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誰かに八つ当たりしたい

屋根に激しく当たる雨音が耳に響く。

私は窓の外を眺めた。石畳の水しぶきが大きく跳ね、波打っている。

突然降り出したので通り雨だろう。

現在11時。もうすぐ昼時だというのに表を歩く人は少なく、指で数える程度しか歩いていない。


このカフェにも開店時からの客は3,4人ほどしか来ていない。でも、雨が降るまで完全仕事オフモードだった私にとって、のんびりとした店内の空気のほうがありがたい。こんなとき忙しなく働くことほど、憂鬱なことはないからだ。


「………ああ、ああ、それで子どもらの様子はどうだ?」


厨房からアルフォードの声が聞こえてきた。おそらく話し相手はリーゼロッテだろう。厨房を覗かなくても鏡で連絡を取っているのがわかった。


「そうなのか?よかった………え?いや、無理するな」


店内の壁際に立っているここからではアルフォードの声は聞き取りにくい。


「朝から看病で大変だったんだろ?朝言ったろ?一応レイがいるって………わかった、お前がそこまで言うなら」


アルフォードのふっと息を吐く音が耳に入った。どうやら会話は終わったらしい。言葉の端々から何を話していたのかだいたい予想がつく。

会話が終わったのを見計らい、私は厨房に入った。

アルフォードは厨房の隅で鏡を持ちながら振り返った。今は誰も料理の注文をしていないから手が空いている状態だった。


「話し相手リーゼロッテだろ?店の中にまで聞こえていた」


「ああ、リロ、昼過ぎくらいにこっちに来れるらしいんだ」


「へぇ」


やっぱり。


「高熱は一時的なものだったのか今は子どもら皆、落ち着いているらしいんだ。様子見て園長の勧めで昼過ぎから通常通りに働くことにしたってよ」


「真面目だな」


私だったら子どもの看病に託けて、怠けると思う。さすが乙女ゲームの王道ヒロインだと皮肉めいた考えが脳裏によぎる。


「じゃあ、私昼過ぎたら帰る。リーゼロッテが来るんならもういいだろ?」


「言うと思った」


「通り雨だろうから後1時間くらいで止むと思うし。一応、それまではここにいるつもり」


「どうせ、引き止めたって聞かないだろ。明日はちゃんと店に出ろよ」


アルフォードは呆れ顔を隠そうとはせず、やれやれといった感じで言った。


「あ、そうだ。忘れていた」


アルフォードは突然、ハッとし私の目の前にケーキの一切れが乗ったケーキを置いた。


「あぁ、そういえば試作のケーキがあるって言ってたな」


突然の雨のせいですっかり忘れていた。今日はジャムのレシピを教えるだけではなかった。このケーキの試作についての話し合いもあるんだった。


見た目は悪くはない。黄色い生地の上に生クリームを乗せたケーキだ。おそらくこの生地にはすり潰したにんじんが入っているのだろう。さっそくフォークを使い、口の中に入れた。


「どうだ?」


「すごいな。とてもつい最近までスポンジ辺りでしか案を出せず、しかもそのスポンジ期間を新作のケーキの試作作りと豪語していた男の出来とは思えないほどまぁまぁだわ。どうしたら片方の指で数える程度しかケーキを作れない男がこんないきなり完成度の高いものを作れるんだろう。あんなに物覚えが悪かったのに」


「お前は喧嘩を売っているのか?それとも褒めているのか?」


「普通に褒めているけど」


私はもう一口ケーキを口に入れた。思わずもう一口を所望するほどこのケーキは美味しい。柔らかいケーキの食感にほのかに香るにんじんの風味。生地の上に乗ったクリームが甘さを控えめにしている生地に合い、しっとりしている。


「このケーキのさっきのジャムを加えてみようかと思ってさ。どう思う?」


「店主はお前だろ」


いちいち、私に意見なんて求めるな。


「ていうか、もしまずいって私が言ったらどうしてたんだ?作り直した?」


「さぁな。不味いなんて言葉が返ってくるなんて思わなかったからな」


アルフォードはまっすぐに言葉を返した。自分の腕には絶対の自信のある、そんな口調だ。たしかにアルフォードのケーキの腕前は中々だ。物覚えや要領は悪いがケーキの完成度は文句の付けようがない。一時期、ケーキを趣味で作り続けていた私よりも上だということぐらいはわかる。


12時が過ぎ、雨が通りすぎていった。激しく鳴り響いていた雨音が聞こえない。まだ、日は差していないが灰色の雲に白が混ざっているのが窓から見える。帰路に着くなら雨が止んだ今だろう。


