私にはもう近寄るな
日が沈み、辺りは薄暗くぼんやりしている。昼間とは違い、風の冷たさも直に感じる。
ほとんどの店は閉店し明かりを消し始めていた。
そのためまだ営業中の店の明かりがより彩やかに感じる。
私は食堂に来ていた。今日もここは賑わっている。
「……なんで相席してんの?」
「まぁ、いいじゃん。この店ってすぐに席が埋まるんだよね」
あの後、シオンは何事もなかったかのように私に話しかけてきた。私はそれに無視に近い対応をし続け、食堂に向かったがシオンは私の後をついてきた。
どこまで付いて来るんだこのクズ男と、そう心の中で毒づき一人で席に座ろうとしたときいつのまにかこの男は目の前に座っていた。かなり嫌そうな視線を向けているのに目の前の男はケロリとしている。
普通あんな現場を見られたらもっと動揺するものではないのか。おそらくこの男にとってはあの出来事は日常茶飯事なのだろう。
こいつが攻略キャラクター?あんな現場を見せ付けられてこっちの好感度だだ下がりなのに?レイの相手の可能性ってあるのか?
いや、可能性はあるのかもしれない。初見で主人公=プレイヤーにマイナスなイメージを抱くキャラも乙女ゲームではザラだから。
現実だったら絶対に接点を持とうとは思えないがここは乙女ゲームの世界。
私は改めてシオンの顔をまじまじ見つめた。乙女ゲームの攻略キャラクターなだけ顔立ちは無駄に整っている。許されないことが顔がいいだけで許されていまうことが多い乙女ゲーム。そして私は主人公の一人なため必然的に関わりを持たざるを得ない。
「この店って味はもちろんだけど、はやく料理ができるのがいいんだよね」
さっさと食べてさっさと帰ろう。
私はメニュー表を見た。どうせだったらこの前食べてもの以外にしよう。
私は女性店員を呼び止めた。
「魚の包み焼きをお願い」
「かしこまりました」
「あ、僕はチーズパスタで」
「は、はい!かしこまりましたっ!」
シオンが注文をした途端女性の頬が染まり、そのまま厨房に行った。
「はは、かーわい~」
シオンは面白そうに厨房を眺めている。
普通、料理を注文するのににこっと笑いかけながらウインクなんてするか?ちょっと引いたわ。私は一緒の席にいることに若干の苦痛を感じながら大人しく料理を待った。
「お待たせしました」
料理はいつのまにか運ばれてきた。やっぱりここは料理を出すのがはやい。シオンのほうにも料理が運ばれてきたらしいがいちいちそっちになんて気を留めることはしない。
私が注文した料理は魚ときのこをゆでて包み焼きした料理だ。包んでいたアルミを切ると湯気とともに香ばしい香辛料の香りがする。
私はそれを口に入れた。魚介のスープがきのこに絡んでいて美味しい。
「美味しい?」
見上げるとシオンは私の顔をじっと見つめていた。
「そういう顔してる」
「……」
私は気にせず食べ続けた。
「このチーズパスタ。チーズをふんだんに使っているらしいけどぜんぜんしつこいくないんだよね」
シオンは食べながらしゃべり続けている。
何?私に話しかけているの?
「一口食べてみる?」
は?今なんて言った。シオンは食べやすいようにフォークをくるくると動かし、チーズが絡んだフォークを私の目の前に持ってきた。
「チーズ嫌いだから」
私は冷えた声色で答えた。私はチーズは嫌いではない。嫌いなのはお前が口をつけたであろうフォークに絡んでいるパスタだ。なぜそれを私の口に入れなければいけないんだ。
というか私に話しかけてくるな。食べづらい。
「そう?残念」
何が残念だ。話しかけてくるな。私は冷めないうちにこの料理を食べきりたいんだ。
「ほんとに美味しそうだね」
男は私に食べさせようとしたパスタを口に含みながら言った。
「それ、俺も食べたいな」
は?今なんて言いやがった。
思わず手と租借を止めた。
「そんなに可愛く食べるんだからきっと美味しいんだろうね」
シオンは私の了解を得ていないにも関わらず持っていたフォークを伸ばしてくる。
「……………」
死ね。
「痛って!?」
私はつま先で思いっきりかつ素早くシオンの膝を蹴った。
いいかげんにしろ。まじで飯がまずくなる。
乙女ゲームのヒロインだったらしぶしぶ一口くらいなら、みたいな感じで分けるかもしれない。
でも、私はそんなベタな思考はしない。
「………て……い」
痛みを抑えながら何か言ってるが私は無視し、魚に視線を置く。
「……あ~、ごめんね。いくらなんでも図々しかったよね」
私は視線だけシオンに向けた。なんとか持ち直したのか申し訳なさそうに笑っている。シオンもやっと黙ってパスタを食べ始めたようだ。
(見事なまでの作り笑顔だったな)
それだけ考え湯気が少なくなってきた魚を食べ続けた。
★☆★☆★☆
きのこも魚もすべて食べきり、食後の紅茶で一息つく。
シオンも同時に食べ終えた。そして自分のズボンのポケットをまさぐっている。
帰るのか?
