きもい
ドアが開く音がした。また客が来たようだ。
「いらっしゃいませ」
リーゼロッテは笑顔で客を迎えた。
私は厨房から顔をひょいと出す。
客は男女二人組みだ。女性は20代半ばの外見で長い髪を右肩のほうに流し、1つに結んでいる大人しそうな印象だ。一方で男性は30代くらいの容姿で服の素材や装飾品など見るからに一級品のものを着ている。素朴な服装をしている女性とは対照的だ。
対照的なのは服装だけではなかった。
男性のほうは意気揚々と上機嫌なのに対し、女性のほうは困惑気味に周りをきょろきょろと見回している。正直、恋人同士には見えない。
「ごめんね。本当はもっと雰囲気のある店で話したかったのに、こんな貧相な店で話すことになって」
「いえ」
なんだ今のは。
厨房のほうにも聞こえた。隣りを見るとアルフォードはカチンときたようで動きを一瞬だけ止めた。
厨房に聞こえたということは席に案内したリーゼロッテにも聞こえたはずだ。リーゼロッテは一瞬むっとしたかのような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻し、通常通りに対応している。
「すみません。ちょっといいですか」
「はい」
リーゼロッテは別の女性客から呼び止められ、その場から離れた。様子を窺うと客と何か話し込んでいる。ということは現在手が空いている私があの客のオーダーを聞きに行くのか。
なんかやだ。
「怜」
「せかすな、うさぎ」
小さく呟きながら息を吐いた。
すぐ注文とってすぐ離れよう。
「ご注文は?」
メモを取り出し、メニュー表を見てい二人の前に立った。
男は私を横目で見て、眉をひそめた。
「君は女の子だよね?」
「はい?」
突然なんだ。
「飲食店の接客でしかも女の子だったらもう少し髪を伸ばしたほうがいいね。身だしなみに気をつけないと客に不快感を与えるよ?」
「は?」
「長い髪は豊かな女性の象徴だからね。短いと魅力がなくなってしまうよ?」
「………ご注文は?」
顔には出さないようにしたが、内心イラっとした。百歩譲ってもっと笑顔で接客してほしいというのだったらまだわかる。だけど髪の毛の長さは身だしなみとは関係ないのではないか。私の髪は少しクセ毛ではあるがボサボサ髪ではない。めんどくさがり屋な私でも外出するとき髪ぐらい梳かす。
それは身だしなみではなくお前の好みの話だろ。
それにこのショートヘアは『レイ』の髪型であって私の髪型ではない。むしろ私の本来の髪型はかなり長い。自分が望んでやった髪型ではないため、文句をつけられても困る。
だいたい私以外にもショートヘアの女なんてたくさんいる。というかあんたの隣の席の女性客も私の同じくらいのショートヘアだ。隣の女性客もその会話が聞こえたらしく、ムッとしている。
そもそもこの男、声がでかい。他の客の迷惑になっている男にマナー云々言われたくない。
「じゃあ僕はコーヒーで」
「私は、紅茶を」
「カップは好きな色を選ぶことが出来ますがどうしますか?」
「ああ。どれも似たようなものだし、なんでもいいよ」
「わ、私はピンクで」
「少々お待ちください」
できるだけ男性客には視線を合わせないように応答した。
女性客はずっと俯いたままだ。
コーヒーと紅茶だけなので、すぐに用意することが出来た。それを二人の前に出した。
「ごゆっくり」
もちろん女性客のほうに顔を向けながらだ。
「会計お願いします」
男がカップに口をつけると同時に隣の席の女性客が私を呼び止めた。
「ちっ、安物」
おい、すぐ隣に私がいるんだぞ。コーヒーの味が不服だとしても私たちがいないところで話せ。
会計をしながら男の舌打ちに心の中で私も舌打ちした。
「それで君はいつ答えを出してくれるんだい?」
男がカップを置き、真剣な眼差しで女性を見つめている。
