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炎狼の花嫁  作者: 日々夜
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炎狼の花嫁4

 準備は順調に進んだ。外には急ごしらえではあるが、母の墓の近くに父メイスが華やかに彩った宴会場が設けられ、ユイスが姉に習って作った料理も揃っている。家族だけではあるが、賑やかな宴になりそうだ。

「レイが花嫁かぁ……」

 今、天幕の奥で姉が着付けにかかっている。正直、どんな風になって出てくるのか、ユイスには不安しかない。

 自分たちはもともと母親似だし、身体つきもそこまで男らしくはないから、案外似合ってしまう可能性もある。

「でも、似合ったら似合ったでやだなぁ」

 ユイスはぼやいた。なにせ同じ顔の双子なのだ。自分が着るわけではないとしても、気分はとても複雑だ。下手をしたら人ごとではいられないかもしれない。

「いいじゃないか。たとえ女装しようが男であることには変わりないんだから」

 傍らで、姉の子供を腕に抱えて、父メイスが遠い目をしていた。それを言われると、ユイスもなんとも返せない。

 父は、レイスとは違うが半分人間で半分精霊だ。そして精霊の本性を晒すと、元になった先代の影響でか、なぜか女体化してしまうらしい。

 とても、我が家は複雑だ。

「あ、あのさ、父さんは姉さんの花嫁姿見たんでしょう? 綺麗だった?」

 ユイスは無理矢理話題を変えた。姉がグライルと正式に結婚したのは三年前だそうだ。どうせなら見てみたかったが、言っても仕方ない。

 グライルはレイスが所属していた組織で、養父のような存在だったらしい。組織を抜けた後、姉のエミリアと良い関係になったのだという。

 そのグライルは、昨年、レイスを救い出すために身を犠牲にした。レイスも姉も、きっと今はまだあまり思い出したくはないはずだ。

「二人がいると、あいつの話も出せないからなぁ。そりゃもう綺麗だったさ。その日が一番、幸せそうに笑ってた」

 しみじみと思い出す父の顔がほころぶ。そうしていると、不意に見た目よりもずっと年老いたように、ユイスには見えた。

 急に胸が締め付けられるような思いがした。父は不老だ。昔は年の離れた兄のようだったのに、今はユイスと並んでも、そう年も違って見えない。きっとこれからは、ユイスの方が先に老いていく。

 腕の中で何かもぞもぞとする孫娘をあやしながら、穏やかに笑う父は本当はどんな気持ちで生きてきたのだろう。

「父さん、あのさ」

「だからエミーは、レイにも笑って欲しいんだと思うんだ」

「えっ」

 何か言いたいという思いだけが先走ったところで、唐突に父の言葉に遮られ、きょとんとした。すぐにレイスの祝言の話だと気付いて、恥ずかしくなる。

 気付いているのかいないのか、父が笑っている。

「レイが帰ってきてからさ、まだ一度も笑ったところを見たことがないんだよなぁ。難しいのかもしれないっていうのはわかるんだ。けど、おれもエミーも、昔のよく怒ってよく笑ってたレイしか記憶にないから、どうしてもな」

 だから姉はこんな突拍子もないことを言い出したのか、とユイスはようやく腑に落ちた。子供の頃のレイスは負けず嫌いで、よく怒って、それに比例するようによく笑っていた。そんなレイスをエミリアがいつもからかっていた。もしかしたら、姉は姉なりに、レイスとの距離を詰めようとしたのかもしれない。

「エミーにはやめとけって言ったんだ。おれは。レイの性格を考えると、怒って当然だっていうのに」

 ため息をつく父に、ユイスはほっとして笑った。

「姉さんらしいや。全然昔と変わってない」

 同時に、懐かしさで涙がにじむ。これは姉の、方向がずれた気遣いなのだ。自分だって最愛の人を失ったはずだというのに。いや、だからだろうか。姉も少しでも幸せな時間を取り戻したいのかもしれないと、ユイスは思った。

「エミーが変わらずにいてくれたおかげで、おれも救われてきたからな。レイには迷惑な話かもしれないけど、我慢してもらおう」

「大丈夫だよ。レイもたぶん、わかってるんじゃないかな」

 災難だとは思っているかもしれない。それでもレイスはユイスより状況を察するのが早い。わかっていないわけもないだろう。そうじゃなければ、今頃全力で逃げている気がする。