「あれ?」
シオンを首をかしげた。そして私のほうに向き直り顔を近づける。
「何?」
「ごめん。俺お金ないみたいなんだ」
「あ?」
「だからお願いしてもいい?」
懇願するかのように目線を合わせてくる。
「……」
「もちろん、今日の分のお礼も絶対するよ。例えば……君が休みのときに僕が勤めてる店で特別に接待するとか」
シオンは考え込む仕草を私に見せる。
「接待?バロンで?」
「うん。今日変なものを見せちゃったことのお詫びも兼ねて」
「自覚はあったんだ」
私は紅茶を一口飲んだ。
「今日はごめんね。変なもの見せちゃって」
「あの子彼女じゃないの?」
「違うよ。だってあの子彼氏いるから」
「え」
まじかよ。つまり二股か。女のほうもクズだったか。。
「言っとくけど彼女のほうから迫ってきたんだ。彼氏よりもかっこいいって」
「へぇ」
「見た目と体で近づいてきた子って適当に付き合えるからいいのに、最近なんかしつこいんだよね」
でも、こいつも相当なクズだな。
「嫌いだったの?あの子のこと」
「好きだったよ。僕の顔をよく褒めるし……それに顔は好きだったし」
シオンは彼女の話をしながら笑う。今日一番の張り付いた、作り物の笑顔だ。一時的に付き合っていた子だというのにちっとも好きそうじゃない。笑顔で『好き』と話しているのに口調が『嫌い』だと言っているように聞こえる。
「……顔」
「だってあの子は僕の顔が目当てな子なんだから」
自分もそういう態度で接して何が悪いんだと言いたげな感じだ。言動から女遊びを繰り返しているはずなのに妙な違和感がある。
「そういえば、君の名前まだ聞いてなかったね」
話を切り替え私に視線を向ける。
「レイだけど」
「レイ……ちゃん?すてきな名前だね。リロちゃんといい、あそこで働く女の子ってみんなかわいい名前なんだね」
リロちゃんってリーゼロッテのことか。
「レイちゃんはなんか他の女の子とは違う気がするな。特別な感じがする」
ちゃん付けやめろ。きもい。
「暗くなってきたし送るよ。家どこ?」
「女慣れしてるね」
私はカップを置き、冷めた目で淡々と言ってのけた。
「そう見えちゃうかな。やっぱり」
「女慣れはしてるけど、女は嫌いだろ?」
私は頬杖をつきながらはっきりと言ってやった。
「……え、なんで?」
そのままの笑顔でいるつもりだろうが一瞬だがピクッと顔が引きつったのを私は見逃さなかった。
「言葉の端々から『女なんて所詮そんなもんだろ』って馬鹿にしている感じに聞こえる」
現実世界でプレイしていた乙女ゲーム『君と出会って世界が変わった』にも女慣れしたチャラ男系男子がいた。女の子が大好きで部活にも入らず遊んでいたが、成績は決して悪くない世渡り上手の男の子。
一見似たような設定だが、ぜんぜん似ていない。最初から女の子を決して見下すような発言はしなかったし、何より女の子の外見だけを褒めるような真似はしていなかった。画面越しでふざけた態度で呆れ返ってしまうような発言を繰り返すこともあったが、嫌悪感は感じなかった。
でもシオンはどこか女を軽く見ている感じだ。用意された笑顔でお決まりのセリフを発したら女は同じような反応をするだろうと凝り固まった考え。現実世界でも女というだけで見下し嘲笑うような価値観を持った男がいる。
でも、シオンは曲がりなりにも攻略キャラクターの一人だ。こういう第一印象最悪なキャラは背景や過去など後ろ暗いものが基本あるものだ。
カマかけてみるか。
「もしかしてさ子供の頃とか女にいじめられた?」
私が言葉を発した途端シオンの笑顔がすっと消えた。
「例えば、その髪の毛……子供の頃のあだ名が『チ○毛頭』とか?」
一瞬で大きく目を見開き、不機嫌そうにしかめた。
おや、勘で言っただけだったのに図星だったか。自分で言ったものの、『チ〇毛頭』ってウケる。
「下品だね…………顔と同じで」
口角を少し上げ顔を歪ませながら私に向かって吐き捨てた。踏み込んでほしくない部分にあっけなく踏み込まれてさすがに取り繕うことはしないのだろう。
本性がでたな。本来だったらこういうキャラって親愛度を上げてからではないと本音や本性を見せない。少女漫画ならまだしも乙女ゲームの序盤あたりでいきなり本性は基本出さない。おそらくこんな口の悪い女相手に取り繕うのが馬鹿らしいと思ったのだろう。
