言わなければよかった
「単刀直入に言います。このケーキの作り方を教えてほしい、ここで働いてほしいの!」
「なんで?」
私はじっと二人を見据えた。なんとなくそんなことを言い出す気はしていた。でも、私のこのケーキは特別手を込んだわけでもなく私自身も菓子作りは気分転換や趣味程度でそこまで意欲的ではない。つまりはケーキを専門としている飲食店に頭を下げさせるほどの腕前ではないということだ。
「実はあなたをここに招いたのはお礼を言うためだけじゃないの。あなたにこのケーキについて詳しく聞きたかった」
「ここってケーキ専門のカフェでしょ?それなのに私にケーキの作り方を教えてほしいっておかしくない?」
本来なら趣味程度の腕前の人間が専門的に極めた人間に教えを請うものではないか?
「これを見てほしいの」
リーゼロッテは立て掛けてあった青いメニューブックを私に見せるように広げた。
私はそれを見て唖然とした。
「ねえ、ここって看板にケーキカフェなんて謳い文句があるくらいだからケーキを売りにしているカフェだよね」
「うん」
「私の目がおかしいのかな。メニュー表のケーキの覧に3種類しかないように見えるんだけど」
驚いたのはそれだけではない。メニュー表には軽く食事をするための料理もまったくなくあるのはそのケーキ3種類と多少の飲み物だけだった。しかもケーキもショートケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキと無難なものばかりだ。
「俺から話す」
私のこの違和感を払拭させようと隣で私達の話を黙って聞いていたアルフォードが話し始めた。
「元々はこの店は俺の両親の店だったんだ」
こりゃ、長くなるな。
「ここら辺じゃ有名だったんだ。ノアなしで店を繁盛させるのは最近じゃ珍しいから。特に親父のケーキはどれもこれも絶品だったんだ」
「ノアなし?」
それはすごい。この世界では珍しいのではないだろうか。
「親父さんはケーキ作り引退したの?」
途端に二人の表情が曇った。
これ聞いちゃいけないやつか。この流れだと私の予想通りの答えが返ってくるはず。
「親父は半年前に死んだんだ。母さんも3年くらい前に病死してる」
やっぱり。
「それで息子のあんたがこの店を引き継いだってことか」
「ああ、俺はノアなしで店を今までやってきた親父たちを本当に尊敬しているんだ。だからこの店を俺が守っていきたいって思っている」
「メニュー表見たらとても守っているようには見えないんだけど」
「実は親父は俺に店を継がせることにあまり賛成してなかったんだ。ノアなしで店を経営することは並大抵の覚悟じゃできないって親父はいつも俺に言って聞かせていたから」
その通りだろう。この世界の人間は基本生まれ持ったノアを仕事の基盤にしている。元々あるものには信頼も安心もある。なによりせっかく生まれもったものを使わない手はない。おろらくこの世界の人間のほとんどの思考はそういう考えなのだろう。
でも、アルフォードの両親は違ったらしい。以前は有名店だったらしいがそれはとてつもない努力の積み重ねの結果だろう。父親は息子にそんな苦労はしてほしくなかったんだろう。
「でも、俺はどうしてもあきらめたくなかった。だから何回も何回も親父に頼み込んだんだ。親父のケーキのレシピは独学だったから。ある日親父は言ったんだ、『お前は元々不器用だから、もし一度にすべてのレシピを教えたとしてもすぐに元に戻る。だから1つのケーキを店に出せる完璧なものになるまでは次のレシピは教えない』って。親父は普段は温厚だけどケーキに関してはめちゃくちゃ厳しくてなかなか合格点を出しちゃくれなかった。そんなとき半年前にいきなり死んじまったもんだから俺が今、親父から受け継いでいるケーキのレシピは3種類しかないんだ。もちろん、親父が死んだ後もなんとか俺なりに店を続けてきたんだが俺はカフェ経営に関しては素人で金のやりくりもいまだに把握しきれていない。最近じゃ物価が高くなってきたから元々あった軽食も一旦下げているんだ。俺なりにケーキの新作を考えようにも納得のいくものがなかなかできなくて。そんなとき、お前のケーキを食ったときこれだって思った」
長いわ。しかもお前呼ばわりかよ。つまり店が潰れそうだから助けてくれってことか。
「かぼちゃのケーキって聞いたことはあったけど実際食べたことがなかった。俺のケーキはもちろん味には自信はあるが、ありきたりな種類だって自覚してる」
なるほど、そこで私のケーキに目をつけたのか。
少しでも奇をてらったもののほうが店を盛り返すきっかけになると思ったんだろう。かぼちゃのケーキは私の世界ではよくある種類のケーキだ。でもこの世界で野菜を使ったケーキはほんの少し珍しいらしい。
「もしかして他の野菜のケーキも作れるのか?」
「まぁ」
あ、つい言ってしまった。
「無理を言ってるって自覚しているし、お礼を言うために店に来てくれたのに図々しいと思われるかもしれない。でも、お願い。私たちに力を貸してほしいの」
「頼む。俺たちに教えてくれ」
リーゼロッテとアルフォードは身を乗り出してきた。
他のケーキも作れるって言わなければよかった。
「この店ってあんたら二人でやってるの?」
「ええ、私はこのカフェで一応アルバイトという形で働いている。最近は孤児院のほうも人手が増えたから余裕もできて」
「孤児院?」
「私、孤児院の出なの」
「へぇ」
ヒロインが孤児院の出なんてよくある話だ。
「このお店どうしても来年の4月までには繁盛させたいの」
リーゼロッテは俯きテーブルの上に乗せていた自分の手をぐっと握り締めた。
来年の4月?
何のことだがわからないがあまり追求するのはやめよう。私には関係ない。