「リーゼロッテは何時にこっちに来るんだ?」


「ああ、こっちに来る前に買出ししてくれるって言ってたから20分後くらいだって言ってぞ」


「じゃあ、もう帰るわ私」


時計を見ながら軽く言った。


「ほんとに帰るのか」


「くどい」


結局、昼過ぎまでかかってしまった。しかも、12時過ぎに雨が上がるなんて何かが私に対して嫌がらせしていると思わずにいられなかった。ここにうさぎがいたらこの苛立ちをぶつけていただろう。


雲が流れている。空を覆っていた巨大な雲が小さく千切れ真綿のように漂い、切れ目から木漏れ日のように光が差し始めた。私は雨で点々とできた水たまりを避けながら街道を歩いている。


私は小腹を満たすため、再びケバフを買いに広場に行くことを思いついた。雨が上がったばかりなため居るかどうかわからないが広場は家路の通り道なため、確認してみよう。


「まだ、飽きないな。あのケバ………っ!!」


突然、背中からぞくりと悪寒が走った。敵意と憎悪が交じった針で突き刺すような視線。

この感覚は覚えている。昨日、気のせいだと思っていたあの感覚だ。周囲を見回すと誰も私に目も向けてもいないし、気にする素振りすらしていない。


でも、私にはわかる。気のせいなんかじゃなかった。

この動機は決して歩いてきたからではない。この鳥肌は決して肌寒さからきているものではない。

誰かに見られている。しかも、強い敵意を向けられている。


「きもちわる」


得体の知れないものを感じ、一刻も早くその場から立ち去ろうと思った。


「ねぇ」


「ひぃ!」


突然、背中から声をかけられた。過敏になっていた私は小さく悲鳴をあげ、恐る恐る振り返る。


「よかった、すぐ見つかって」


白い身体、赤い目、長く垂れ下がった耳、短い手足が目も前でふわふわと浮かんでいる。

私がよく見知っているうさぎがそこにいた。


「こっちに来たときびっくりしたよ。どうせまだ寝てるだろうと思っていたのに居ないから。書置き見て店に行くところだったんだけど、仕事はもう終わっ………たっ!?」


私は目にも止まらぬ速さでうさぎを掴み、渾身の力を込めて空中にブン投げた。

偶然にも私が放り投げた方向には清清しいほどの青空が見えた。


うさぎホームランっ!☆☆


なんてなっ!ちくしょう!!



☆★☆★☆★☆



「え~、誰かに見られている?それも昨日から」


「なんか悪意の塊みたいなものを感じるんだ」


「悪意の塊みたいな君に?」


「また投げるぞ」


ふらふらと蒼い顔をしながら戻ってきたうさぎに周囲を見回し話した。不服だがうさぎが現れたことで私の意表を思いのほか突き、強張っていた意識を和らいでくれた。


「まったく、一体誰なんだよ?」


「心当たりは?」


「そんなのあるに決まってるだろ」


だから余計に悩んでいるんだ。


もしかして昨日の言いがかり男か?それとも士官学校の暴行貴族か?それとも女性客にストーカーまがいなことをしていたあの宝石商会の男か?それともウィルを誘拐しようとしていたあのチンピラ達か?


考えれば考えるほど様々な可能性が頭に浮かぶ。流れる人の顔や立ち止まっている人の顔を自然にかつ素早く確認を繰り返す。


「うさぎは後ろを見てて」


私は横目にうさぎに注意を促した。いまだに私を影から見張っているかもしれないし、姿が見えないノアを使っているかもしれない。私を見張るのを諦めてほしいと願いつつ、いっそ姿を現してほしいとも思っている。誰かに付けまわされるような感覚は今日限りにしてほしい。

家まで付いて来られたらどうしよう。


私の鬱々とした気持ちとは裏腹に空はどんどん晴れていった。雲の塊は散り散りになり、でたらめに浮かんでいる。普段は空模様なんていちいち気にも留めないが今の私には小さなことにでも過敏になるようになっている。

晴空を見ていると鬱々とした気持ちが苛立ちへと徐々に変わっていった。


誰かに八つ当たりしたい。


なんでもいいからこの不安と苛立ちを解消したい。物でも人でもいいから何かにぶつけたい。

何か手軽にストレス発散できるものはないかきょろきょろ見回す。


手軽に発散できるものといえば。


私は後ろにいるうさぎに意識を移した。


「怜、前見て」


ついと横目でうさぎを見ようとするとそのうさぎが先に言葉を発した。

思わず、その言葉通りに意識を前に移す。

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