「あんな惨めなこと言えるか!」
現在の時刻、9時。
雲一つない青空、体を照らすうららかな陽気、程よく流れた涼しげな風。
ああ、今日はなんていい天気なんだろう。まさにキャンプやピクニック日和だ。
いや、ピクニックよりももっと面白くてこのいい天気にふさわしい遊びがあったな。
こういう天気にはうさぎを嬲り殺すのにぴったりだ。
だからさっそくとばかりに―――。
「てんめぇ!待てやこら!」
「うわぁ!?ちょ、ちょっとレイ、あぶないって!」
「待てっつってんだろ!無駄に……ごほっ、走らせんじゃねぇ!」
「だって、止まったら危ないじゃんか!もし、それが当たったらシャレにならないよ!」
「もし、じゃ……ごほっごほっ、ない!本当に当てる、おほっごほっ……つもりでぶん回してんだよ!」
「ちょっ、なんで?理由を言ってよ!いきなりで訳が分からないよ!」
「うるせぇ!とにかくこれをごほっごほっ……当てさせろ!」
私は突き抜ける青空の下、火書き棒を振り回しながら鬼の形相でうさぎを追いかけ回している。
昨日から一体どんだけうさぎをこの火かき棒でぶっ刺したかったことか!一体どんだけ頭の中でシュミレーションしたことか!思い知らせてやる!
「おいこらうさぎ!もっと……ごほっごほっ、早く来いよ!7時に来いよ!7時に!」
「え?た、たしかにこっちには制約で朝の7時に来れるけど、そんなに早く来てもいつも寝てるじゃんか。それに前レイ、言ってたよね?朝は寝てるから絶対起こすなって。だから僕、2時間おきに様子だけ見に来るって言ったよね。7時はいつも寝てるから、9時から2時間おきにって――」
「うるせぇ!とにかく……ごほっ、今日は早く来いよ!私の気持ちをごほっごほっ、察しろ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!いつになく理不尽だよ!」
「うさぎが全部……ごほっ、悪いんだ!昨日の夜は私にとって……ごほっごほっ、史上最大最低で最悪な夜だったんだぞ!責任取れ!……ごほっ、うっ……ごほっ」
「だからさっきから聞いてるじゃんか!昨日の夜一体何があったのかを」
「言わせるんじゃねぇ!聞くんじゃじゃねぇ!……ごほっごほっ……あ~、くそ」
あんな最低な夜の出来事なんて口が裂けても言えるか。
昨日の夜は本当に散々だった。レイの従兄とやらに家の中に忍び込まれるわ、ベッドの上に乗られるわ、殺されかけるわ、そして恐怖であんな……あ~、最悪だ。アレは思い出したくもない。
あの後少し頭の中が冷静になった私は家から追い出したアーサーの様子が気になり、外の様子を窺ってみた。性懲りもなくまだ私のことを諦めず、家の中に押し入ろうとするのかもと思い少し身構えながらドアの隙間から覗くと、アーサーの姿はどこにもなかった。
私のことを諦めたのか、日を改めようと思ったのかわからないが、私にとってはありがたいことだった。このまま私のことを見限ってくれればもっとありがたい。
何にしてもあれだけきっぱりとした捨て台詞を吐いたんだ。
しばらくは姿を見せることはないだろう。
ない…………と無理やりにでも思い込むことにする。
もうあのイカれた夜のことは従兄の存在そのものと共に忘却の彼方に送りたいのだから。
☆★☆★☆★☆★
危機が完全に去ったと解った途端、一気にだるくなり鉛のように体が重たくなった。
(ああ、やばい……怒鳴り散らしたせいか、くらくらする……瞼も重い)
重い瞼を持ち上げると真っ先に目が付いたのは見慣れたベッド。
このベッドに横になったら、このだるさから解放される。
そのまま、明後日まで死んだように眠っていたい。
そう心惹かれる思いでベッドに足が向く。一歩、また一歩と進むたびに、意識を手放す準備をする。もう手が触れるところまで近寄ると、やっと意識を手放せると心が躍った。
しかし、そう心躍ったのはほんの2秒ほどだった。
すぐに絶望感と落胆が私を襲う。
「ああ…………ううう……く……臭い」
ベッドにある独特のシミの色と臭いが私を眠気とだるさから覚醒させる。最悪なかたちで靄がかかりかけていた思考がクリアになっていく。クリアになると嫌でも視野が広くなる。気に留めていなかったものが視界に飛び込んできた。
「………うわ……ぐちゃぐちゃ」
部屋はまるで泥棒が入ったかのような酷い惨状だった。
部屋の中にある本棚、サイドテーブル、鏡台などの家具の配置場所が大きくずれていて床には本棚から飛び出した本や床に落ちた拍子にぐちゃぐちゃになってしまった野菜、割れたもの含めた食器が散乱していた。外はきっともっと酷い惨状になっているだろう。何せ、外に追い出したアーサーに投げつけたものは床に今、散乱しているものより2倍ほどは量が多かった気がする。しかも、テーブルや鏡台とセットになっていた丸い椅子も一緒に投げてしまった。容赦なくアーサーにぶつけたから壊れた可能性がある。
――この家には私しかいない。つまり……。
「……ちっくしょう!」
出しつくしたはずなのに涙がまた溢れてきた。
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「ちっくしょう!昨日の最悪な一夜を……ごほっごほっ、忘却の彼方に送ったはずなのに、頭にまた蘇っただろうが!うさぎのせいだぞ!責任取って……ごほっごほっ、殴られろ!」
まったくなんてすばしっこいうさぎだ。火かき棒で殴りたくても当たらない。
飛べるなんて反則だぞ。あともう少しで当たるのに。悔しい。
「だから、教えてって言ってる!」
「あんな惨めなこと言えるか!」
あのあと私は一人で自分が暴れまくった後始末という名の片づけに取り掛かった。一人で重い家具を元に位置に直し、一人でつぶれた野菜や壊れた食器を処理し、一人で外に放り投げてしまった奇跡的に壊れていなかったテーブルと丸い椅子を部屋の中に入れ、一人で外や部屋の中にある放り投げたものすべてを片付けた。そして最後に一人でやってしまったモノの後始末という名の洗濯に取り掛かった。
あんな惨めなこと早々ない。自分で汚してしまった下着やシーツを夜に自分で洗濯をするなんて。ごしごしと下着を洗濯板で洗っている最中、惨めすぎてまた泣きそうになった。
下着やシーツを洗い終え、テラスのすぐ横のロープに干し終えた頃にはもう朝日が昇っていた。まさか一睡も寝ずに部屋の片づけをする羽目になるなんて思わなかった。そして、あんなに最低な気分で一日の始まりを感じたことなんてない。




