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やっぱりこういうものは私とは相性が合わない

二日後なんてあっという間だ。陽が高く昇り、眩しいほどの日差しが降り注ぐ。雲ひとつない青天だというのに吹き乱れる風は悴むほど冷たい。私は冷風から両手を守るようにポケットに突っ込んだまま劇場へと足を運んでいるところだ。


「眩しいのに風は冷たいなぁ、ちくしょう」


目が眩むほどの日差しを遮ろうと帽子を目元まで被り、忌々しく呟いた。今日はスカートではなくネイビーパンツを穿いている。できるだけ素肌を寒風にさらしたくなかったからだ。

リーゼロッテとウィルとは10分前に劇場前で待ち合わせ予定だ。

それでもやっぱり風は冷たい。公演は午後の1時からはじまる予定。本当は外出なんてしたくないが、行くと言ってしまった以上しょうがない。私にとっては午前ではなく午後に公演があるのは幸いである。


「たしか図書館を行ったすぐ右の角を曲がるんだった?」


「うん、そう。角曲がったときにもっと詳しく言うから」


うさぎが例の説明書を広げながら言った。あの説明書にはこの街の地図が詳しく載せられているらしい。私には劇場の場所はわからないので、うさぎが持っている説明書に頼りっぱなしだ。私のこと手助けできない制約はあるくせにこういうことは手助けしてくれるのか。その制約の基準って緩いのか厳しいのかわからないな。


☆★☆★☆★☆


「ここが劇場?」


「そうだね」


うさぎが説明書はパタンと閉じた。

その劇場の堂々とした佇まいに圧巻の一言だった。高さは大体10メートルはあるだろう。劇場は赤レンガですべて統一されている造りで正立法八角形になっている。見上げると二階各辺の窓はすべて円形アーチで配されている。


「つーか、これって全員客?」


劇場周辺は人で溢れていた。入り口である両開きドアは開いたまま固定されており、そこから人が流れ込んでいる。皆、劇場前で好奇心を膨らませ今か今かと舞台公演を心待ちにしているようだ。


楽しみでないのは私だけだな。私と周囲とのあまりにもの温度差に場違い感を感じずにいられなかった。


「えっとあの二人は」


劇場の入り口付近であの二人を待ち合わせをしていたが、こう人が多くてはなかなか二人の姿を見つけるのは難しい。あの鏡を使うってリーゼロッテに「もう劇場についた」と知らせるか。

私は鏡を取り出そうとポケットをまさぐった。


「レイ、こっち」


それと同時にリーゼロッテの声が聞こえた。声のする方へ目を向けるとリーゼロッテとウィルが私に向かって手を振っている。


「これだけ人がいるからすれ違いになるか心配だったけど、すぐ見つかってよかった」


「鏡があるじゃん」


「あ、そっか」


リーゼロッテはうっかりとしていたらしく苦笑した。


「今日はズボンなんだね」


「寒いし、あんたは」


変わらないんだねって言おうとしたけどやめた。リーゼロッテは今日も膝下まで隠れる青いワンピースを着こなしている。キャラクターの服装が基本毎日変わらないのはゲームのお約束みたいなものだ。

キリがないつっこみはやめよう。


「ねえ、はやくなかにはいろう」


一回り小さいウィルも周囲の人と同じような好奇心に満ちた満面の笑顔で私たちをせかす。


「たしかに、開演10分前だしね」


懐中時計を確認した後、私たちは劇場の中に入った。


「ニャ~」


劇場内の廊下を歩いているとどこからら猫の鳴き声が聞こえ思わず足を止める。


「どうしたの?」


私が足を止め振り返ると横に並んでいたリーゼロッテも同じように足を止める。


「いや」


気のせいか。こんなところに猫なんているわけない。


私たちは薄暗いホール内に足を踏み入れた。暗さで視界がぼやけるが、全体的に広々としている。天上も高く圧迫感がない。空調もしっかりしておりどこからか暖かい風が流れ込んできた。そのおかげで外の冷気で凍えていた指先の震えが止まり、ほっと息をつく。


「私たちの席は前みたい」


リーゼロッテは前に先導し、私とウィルもそれに続いた。


前か、寝てるの目立つかな。


「君は真ん中に座りな」


「うん」


ウィルを真ん中に挟んで指定された席に座った。深く座ることができ、肘掛もちょうど良い。本来この世界で舞台観劇の席は自由に座れるのだが以前この劇団の公演開始前、客と客が席の奪い合いでかなり揉めたらしい。それからあらかじめこの劇団の公演では指定席となったと聞いた。


