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「待て待て待て待て!」

「よかった、もしかして俺の名前忘れちゃったんじゃないかって思ったよ」


安堵した様子でレイの従兄であるアーサーが近寄ってくる。

ちょっと、近寄んないでほしいんだけど。

私が知ってるのは名前だけでそれ以外はまったくわからないんだ。頼むから話をあれこれ振らないでくれよ。


「………あのさ、なんで来たの?」


なんでここに来たのかはだいたい想像つくが、いきなり私の知らないは話を振られかねない。

それを回避しようと思い、私のほうから話を振ることにした。


「久方ぶりに家に帰って母さんたちから聞いたんだよ。レイがこのカフェで働いてるって。おじさんが死んだときずっと塞ぎ込んでいたから、心配してたんだ」


アーサーは笑顔で受け答えをする。

やっぱり、そういう理由か。


「大きな店じゃないから少し迷ってさ」


「ああ、そう」


「本当久しぶりだね、元気そうでよかったよ」


おい、話を振るな、続けるな、切り上げろって。


「でも、最初母さんに聞いたときびっくりしたよ。レイがカフェで働いてるなんて」


「ああ、うん」


「顔を見たとき俺、嬉しくて思わず抱きついちゃったけどそんなにびっくりさせちゃった?」


「ああ、まぁ」


「………………」


「?」


突然、アーサーが話を途切らせ、私の顔を覗くようにじっと見つめてきた。


「な、何?」


「レイ、なんか変だよ」


「え」


その言葉にぎくりとなる。


「だっていつもだったら、そんな不愛想な対応はしない。まるで初めて会ってみたいな顔だよ」


(鋭い)


「き、気のせいじゃ」


「それにさっきからぜんぜん笑ってくれない。声もなんだか不機嫌そうだし。俺、レイの笑顔が見たいよ。レイの笑顔って春の太陽みたいな穏やかな気持ちになれるから」


どんな笑顔だ。


「春の太陽?穏やか?」


おいこら、アルフォードそんなあからさまに信じ難いと言いたげな顔でこっちを見るな。


「それに俺、心配してたんだ。レイって口下手で恥ずかしがり屋だから接客なんてできるのかなって」


「口下手………恥ずかしがり屋………」


シオンまでそんな顔をするんじゃないよ、ムカつくな。


「変な客に絡まれたりしてない?レイって気が弱いところがあるから、また引きこもっちゃうんじゃないかって思って」


「………………………気が弱い」


いま何かボソッと聞こえたぞ、お前かエヴァンス。


「レイが外に出たって聞いたときは確かに嬉しかったけど焦らなくていいんだよ?俺は無理してほしいわけじゃないんだ。レイの謙虚で控えめなところは長所でもあるんだから」


「………控えめ」


バスティアン、オマエはまだ二回しか会ってないだろ。それなのに他の奴らと同じ顔で見るんじゃない。


「レイ、もっと顔を見せてよ」


ひい、近寄るな。これ以上はごまかせる自信がない。

にこにこと愛嬌のあるその笑顔が今は怖い。


「ちょっと、落ち着いてよ」


アーサーが近寄るたびに私は後ずさる。


「あのさ、気づいてる?ここには私と………アーサーの二人だけじゃないんだよ」


私の言葉にアーサーはピタッと足を止め、辺りを見回す。

皆、話についていけず微妙な顔をしている。


「いたの?」


「いたよずっと」


なんで私がつっこまなければいけないんだ。マジで私以外目に入らなかったんだな。


「彼らはレイの新しい友達?」


「………まぁ、一応」


そういうことにしよう。

変に否定するとますますややこしくなって私の頭がパンクする。


私の言葉を聞いた途端アーサーは着崩しした上着を肩にかけ、襟を正した。


「見苦しいところを見せて申し訳ない。レイの従兄のアーサーです。レイがお世話になってます」


やめろ、なんかいたたまれない。

ほら、皆戸惑ってるぞ。いきなり礼儀正しくなるから。


「責任者のアルフォードって誰かな?」


「お、俺だけど」


私の傍に立ってたアルフォードがアーサーの前に出る。


「君が店長?ずいぶん若いね………まぁ、いいや。騒がせたみたいで謝罪するよ」


「ああ、いや」


軽く頭を下げるアーサーにアルフォードはなんて言ったらいいかわからず、頭に片手を置く。


「レイのことが心配………というか会いたくて我慢できなくてさ。顔を見たら身体が勝手に動いちゃって」


アーサーはちらりと一瞬だけ私を見た。


我慢できなくて抱きついたってオマエは変態か。

いくら従兄だからってアウトだと思うのは私だけか?


