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少しは私に優しくしてくれよ、乙女ゲーム

それは6時間前に遡る。


「ありがとうございました」


一人の客が店を出たのを確認し、テーブルを片付ける。


テキパキとやろう、テキパキと。淡々と流れるように。


「コーヒーもう一杯くれる?」


イラッ。

たとえ、店に大っ嫌いなクズ野郎がいたとしてもだ。


「………」


私は無言でシオンのテーブルの上にあるカップを回収し素早くコーヒーを淹れ、無言のままテーブルに置く。ものの1分でこれを済ませた私に拍手を送りたい。


「ねぇ、さっきの話なんだけど」


話しかけるなオーラを出し続けているにも関わらず、シオンはそのまま話しかけてくる。


「君には迷惑をかけたら、どうしてもお詫びがしたいんだ」


「………」


無視だ無視無視。


「いつ、明いているかな?」


無視無視無視。


「じゃあ、この店の定休日に―」


………おい、こら


「何、普通に話しかけてんだよ、オマエ。何事もなかったかのように振舞ってんじゃないよ」


あ、心の声が。


「今、心の声が漏れたって感じだね」


シオンはへらへらッとした態度で笑う。


「ちっ!」


私は大げさな舌打ちを打ちながら、ごしごしと傷がつきそうなほどテーブルを拭く。


普通、あんなことがあったら自分から迷惑をかけた相手に話しかけないものだ。そう、普通なら。


ほんと、こういうところがフィクションのムカつくところなんだ。一時的に不仲になっても主要人物である限り、二度と登場しないなんてことはない。必ず数日後には仲直り、又は絆されるようなイベント事が起きる。私がいる、乙女ゲームの世界はとくにその傾向が強い。シオンが攻略キャラクターである限り、関わるという選択が強制される。絶縁をさせてくれない。

それでも、あれから日は経ってなさすぎるぞ。


当たり前だが、私のこの男への嫌悪はいまだ健在だった。むしろ、私に馴れ馴れしくするたび嫌悪がだんだんと殺意に変わってきている。


あんなことがあったのによく私に話しかけるな。


「………本当は悪いと思ってないんじゃないか、こいつ」


「また、漏れてるよ。心の声が」


シオンは再び可笑しそうに笑う。


今のはわざとだわ。ほんとにイライラする。


今日、家を出る前まではできるだけ淡白で居続けようと思っていた。最近、思い通りにならなさすぎでずっとイライラしている。このままでは胃に穴があくか、脱毛してしまう。私は少し、自分を改めることにした。イライラし続けるのはすぐ頭に血が上ってしまうからだろう。

元々、私はそれほど感情の浮き沈みが激しいほうではなかった。面倒ごとや人付き合いはできるだけ避けてきたからだ。避けて通るに越したことがないことは基本、避けてきた。


でも、この世界ではそれがほとんど通用しない。この数日、身に染みてわかった。

どんなに避けたいと思っていても、私が主人公である限り面倒事という名の強制ゲームイベントからは逃れられない。かなり不本意だが、それが人為的に創られたフィクションの世界のルールなのだろう。


しかし、いくら非日常が続いてもそろそろ慣れてもいい頃だ。改めて考えると起こったものはほとんどベタなものが多かった。

いきなり地下に閉じこめられたのもベタ。危ないところを助けられたのもベタ。トラブルに巻き込まれ方もベタ。このゲームは意外とベタなものが多い。


だからこれからはベタなものを想定し、心乱されないように備えよう。

淡々と過ごす毎日を送り、イライラしないようにできるだけ「無」になる。


好奇心を持たない、困っている人間がいても助けない、知り合いがいても声をかけない。

そして面倒事には徹底的に避ける。

無になればイライラはしない、おのずとグータラに近い日々を送れるはず。

そう、改めて思ったばかりだったのに。


どうしていつもこの世界は私に心の平穏を与えてくれないんだ。


決意を胸に秘め、淡々と仕事をこなしていた時最悪なことにシオンはこの店にやってきた。私は顔を見た途端ブチ切れそうなのを必死で抑え、テキパキと視界に入らないように素早く対応した。


頭の中で無になれ無になれ、と何度も唱えながら。


それなのに、この男ときたら「いつ、店に来てくれる?」だの「お詫びに何かしたい」だの「怖い夢とか見なかった?」だの聞いてくる。ネチネチと。

しかも、いつの間にか「休日は何してる?」だの「好きな食べ物は?」だの「趣味は?」だの妙な質問も入れてきた。その変な質問のせいもあり無になれという呪文はいつのまにか消え去り、代わりに苛立ちというイライラが増大していった。