「あ、ごめんね。今のなし」
シオンは今のは冗談だという態度でおどけて見せた。
「ごめんね。怖かったよね」
私のこと馬鹿にしてるのか。さっきの言葉を冗談だと受け止められるほど呑気じゃない。
付き合ってられるか。
私は半分残っていた紅茶を一気に飲み干した。お前のせいで紅茶が冷めてしまったじゃないか。
私はカップを置き、店員に向かって手を上げた。店員は私に気が付きこちらに来た。
「帰るの?送るよ」
シオンはわざとらしい笑顔を向けてくる。
「いくら?」
それを無視し椅子にかけた帽子を被って立ち上がりまで店員に聞いた。
「はい。銅貨3枚です」
私はポケットに入れておいた財布を取り出しテーブルに置いた。
「あ、そうだ」
私はわざとらしく声を上げた。
「この男、お金持ってないらしいよ」
私はシオンを横目で見ながら言った。
「え?」
店員は言葉に詰まり、シオンは息を詰まらせた。
「私、この人とは何の関係もないので。ただ相席になっただけなので」
私は淡々と続ける。
「捕まえるなり何なりすれば?じゃあね」
わざと周りに聞こえるように言ったため辺りがざわざわし始める。『お金ないのか』『じゃあ、食い逃げするつもりだったのか』『店主呼んだほうがいいのか』などの声が私の耳に届く。
予想通りだ。
「待って。お金はちゃんと持ってるから」
視線が一斉に向けられたためシオンは慌ててポケットから銅貨をテーブルに置いた。
これも予想通りだ。周りは『なんだお金あるじゃないのか』と脱力気味にシオンから視線をはずした。
私はそそくさとその場を立ち去った。
いつのまにか外は夜闇に変わりしんと静まり返っている。
「ちょっと待って」
シオンは息を上げさせながら私に追いつき、腕を掴んだ。
「何のつもり?」
シオンは服を乱れされながら掴んだ腕に力を込める。かなり動揺しているらしく繕っていた仮面がはがれている。
「金、なかったんじゃないの?」
「っ!」
「最初からあったんだろ?金」
私はこれ以上ない低音の声音で言葉を発した。声とともに冷淡な視線も向ける。
「……いつから?」
「最初っからだよ。今まで女とデートしていた男がこのタイミングでお金がない?わざととかしか思えなかったわ。ていうか、なんで私がお前の飯代払わなきゃいけないんだよ。払うなんて一言も言ってないだろ」
ここでシオンの分のお金を払うことが後の接待イベントの発生の条件だったのかもしれないがそんなの知ったことではない。私のお金はこの男の飯代を払うためにあるんじゃない。
「はぁ」
シオンはため息をついた。
なんだかめんどくさくなってきたというため息だ。ムカつくため息だな。
「なんかしらけた」
私の腕を離し、見下ろしながら言った。
「簡単に落とせる女はつまらないけど君みたいな子は逆にめんどくさい」
距離を取りその場から立ち去ろうとする。もう取り繕うことしないようだ。私にはもう興味をなくしたということか。
「ねぇ」
私はシオンを呼び止めた。シオンは不快そうに振り返る。
「そのスタンス続けるつもり?」
「?」
「その落とすとか落とさないとかゲームみたいなこと」
「何?説教するつもり?」
はっと息を吐き出しながら笑った。まるで馬鹿にするみたな笑いだ。
「続ければ?」
「そんなうっとうしい……は?」
「説教?なんで私がそんなうざいこと言わなきゃいけないんだよ」
言葉を失っている男になおも続ける。
「私には関係ないしね。あんたが×××とか×××とか×××とかをゲーム感覚でやってても」
下品な単語を連発する。でも、下品な思考をしている男に下品な言葉を吐き捨てて何が悪いんだ。
「ただ、これだけは言っておこうと思って」
これが私にとって一番重要なことだ。
「私にはもう近寄るな」
シオンに向き合い、睨み付けた。
「私だって一応女なんでね。正直オマエみたいな男が視界に入られると吐き気がするんだ」
これ以上ないほど重く低い声で言った。
「じゃあな、チ○毛頭。ある意味お似合いかもな。そのあだ名」
「っ!」
シオンの髪の毛を見ながら吐き捨て踵を返した。声にならない声を出しているようだが、言葉を発する暇も与えずにその場を立ち去った。