「あの、私は」
女性は視線を泳がせ、曖昧な返事を返す。私はテーブルの片づけをしながらなんとなく気になり様子を窺った。
「一体なにが不満なんだい?僕は他の男よりも身なりやマナーに気を使っているし金も持っている。結婚相手には申し分ないと思うが」
どうやら二人は恋人同士で女性はそのプロポーズの返事を渋っているらしい。
「君のような女性らしい人にはぜひ僕の妻になってほしいんだ。君は僕の妻にふさわしい人だよ。もっと喜ぶべきさ」
いちいち上から目線だな。
「もちろん君が家のことを完璧にこなすために僕も尽力をつくそうと思っている。必要な道具はすべてそろえるよ」
それってわかりやすく言うと『僕はお金を出すから家のことは全部やってね』と言っているようなものじゃないか。ただ金を出すことのどこに尽力をつくしているんだ。そこは冗談でも家のことを手伝うって言えよ。こういう男って私の世界でもいる。お金さえ家に入れれば夫としての役目を全うしていると思い込んでいる勘違い男。
「最近、親戚や友人が結婚しろってせっつくんだよ。僕ももう32だし、世間的にもちょうど良いと思うんだよね」
私の気のせいだろうか。さきほどから女性のことが好きだから結婚したいってどうしても聞こえないんだけど。
私は女性を横目で見た。
なんて言葉を発すればいいのか分からず困惑しているようだ。
あの人、男を見る目ないな。ちょっと、あの男気持ち悪い。
まぁ、私には関係ないけど。
色々心の中でつっこんではいたがこの世界の結婚のあり方が基本男尊女卑だとしたら、この男の発言は一般的なことかもしれない。それなら私が気に留める必要性もない。
「こ、困ります。だって、私たち……」
女性は顔を上げた。やっと発した声はかなり震えている。
「そもそも付き合ってないじゃないですか!」
その荒げた声は店内に響き渡った。
ん?
ちょっと待って。付き合ってない?付き合ってないのに結婚だの妻だの言っていたのか?
「時間なんて関係ないさ。結婚というものはインスピレーションが大事だって言うじゃないか。君も女性なら早く結婚したいと思っているだろ?君は絶対僕と合うはずだから」
男は女性の反論を完全に流している。女性の言っていることを理解しているはずなのにわざと話をかみ合わせないようにしているみたいだ。
「僕、自慢したいんだよ。仕事仲間や親戚にきれいな奥さんができたって。僕の母ももう高齢だし、はやく孫の顔を見せたいんだ」
にこにこと笑いながら男は話す。もうすでに男の中で女性との結婚が決まっているかのような口ぶりだ。完全に妄想の中にダイブしている。
きもい。普通にきもい。付き合ってもないのに子供の話に普通行くか?突然男に『自分の子供を生んでくれ』なんて言われたら私だったら正直トラウマになる。
変態だ。私の手はさきほどから動かない。それほど男の言っていることがありえなさすぎるのだった。
顔面蒼白とはこのことだ。
そう思っているのは私だけではなかった。店内にいる女性客の顔も真っ青だった。この男は無駄に声が大きいため、店内にも広がり会話の内容がすべて筒抜け状態だった。
そして私たち以上に真っ青なのは男と向かい合わせになっている女性だった。
「最近、母親の足腰や視力が日々悪化していっているから安心させてやりたいんだよね。それに女の人なら母も本音で話せると思うし」
それか。それが本音か。
つまり、母親の面倒を見る人間がほしいということか。それなら結婚相手じゃなく使用人雇えよ。
「あ、もちろんお金を出すのは男の役目だと思ってる。家のことや母のことを同時にやるのはたいへんだと思うから、仕事はやめてもいいよ」
『俺って優しいだろ』と言いたげな満面な笑みだ。
仕事やめろ?付き合ってもない人間に仕事やめろって言うのか?