「そういえば君って意外と料理が得意なんだよね?」


「は?」


テーブルを拭く手を止め、眉を潜ませた。


「リロちゃんから聞いた」


私はギロリとリーゼロッテを睨みつけた。私と同じようにカウンター席のテーブルを片付けていたリーゼロッテは私に向かってごめん、と申し訳なさそうに手を合わせた。


私は両手をテーブルに置き、思いっきりため息を吐いた。


抑えよう抑えようと思って無理だ。やっぱりイライラしてしまう。苛立ちは自分の意志ではどうしてもコントロールできない。


私はシオンを完全無視し、テーブルの片づけを再開する。


「一応、僕はお客なんだよ?そんな風に無視し続けるのはよくないんじゃない?」


「………ああ?」


「それも良くないんじゃない?」


ちらりとシオンを横目で覗くと相変らず、ニコニコしている。なんか、ムカつく。


いいんだよ、別にこんな態度でも。

だって、客はオマエ一人だけなんだから。


『レイ、一応シオンはお客としてここに来てるんだから。たとえ、一人だけでもそんな態度はよくないよ』


もしうさぎがここにいたら、そういうんだろうな。なんだか、想像するだけでムカついてきた。

でも、よかった。うさぎがここにいなくて。今日ほどうさぎの小言が聞きたくないと思ったことがない。



―それは昨日の18時30分頃のことだった。


私はベッドの上で胡坐をかきながらノアの念動力の訓練を軽くしていた。

ぶ厚めの本を一冊浮かせた後、もう一冊の本を浮かばせる。

本は二冊とも浮いた。以前、財布と懐中時計を一緒に浮かばせた時のような大げさな揺れもぐらりと傾くような感覚も感じなかった。多少、小刻みに震えるが安定して浮遊している。


私は時折、こうやってノアの練習をしていた。一度にいろんなものを運べた方がより便利に快適に過ごすことができるし、何より家の中でもあまり動かなくて済む。今はやっと一度に二つのものを動かせる程度しか操れないが、いずれもっと重いものも動かせるようになりたい。そうしたら、掃除とかより楽にできる。


「ねぇ、レイ」


視線を本から外さないようにしていた時うさぎが話しかけてきた。


「なんだよ、今忙しいんだよ」


「明日一日、僕こっちに来れないから」


「へぇ」


私はもう一冊の本を浮かばせようと脇に置いておいた本を手に取る。


「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」


「うわっ」


うさぎが視界を遮るようにずいっと私の顔面に寄ってきた。唐突に目の前にうさぎが現れたため、驚いた拍子に浮かばせた2冊の本が床に落ちた。


「いきなり目の前に現れるなよ、せっかく集中してたのに」


私はこの妨害うさぎに床に落ちた一冊をノアでぶつけようと飛ばしたが、ものの見事によけられた。


「だって聞いてるかどうかわかんなかったんだから」


「へぇって言っただろ」


「一応大事な話なんだから、適当にしないでよ」


うさぎがたった一日くらい来れないだけのことだろ?

どこが大事なんだ。それくらいのことで私の邪魔をするな。


「君の記憶媒介のデータを回収して、神様に報告しなくちゃいけなくて。そのキューブのリワインドは少し時間がかかるから一日来れなくなるんだ」


「記憶媒介?キューブ?」


「忘れちゃった?こっちに来るとき記憶媒介のデータという名のキューブを君につけるって」


うさぎが手を出すとぽつんと小さい光の球体が現れ、みるみるうちに黒いキューブに変形していった。

そういえばこっちに来るとき、こういう形のキューブを見せられていたな。


「やっぱり真っ黒だ。君にとっては不本意だろうけどここ数日で色々あったからね」


「言うな」


私は容量いっぱいの黒いキューブを恨めしく思いながら、見据える。

このキューブには今までの記録が詰まっているんだろう。攻略キャラクター達と出会い、時には危ない目に遭ったりした非日常の日々の記録が。


「はぁ」


ため息を吐かずにはいられない。当初のニート生活を送るという目的はどこにいったんだ。


「一応、明日の分のキューブ(仮)をつけておくね」


「(仮)?」


「容量が一日ぐらいしか持たない使い捨てみたいなものだよ」


うさぎが左手を出すと黒いキューブよりも一回り小さいキューブが現れ、頭上に移動しポンと消えた。


「いる?たった一日だろ?」


「でも、今までのことを考えると何が起こるかわからないよ」


「言うな、そういうこと………なんかこの会話がフラグくさい」


思わず、頭を抱える。考えたくないのに思わずにはいられない。

明日、どんでもない面倒ごとが起こるのではないかということを。


「たまには外れてくれよ、この勘」


少しは私に優しくしてくれよ、乙女ゲーム。


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