「ユイスの言う通りだな」

 不意に天幕から声がした。大きな体を屈めて、窮屈そうに背を伸ばしながらヴァルディースが中から出て来た。

「本当なら宴が終わるまで花婿は花嫁の姿を見ることはできないんだから、出て行けと言われた。まあ、どのみち中にいてもレイを抑え込むくらいしかやることはなかったし、狭い天幕よりは外の方がありがたい」

 こきこきと首や肩を回し、欠伸をして、外に出るなり身を震わせる。次の瞬間には炎が巻き上がり、ヴァルディースが立っていたところに巨体の狼が現れる。

 一瞬の変化に、ユイスはびくっとした。ヴァルディースにしてみれば自然な行動なのだろうが、子供の頃から大きな狼は人すら食べてしまう恐ろしい動物だ、という刷り込みがあるユイスには、未だ慣れない。 どうしても体が硬直してしまう。

 そんなユイスの気を知ってか知らずか、べろりと獣の舌で頬を舐められた。

「あいつもようやく観念したようだ。口をへの字にしながらも、エミリアのいうことは聞いていたからな。もう少ししたら出てくるだろう」

 支度は大詰めらしい。傍らで巨体を伏せて寝そべるヴァルディースからそろそろと離れつつ、ユイスは一体レイスがどんな風に化けてしまうのか案じた。

「けどその前に、厄介者がお出ましのようだ」

 ヴァルディースがピンと耳を立てて草原の彼方を見つめた。その隣でメイスも表情を険しくし始める。

 しゅるしゅると、糸が解けるように炎が縮み、目の前でヴァルディースの体がそのあたりにいる狼と同じような大きさと毛並みになっていく。

 ユイスには何が起きているのかわからない。周りはいつもの草原と変わらないように見える。

「馬蹄がまっすぐこっちに向かってくるな。30騎はいないようだが。おれたち二人なら魔力を使わなくてもなんとかなるか」

「俺は一応精霊の掟があるからな。半分人間のお前と違って手出しはできない。数には入れるなよ」

 兄の言葉に不穏な響きをユイスは感じ取った。だというのにヴァルディースはあっさりと顔を伏せ、再び昼寝の体勢に入る。メイスが愕然と目を見開いてヴァルディースを見つめた。

「野盗30騎、一人で相手するのは大変なんだぞ!」

 言うや否やメイスは弓と剣を掴み取って馬に飛び乗った。

 普通、それは大変と形容するどころじゃない。抵抗もできずに踏みにじられる。それくらいユイスにもわかる。

「父さん、僕に手伝えることは!?」

「ありがたいが、ユイじゃ足手まといだ! エミーに絶対外に出るなって言っといてくれ!」

 メイスが風のように馬を駆けさせた。ユイスは天幕に駆け込んだ。

「姉さん、大変。野盗が襲ってきて、今父さんが!」

 扉を開けたとき、小高い丘の陰から10騎前後が現れるのがユイスにも見えた。メイスが矢をつがえ、続けざまに弓を引く。不意打ちを食らった野盗が数騎、倒れる。風が、強くメイスの背後を押すように吹き抜けた。敵の矢はメイスには届いていないようだった。 けれど別の方角から、分かれた他の十数騎がメイスを背後から取り囲むように広がった。

 焦りが募る。こんなとき、戦えないユイスは何もできることがない。

「ユイ、どいてくれ!」

 その時じゃらりと連なる玉が音を立てて揺れ、広がる布がユイスの視界を覆う。誰かが傍らをすり抜けた。きらめく珠玉と鼻につく脂粉の香りに惑わされ、一瞬それが誰なのかわからなかった。

 父と同じく手に剣と弓を掴んで、彼は身軽に馬に飛び乗った。赤い衣と編み込んだ長い金髪を翻して風のように駆けていく。

「レイ、ちょっと待ちなさい! そんな格好で何するっていうの!」

 続いて飛び出してきた姉に突き飛ばされ、ユイスは天幕の縁にひっくり返った。叫び声でようやく先に飛び出していったのが誰か気づく。

「今の、レイ!?」

 うっすら紅を引き、白粉を塗って、心なしか華奢に見えた。まるでどこの美姫かと疑ってしまった双子の弟は、その時すでに弓を引き絞って戦闘を繰り広げるメイスに追いすがっていた。


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