こわい。きもい。恐ろしい。鳥肌モノだ。
男はどんどん勝手に話を進めようとする。
「なんならこれから君の両親に説明を――」
カチャン。
もう男性客以外全員が頭を抱えている状況で金属が落ちる音がした。その音はまるで男の話を遮るかのように響き渡り、しんとその場を静めた。
店内にいるだれもがその音の方向に目を向けた。
落ちたのはフォークだ。ケーキを口に運ばせている途中だったのか落ちたフォークにケーキの生地がついている。それを落とした人物はエヴァンスだった。
「すみません。落としてしまって」
エヴァンスは申し訳なさそうに笑った。
「フォーク取り替えます」
近くいた私はフォークを拾い上げた。
なにやってんだよお前。
ほら見てみろよ。話の腰を折られてあの男こっちを睨んでいるぞ。
「なっ?もしかして君は“アーロ”か」
男は目を見開き、驚愕している。
「この店はアーロなんて不吉な存在を平然と客として扱っているのか?なんて店だ。不愉快にもほどがある」
男は騒ぎ始めた。ただでさえ声が大きい男がわめき始めたので一斉に視線が向けられ、呆れ顔で男を見ている。その視線に気づいているのかいないのか男は、まるで幽霊でも見ているかのような顔でエヴァンスを凝視し、そこから視線を離さない。
「ったく、さっきから」
厨房からアルフォードが不機嫌そうに出てきた。おそらくアルフォードのところまで男の声は聞こえていたのだろう。
アルフォードは男は睨みつけた。その視線は決して客に向けていいものではない。しかし、ここにいるだれもがアルフォードと同じ気持ちだろう。迷惑な客に真っ向に正面から言い放つことができるのはこの店の店主であるアルフォードしかいない。
アルフォードは男に向かって一歩踏み出した。
そんなとき、男は立ちあがり女性と向かい合った。
「少し待ってほしい。どこかすぐに入れる店を探してくる」
男はアルフォードが何かを言う暇もなく颯爽と店を出て行った。その行動の早さに誰もがぽかんと口を開き、男が出て行ったドアを見つめていた。
「なんなんだよ、あれ」
私は無意識に言葉を漏らした。
「変な人だね」
うさぎも呆れた口調で言った。
「こわいわ。あれ」
「大丈夫ですか?」
リーゼロッテは小刻みに震えている女性に話しかけた。
「……あんたは平気?」
私はエヴァンスのほうに声をかけた。
「あそこまであからさまだと清々しいですね」
そう笑いながら言ったが目がまったく笑っていない。
「正直、女性にああいう物言いはよくないですね」
男のお前から見てもそう思うか。
「あいつ、あなたの恋人じゃないですよね」
私は今度は女性に近づき、おそるおそる聞いてみた。
「ち、違います。知り合いではありますが、恋人ではありません」
女性はぽつぽつと話し始めた。
「私はここから少し離れた場所にある老舗の仕立て屋で働いています。あの人はそのお客さんなんです。最初は世間話をするくらいだったんですが、最近来る頻度があまりにも多くて。それに話もあまりかみ合わなくて」
やっぱり付き合ってなかったか。
「私をよくじっと見てくるしなにより話をするとき必要以上に身体を寄せてくるんです。すぐに察しました。そういう目的で店に来るんだと。私ははっきり言ったんです。私はあなたとは客以上の関係になるつもりはありませんって。でも次の日、聞かなかったかのようにまた同じように絡んでくるんです。今度は自分の親のことや結婚の話も無理やりねじ込ませて。それに……仕事が終わったとき待ち伏せされて」
ストーカー!?
「愛を綴った手紙も一日に何通も贈ってくるし、いくら断ってもわざと聞こえなかったふりをされたり、もう本当に困ってて」
やっぱりストーカーじゃないか。
うわ、初めて見たわ。きもちわる。
「辟易していたとき彼言ったんです。一度お茶をしてくれたらもう付きまとわないと。どうしようかと思っていたので、それでもう付きまとってくれないならと了承してしまいました。でも今日会ったとき、いきなり結婚の話を持ち出されここに強引に連れてこられて」
それで、今に至るということか。
そこは了承してはいけなかった。ストーカーというのは少しでも甘い顔したらいい気になる。
しかも話を聞かないタイプならなおさらだ。
「憲兵に言ったほうがいいのでは?」
リーゼロッテは心配そうな顔で提案した。
「そうしようかと思ったんです。でも彼は宝石の商会の一人らしくてコネクションをたくさん持ってるらしいのです。もし憲兵に話したとしても何も変わらずそれが彼の耳に入ってしまったらと思うと。私が働いている店は小さな店で人数も少ないので圧力がかかるとすぐに潰れてしまいます」
現実でも似たようなパターンがある。目に見えるような被害がなければ警察はなかなか動いてくれない。もしストーカーに警察に相談したと知られれば現状が悪化する可能性が高い。
地位や金回りのある奴が犯人の場合は余計にタチが悪い。
私は窓の外を見た。まだあの男が来る気配はない。
「もうどうしようかよ」
女性は辟易としながら言った。
「一番良いのはあいつ自身が諦めることなんだよな」
私は小さく呟いた。
女性は顔を見上げ、首をかしげる。
NPCとは言えさすがにこのままだとかわいそうだ。同じ女として同情する。
「……あいつにこう言うんです」
私は女性に耳打ちした。
女性客に同情はするが、私自身助けるつもりはない。
あくまで女性自身でなんとかしてももらう。




