ってるんだよな。
そして俺はカイが偉業を成す場面を、決して見る事は出来ない。
何故なら、物語の中盤で魔王軍の幹部からカイを庇い死ななければならないからだ。
あの場面で俺が死ななければ、カイは生きられずこの世界は救われないだろう。
俺の死は避ける事の出来ないモノ、ならばそれまでに少しでも息子に何かを残してやらなければ……。
「カイ、今日は旅をお休みして寄り道するぞ」
「え?何して遊ぶの?」
眩しい笑顔で俺に何かを期待する眼差しを向けてくるカイ。
ごめんな、父ちゃんは──今から羅刹と化してお前を鍛えると決めたんだよ!
それから俺達のデスマーチが始まった。
何せ時間が無い、俺達が本来している旅の目的、ヒキターク王国の王都へ3ヵ月後にはついていなければならない。自分達が最後に立ち寄った町から通常の方法で2ヶ月、ズルい方法を使っても一ヶ月は掛かる。
つまり最長でも2ヶ月、それだけの期間で息子を最強に鍛え上げなければならない。
俺は息子を三日間だけ宿の主人へ預け、世界中を転移呪文で飛び回り覚えている限りのアイテムを掻き漁った。砂漠の秘宝から海底神殿の魔法の剣まで時間効率を意識して、手早く拾えて強力なアイテムを根こそぎ奪った。
不眠不休で世界中を飛び回ったあとはもちろんカイ自身の強化だ。
経験値を稼ぎ、レベルを上げなければならないが、その前にしなければならない事がある。
就職だ。
この世界には労働基準法も慈悲も無い、生まれた瞬間から働ける。
困惑する神官を急かしてまずは戦士に就職させた、ここから始まるんだ……お前の最強への道が。
この世界はゲームであってもゲームではない。
一見矛盾しているようだが、実は矛盾していない。
基本的にはゲームと同じような世界なのだが、戦闘にバランスなんて概念が存在しないのだ。
「経験値稼ぎの時間だオラァ!」
俺の手によって放たれた火属性の全体攻撃魔法「ファイアストーム」がアイスドレイクの谷を蹂躙していく、谷間を行き交う風に流されその炎は猛烈な速さで広がり──アイスドレイクの群れはあっと言う間に全滅した。崖に生える草花にも燃え広がり星明りにも負けない光を放っている、カイは口をポカーンと開けて驚いているが……こんな物はまだ序の口なんだぞ。今のでカイが戦士を極めるのに必要な経験値は稼ぎ終わった、次は魔法使いを極めてもらおう。
山を崩し、湖の水を干上がらせ、森ごと魔物を焼き殺した。
前世ではとてもやれない悪行だが、この後どうせ死ぬのでもう何も怖くない。
この世界では理不尽な事、怪現象、恐ろしい出来事は大体「魔王のしわざ」で済ませられる。
みんな勝手に納得するのでとてもやり易かった。
非道な行いをしてまで稼いだ経験値で、カイは全ての初級職と主要な上級職をほぼマスターする事が出来た。
本当は全部の上級職を鍛えてやりたいが、時間的な問題がある。その中で実戦も経験させておかないと不安だな。コマンド式のゲームとは違う、カイにも戦いを教えなければ。
「お、お父ちゃん……本当にやらないとだめなの?」
「やれ」
震え上がるカイの見つめる先には、終盤のダンジョンの中ボスに当る、ヘルブリザードドラゴンが足音を響かせながらダンジョン内を徘徊していた。レベルと職業の補正、技や魔法を考えればひとりでもなんとか倒せるはずだ、最悪俺が蘇生魔法で生き返らせ続ければいい。
「っ……ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
意を決して声を上げながらヘルブリ(仮称)に突っ込むカイ。
今まで積み重ねた努力が身を結び、以前では考えられないほどの加速をもってヘルブリに切迫する。
不意を打ち、放たれた斬撃は光の軌跡となって、ヘルブリザードドラゴンの右後足を、その一刀をもって切り飛ばした!
迷宮内にヘルブリの悲鳴が響き渡った、怒り狂ったヘルブリがカイに対して氷のブレスを放とうと構えたが、迷宮内に点在する岩の影を超高速で行き交うカイを捉える事は適わなかった。
ヘルブリザードドラゴンの足元から飛び出したカイが神速の諸手突きを放つ、初動が俺にも見えない──文句無しの「必殺」の突きは喉を貫き……決め手となった。竜は悲鳴を上げながら崩れ落ちその生涯を終えた。
わずか一ヵ月半でここまで成長した息子に、俺はとても感動してしまった。
それでこそ、それでこそ主人公、いや、俺の息子だ!
俺はひとしきり感動した後息子を存分に労った。
その後、ヘルブリザードドラゴンを生き返らせてもう一度戦わせたら三日間も口を利いてもらえなかった。親の心子知らず!!
