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炎狼の花嫁  作者: 日々夜
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炎狼の花嫁1


 ヴァルディースは天幕の布越しに差し込む光に瞬きをした。朝だ。腕を伸ばし、欠伸をする。夜に眠り、朝に目を覚ますということが習慣になったのはこの一年あまりのことだ。

 多くの生き物が当たり前にしている睡眠を、精霊は必要としない。炎の精霊の長として炎狼とも呼ばれるヴァルディースにとって、眠るということは意識を閉じるというだけだ。やろうと思えば数千年眠り続けることはできるが、それはおそらく生物が体感しているものとは異なるだろう。

「ん……」

 胸元で身じろぎをする気配がした。春先で日中もまだまだ寒い時節。身を縮めて毛布にくるまり、ヴァルディースの懐に温もりを求めて擦り寄ってくる。頭から首筋にかけてを撫でてやると、くすぐったいのか眉間にしわを寄せて、一層背を丸めた。

 眠ることが習慣になったのはレイスのせいだ。一年程前、ヴァルディースはある事情から組織で実験体として扱われていたレイスを、眷属にした。

 レイスは元人間であるため、精霊になっても未だ人間の性質も合わせ持ち、人間だった頃の習慣を切り離すことができない。しかし一人にしておくと過去の経験から、なかなか寝付くこともできず、寝たと思っても夜中に度々目を覚ましていることが多かった。

 普通の人間に比べれば耐えることは難しくないとはいえ、疲労は確実に蓄積される。そのため、毎夜、食事がわりの魔力を与えた後、気絶するように眠るレイスにつきあって、ヴァルディースも目を閉じるようになった。

 今では夜中に目覚めることは多くなくなった。しかしこの草原はレイスが母を自らの手で殺した故郷だ。さすがに今回は不安定になるかと思ったものの、多少の悪戯程度では起きないところを見ると、大丈夫そうだ。

 ただ、調子にのって首すじをくすぐっていたからか、それともいつにも増して冷え込んでいたからか、二人分の毛布を奪われて背を向けられた。

「おい、レイ。俺の毛布まで奪うな」

 別にヴァルディースは毛布など必要ないが、寝台の上で何も纏わないのは流石にためらわれる。毛布を奪い返そうと引っ張ってみると、怒ったようによりきつくレイスに毛布を抱きしめられた。

「まったく、毛布を俺の尻尾だとでも思ってるのか?」

 以前ヴァルディースはレイスの中に封じられていたことから、意識を共有している。流れ込んでくる夢の中でまで、レイスは獣姿のヴァルディースを枕に心地よく眠っていた。

 ここに来るまで滞在していた南国のメルディエル女王国では、王家の縁で部屋が広かったおかげで、だいたい本来の姿で過ごしていた。草原の天幕では流石に無理があるから、恋しいのかもしれない。

「あとでたっぷり埋もれさせてやるからそろそろ起きろ、レイ。エミリアかユイスが起こしにくるぞ」

 それでもなかなか起きようとしないレイスに、ヴァルディースは肩を抱き寄せ、首すじに唇を埋めた。毛布の隙間からレイスの下肢へと手を這わせると共に、首すじに噛みつくようにきつく口付けの跡を残す。途端にぱちりと大きく目が見開いた。

「……っ!?」

 間近にあるヴァルディースの顔を見てレイスはぎょっとし、顔を赤く染めて慌ててベッドの反対側へ転がり出ようとする。それを引き戻し、きつく背中から抱きしめる。

「何、してんだ、おまえっ!」

「もうすぐ誰かが起こしに来るだろうに、お前がなかなか起きないからな。俺とお前の睦まじさをみんなに見せつけたいのかと」

 逃れようともがくレイスの反応が面白い。太もも撫で上げると、毛布の内でレイスの腰がびくりと震える。ヴァルディースの魔力をたっぷりと注いだ昨夜の名残で、レイスの身体は僅かな刺激にもとても敏感だ。

「昨晩あれだけしてやったのに、まだ足りなかったか?」

 胸元を弄り、指先で突起を掠める。かっと首筋にまで朱が走る。

「ッーー!」

 胸の先を摘むと、レイスが喉をのけぞらせて声をあげそうになるのを、慌てて堪えた。そのまま長い金髪が流れ落ちる首筋に齧り付く。

「ふざけ、んな、馬鹿! ユイか姉貴がくる!」

 声を抑えてレイスが詰る。必死でヴァルディースの腕から抜け出そうと足掻くが、足腰に力は入っていない。それでなくてもヴァルディースとレイスは少し力を込めれば、簡単に動きを封じることができるような体格差だ。その上密着して魔力を流し込むと、レイスはヴァルディースに魅了されて抵抗できなくなる。

 最初はあからさまに詰っていたレイスの声の調子が、素肌に指を滑らせ、口付けを落とすたび、次第に甘く蕩けていく。眷属は上位精霊の溢れる魔力に抗えない。特にレイスにとってヴァルディースの魔力は極上の快楽となる。

 唇を重ね、僅かでもそれを与えてしまえば、レイスは強請るようにヴァルディースの首に自ら腕を回した。応えるようにヴァルディースもレイスの腰を抱き寄せる。

 しかしそっと指先を最奥に添えようとしたところで、扉の前で躊躇いがちにごほんと咳払いする音に、ヴァルディースは手を止めた。

「二人共、朝ごはんの用意が、できたから、ね」

 分厚い布の向こうから声をかけてきたのは、レイスの双子の兄であるユイスの声だ。姉のエミリアを手伝って食事の支度をしていたのだろう。外から、パンが焼ける香りが漂ってきていた。

 腕の中でレイスが我に返って、全身真っ赤に染めて震え始める。

 早めに起きてきてね、と言い置いて、ユイスは逃げるように駆け去っていく。

 ヴァルディースは、どうしたものかと思案した。

「本当に呼ばれてしまったな」

「わかっててやったんだろう、てめぇ」

 なぜレイスが隠したがるのかはヴァルディースにはわからない。とっくに周りには知られていると言うのに、レイスは家族に自分たちの関係を公にするのが嫌なのだという。以前メイスに状況を知られた時も、3日ほどはずっとふさぎ込んでいた。

 今も上気した顔で拳を震わせるレイスを、このまま食卓に連れて行ったら、またきっと大いに拗ねてしまうだろう。

 とりあえず、ヴァルディースはうーんと頭を悩ませ、手っ取り早くレイスを鎮めるべく、さっさと寝台に押し倒すことを選んだ。

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