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薄ぼけ窓の向こう側

作者: 遥 一良


 汚れたままの薄ぼけた窓の席。そこがわたしの指定席。そうはいっても、ただの常連客であっていつもそこに座れるわけじゃ無い。そこを好んで座る客はわたしくらいなものだから、店の主人いわく「その席はお客さんの指定席のようなものですよ」と言われているに過ぎない。


 その指定席に座り何をしているかと言われれば、いつものようにお店特製のコーヒーを片手に、道行く人の行き交う光景を眺めているだけだ。


 都内では名のあるチェーン店や、最近ではコンビニエンスストアでのコーヒー提供が増え続けている中で、こうしてあえて年季の入った喫茶店を探して、常連となることを望むわたしは変わり者かもしれない。


 友人とは年に一度しか会わない。同じ都内に住んでいて、たとえ電車で一本の距離だとしても、みなそれぞれの生活や仕事のことで普段は中々会うことが出来なくなっている。


 そうして普段会うことの無い友人と会う場所を、あえてアンティーク感が漂う喫茶店に指定することが多い。それほど互いに疲れているのかと問われれば、そうとも言える。決して嘘ではないと言える。


 互いがしている仕事はどちらも、常に人と会わなければならない仕事だ。見えないストレス、体力等々、久しぶりに出会ってそんなことを話したくないのはどちらも同じ。だからこそ、都会の喧騒の中にありながら住宅地に佇む個人の喫茶店に身を置きたくなる時があるのだ。


「どうしてこの席を?」


 彼女は真っ先にそう言い放った。年季の入った喫茶店に対して文句を言っているのではなく、何故その席なのか? それについてわたしに問いをしてきているのだ。


「ぼやけた視界で、普段自分たちがいる場所を眺められるから」


 「何のこと?」とすぐに首を傾げられた。当然だ。恐らく日常をわざわざぼやけた視界で見る人などいないのだから。


「こんな薄汚れて、窓の外の人たちの顔がハッキリと見えない窓で、どうして日常を見れると思ったの?」


「意識しなくても普段から見ている光景を、綺麗な窓から見たところで何の想像も感動も生まれないから」


「あなた、変わってるね」


「どうも」


 わたしはあえて、わざわざ汚れた窓から行き交う人の日常を眺めている。彼女は理解出来なかったようだった。それほど人は目に飛び込んで来る全ての光景、映像に慣れすぎているのだ。それを見づらくしてどうするのか? と。


 見るもの全てが真実とは限らない。わたしが見ている汚れた窓はそうした想像をさせてくれる空間でもあるのだ。例えるなら、曇ってしまった窓ガラスから人影だけが見えていて、それが女性なのか男性なのかを自分の想像で判断することに似ている。


「曇りなき眼で見ている光景が真実とは限らない。薄ぼやけた視界で、想像を働かせて楽しまないか?」


 友人とわたしは、想像を働かせなければならない漫画家。こうしたお店の存在が必要なのだ。それを気付かせ、互いに切磋琢磨したいがために、こうして年に一度は喫茶店で会うことにしていた。


 彼女のセリフは今年も変わらなかった。「理解出来ない。それでも、必要な事かもしれないね」と。

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