「レイの仕事ぶりってどう?内気な性格だから要領良くできていないんじゃない?実はこの子は訳あって引きこもっていた時期が長くてね。完璧にできていなくてもこの子はこの子なりに一生懸命やってると思うんだ。できれば長い目で見てほしい」


おいこら、勝手に話を進めるな。


「少しいいか?」


躊躇いながらもアルフォードはゆっくりと口を開き始める。

やばい、嫌な予感がする。余計なこと言うなアルフォード。


「さっきから話してくれているレイのイメージと俺が知ってるレイのイメージの差があり過ぎるんだが」


アルフォードに同意するかのようにシオンとバスティアンがうんうんと頷く。


「そもそもレイが穏やかに笑ってる姿自体見たことがなくて。よく見る顔っていうのがイライラ顔っていうか、不愛想顔っていうか。よく舌打ちされるし」


やめろや、アルフォード。


「僕も正直驚いてる。さっき口下手って言っていたけど、正直僕からしたら彼女ほど口が達者な女の子は見たことがないから。女の子に睨まれるのも殴られるのも初めてだったよ」


覚えてろよシオン、後で殴ってやる。


「僕、女に「オマエ」なんて言われたの初めてだったよ。そしてあんなにムカついたのも初めてだったよ。現在進行形で続いてるけど。だから違う人なんじゃないかって今でも思ってる」


気が合うな。現在進行形でオマエにムカついているぞ、バスティアン。


「初めまして、エヴァンスと言います。僕はレイさんの言葉に救われました。はっきり不愉快とか自意識過剰だって言ってくれて、僕の中で色んなものが吹っ切れたんです」


ぜんぜんフォローになってないぞ、エヴァンス。むしろ逆効果だそれ。


「あ、あの私、リーゼロッテと言います。ここの従業員です」


アーサーの前にリーゼロッテはたどたどしくも一歩踏み出す。


「レイはこの店を立て直しに大いに貢献してくれています。新しいメニューのパンケーキやかぼちゃのケーキのレシピを指導してくれたり、この店の問題点について的確なアドバイスもくれました。それに時々お客さんの相談も乗ってくれています。迷惑どころかレイのおかげで以前よりお客さんは増えているんです。本当に助かっています」


人のこと褒めたりするの上手いな、さすが乙女ゲーム王道ヒロイン。

よく見かけるシーンだ。でも、私はまったく嬉しくない。嬉しくなさすぎる。


「…………イライラ顔?………口が達者?」


ぽつぽつとアーサーは皆が言った「レイ」の印象を繰り返し戸惑いながら呟く。


「えっと」


私は実際のレイの人柄を知らない。明るい性格のリーゼロッテとの対比がある性格と予想しているだけだった。でも、今はっきりわかった。アーサーが言うにはレイは控えめで人見知りをする性格らしい。


やっぱり、正反対の性格だった。だいたいの予想と合っていた。

予想の性格通りにもうちょっとおとなしくしているべきだったか。


エヴァンスと最初に会った時、八つ当たりをせず普通に慰めるべきだったか?

アルフォードの不器用さに皮肉や嫌味を言わずに意志を尊重すべきだったか?

シオンが気持ち悪い迫り方をしてきたとき身を任せるべきだったか?

バスティアンが泣いているときリーゼロッテと同じように「大丈夫?」と声を掛けるべきだったか?



無理だな。ストレスでハゲる。


(………………あ、やばい。ちょっと逃避してた)


アーサーがのっそりと私に近寄ってきたな。うわ、近寄り方気持ち悪。

じゃらじゃらアクセサリーをつけているから怖さが増している。


目の前まで来たその時、私の両肩をがしっと掴んできた。


「ひい!?」


「………………一体、一体」


顔を上げたアーサーはさきほどの朗らかな表情とは打って変わって物凄い形相で見下ろしてきた。


「僕が出稼ぎに行っている間、一体何があったの!?僕が知っているレイは人に向かって舌打ちなんてしないし睨んだりもしない!恥ずかしがり屋ではあったけど人嫌いじゃなかった!誰よりも心優しくて誰よりもはにかんだ笑顔が可愛いいい子だった!誰かに何か言われたの?いじめられたの?もしかしておじさんが死んだからやけになってるの!?」


こわいこわいこわいこわい。


勢いのあるマシンガントークで迫ってきたと思うと、今度はふるふると肩と声音を震わせてきた。


「………ごめん、レイ………やっぱりおじさんが死んだとき一人にしておくべきじゃなかった、傍にいるべきだった。でも、もう不安にならなくていい、恐がらなくていい。これからはずっと僕がそばにいるから」


そして聞こえるか聞こえないかの声量でぶつぶつと呟きはじめた。


「皆、おじさんが死んでもう半年と口々に言うけどレイにとってはやっぱりまだ、半年なんだ。それなのに見ず知らずの人間と関わる接客なんてまだ早かったんだ。そんな不安定な状態じゃ仕事なんてむしろ逆効果だってはっきりわかった。もう仕事なんて明日から………いや今日から辞めさせて………………。もういっそのことレイの傷ついた心を癒すためこの街を出て人里のいないところに――」


「待て待て待て待て!」


私はアーサーを押しのけ、大声で叫んだ。

周りには聞こえていなかったかもしれないけど、私には一門一句全部はっきり聞こえたぞ。

当人を置いて話を勝手に進めるんじゃない。

たしかに私は仕事をやめたいと思っているが、そういう辞め方は望んでいない。

むしろ、危険だ。私をどうするつもりだ。



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