息子との最後の修行はあっと言う間におわり、俺達は本来の旅へ戻った。ここからはひたすらヒキタークへ進んでいかなければいけない。俺にとっては死出の旅路だ。
ただ普通のルートでは一ヶ月では辿り着けない、だから「漂流ショトカ」と言われる小技を使う。
ビーム川という川を挟んで並び立つ塔「ガバの双塔」へまず入ります。
最初のフロアにある財宝「ギガトンコイン」を手に入れあらかじめ買っておいたロバへその財宝を持たせておきます。そして塔と塔を繋ぐ古の魔術師が作り上げた氷の空中回廊を進もうとすると──財宝の重さで回廊が崩壊してビーム川に落下し、流されます。
だから、ギガトンコインを入手しておく必要があったんですね。
流された先はザークの洞窟。俺の墓場だ。
「ぶっへ……何で生きてるんだろう」
お、カイが死の淵から生還したな、さすが主人公であり我が息子だ。
ずぶ濡れの服や身体を魔法で乾かした後に洞窟を進む。BGMがどことなく不穏だ、まあこの後の展開を考えればね。
この洞窟を抜け、しばらく街道を進めばもうヒキタークへ辿り着く……そんな時に悲劇が襲い掛かるのだ。
迷宮の内壁を打ち破って現れたのはミドガルズオルム──フェンリルは有名なのに、何故かこっちは知名度がさほどでも無い、と煽られる事に定評があるミドガルズオルムだ。そのHPはまさかの∞、お前なんで魔王に従ってるの?お前が魔王やれよ。
「逃げるぞ!」
「うん!」
カイの手を引き洞窟を駆け巡る。
そう、最初は逃亡イベントから始まるのだ。
「え?うわあああああああああ」
「カイッ!」
カイの身体が宙へ浮き、いつの間にか上空に現れていた謎の紫ローブの元へ飛び立っていく。
「モダメーダの勇者ハルトよ、息子の命は預かった、息子の命が惜しければその命をミドガルズオルムへ捧げるのだ!」
「くっ」
今更ながら俺の肩書きについて語ったこいつは魔王の右腕ウルファング、散々ヘイトを稼いだ挙句に終盤5ターンぐらいで倒されるクソ雑魚ボスだ。
「俺の命はそう安くないぞ、息子の為にもまだ死ねぬ」
口から勝手に言葉が紡がれる。やっぱりそういう運命なのだろう。
死ぬ事は変えられないが……ただで死ぬつもりは無い、俺の死に様をその瞳に刻みつけろ!
「ううっ……お父……ちゃん……」
魔法により戒められているカイの声が俺の身体をより一層奮い立たせる。
カイを背に庇いながら俺は機を待つ、最初の一太刀を当てる為の機を。
ミドガルズオルムは無限のHPを持ち、某名作魔法学園モノに出て来る秘密の部屋に居そうなほどの巨大な蛇だが……完全に無敵と言う訳ではない、そこを突く。
瞬間的に加速した俺は回避と攻撃を繰り返しながらその身に多くの傷を与える、ミドガルズオルムが身悶えながら思わずひるむ。
──今だ!
イメージするのはカイがヘルブリザードドラゴンへ放った神速の諸手突き、息子に教えるつもりが逆に教わってしまったな。
神速の突きがミドガルズオルムの瞳をえぐる、シュアーッっという奇妙な悲鳴をあげながらミドガルズオルムがのた打ち回る。確かに、ミドガルズオルムはHP∞、殺す事は適わないだろう。だが──ゲームならまだしも現実となったこの世界には当然HPでは表現出来ないダメージという物が存在する、具体的に言えばそう──部位欠損とかだ。
俺はタイミングを見極めもう片方の瞳も貫き潰した、もうミドガルズオルムは俺の事を殺すどころではない──そう思ったのだが。
俺の身体が突然ピクりとも動かなくなった、と同時にどさりという音が背後から聞こえた。ウルファングが魔法の対象をカイから俺へ移したのだ、それを認識した頃には全てが終っていた。
熱で俺を感知したミドガルズオルムのアギトが、俺の身体を貫き穿った。
「ぬ、ぬわーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」
「父ちゃん……?父ちゃん!父ちゃん!!!!!!!」
身体中が燃えたぎる溶岩に浸されたような、凄まじい痛みと熱が身体を駆け巡る。
ミドガルズオルムの致命的な毒が、俺の身体を巡っているんだ。
「ぐう……うあ……」
最後に……最後にカイに一言残そうと必死に言葉を紡ごうとしたが、口が、上手く開かない。
その舌が、最愛の息子への一言を……紡いでくれない。
俺は朦朧とした意識の中で、出来る限り息子へ手を伸ばそうとしたが、渾身の力を込めてもその手が息子へ届く事は無かった。
その後、当然の様に息子に魔法で蘇生され魔王討伐への旅路を共にした。
主要な上級職をほぼ修めていた息子が、蘇生魔法のひとつも碌に扱えない筈が無かったのだ。
今は旅もせず故郷の村で狩猟の日々を過ごしている、雪が溶け春が来たらカイが妻と孫を連れてやってくるだろう。
ここはゲームの苦難を越えた先、息子と成し遂げた魔王討伐によって平和になった世界。
俺は夜に降りしきった新雪を踏みしめ猟へ向かった、一歩一歩、真新しい世界へ足跡を刻んでいく。
ご覧頂きありがとうございました!
5000文字以内に短編をまとめる練習として書いてみたのですが、いかがでしたか?
もしよろしかったら、軽く感想を書いてくれると嬉しいです。
読んだよーぐらいの軽いものでも良いので、よろしくおねがいします!