「ねぇリロちゃん、ねこがでるの?」


「うん、でるよ」


隣でウィルが興奮気味にリーゼロッテを声をかけた。


「その猫は物語の主役でしゃべるんだよ」


「しゃべるの!?」


「知ってんのこの劇?」


なんとなしに聞いてみた。


「劇じゃなくで元になった本を知っているの。ストーリーはこう。ある国の粉ひき屋の末の息子は亡くなった父親から一匹の猫をもらいました。その猫はとても賢くしゃべることができました。意地悪な兄たちに家を追い出されたて途方に暮れていた男に猫はこう言いました「私にブーツを一足ください。ブーツをいただいたらきっとご主人の役に立って見せます」と言いました。男は猫にブーツを与えるとその猫は賢い知恵と機転で男の役に立ち、次々の困難を二人で乗り越えていきます。最終的に男は大金持ちになり幸せになりましたっていうお話なんだよ」


やっぱりあの「長靴をはいた猫」とストーリーがほとんど一緒だな。

いや、ほとんどじゃないな、すべて一緒だ。


「難しくない話だからウィルくんにも楽しめると思うよ」


「うん」


絶対寝るな私。背もたれに深く体を預け、舞台を隠している赤い緞帳を見上げた。緞帳の裏で人が行ったり来たりしているので幕が揺れ動いている。後ろを振り返るとすべての席に人が埋まり、皆私と同じように緞帳に目を向けていた。


「長らくお待たせいたしました。只今より開幕でございます」


ホール内で女性の声で響き渡った。その瞬間、さきほどまでざわめいていた声がぴたりと止まる。

そして後方にある扉が閉められ、ホール内は完全な闇に覆われた。すると、劇場内の両通路からぽつりと球体方の白くて淡い灯りが現れた。その光は空中に浮上し、水平な弧を描くように天上へと舞い上がった。光の球体に観客が目を惹かれていると軽快な音楽が流れ、幕が上がった。


「ある国に貧しい粉ひきの男と5人の息子がいました。5人もの子どもがいたので食べていけるのがやっとでした」


分かりやすいナレーションが入った。


ここには現代で使われている機材はない。つまり、さきほどの仕掛けはおそらくノアということになる。淡い球体の動き、音楽が鳴るタイミング、耳に入りやすいナレーションは見事なものだった。


しかし、肝心なのは芝居のほうだろう。

ここまでは余興にすぎない。とりあえず眠くなるまで大人しくしているか。



劇が進むたびに客の感嘆が湧き上がる。ウィルもリーゼロッテも舞台に釘付けだ。

たしかに劇は見事なものだった。音楽、舞台空間の使い方、後方のセット、様々な趣向を凝らしたダイナミックな演出が細部まで徹底としてこだわり貫いており、舞台上の迫力をより引き立たせている。この世界には電気器具の機材がないため、おそらく照明や効果音はノアを使っているのだろう。


しかし、より観客の目を惹いたのは役者の演技力だ。卓越した演技力とテンポ良いセリフ回しや体全体を使った表現力は劇が進むたび観客の目を舞台に引き込ませていった。


特に目を惹きつけていたには猫だ。猫は着ぐるみでも人間が演じているのもなかった。

猫の姿をしている役者が一番達者な演技をしている。人間ほど表情の変化はないはずなのに、声の強弱や抑揚で喜怒哀楽の表現をより豊かにしている。素人の私から見ても、あの猫の役者の存在感が大きいのは決して猫の姿をしているだけだはないことぐらいすぐにわかる。


「私にブーツを一足ください。ブーツをいただいたらきっとご主人の役に立って見せます」


オレンジ色の綺麗な毛並みをした本物の猫が壇上で二足歩行し、セリフを発していた。ネコが飛び跳ねたりしゃべったりしている姿は面白くもあり可愛くもあった。


でも私自身それほど驚愕はしなかった。

すぐにわかったからだ。これはノアだと。役者の中の誰かがノアを使い、猫に化けていることはすぐに察した。

理由はそれだけではない。すでにしゃべるうさぎと常日頃から一緒に居るから驚きが半減しているのだろう。


「ねこかわいい」


「迫力すごいね」


隣で二人が感嘆の声を上げている。


「ほんとすごい…………………ほんとねむい」


対して私はほんやりとした感情で舞台を眺めている。おそらく、眠いなんて場違いなことを考えている観客は私一人だけだろう。今演じているシーンは猫が主人のために城に赴き王様に謁見してるというやっと中盤に差し掛かっているシーンであった。私は何回も瞼をしばたかせ、欠伸をする。序盤で確かにはっきりしていた意識も劇が進むたびに沈んでいく。

薄暗い空間、身体をゆったりと深く預けられるイス、完璧な空気調節は私に心地よい眠りを誘うのに十分だった。それにこの話は私にとって結末がすでに分かりきっているものなので最後まで見たいとはどうしても思えなかった。


やっぱりこういうものは私とは相性が合わない。現在、私はかくんかくんと何回も首を振りながらもなんとか起きている状態であった。


(って別に寝るの我慢する必要なんてなくない?)


前方に座っている私が今寝たらおそらく壇上からは目に付いてしまうだろう。

別にいいや。たとえマナー違反でも寝たら追い出されるとか怒られるというわけではあるまいし。


私は一度は大きな欠伸をした後、重くなりつつある瞼を落とし意識を手放した。


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