プロローグ
初投稿です。
暗闇の中、急速に小さくなっていく光へと手を伸ばす。届くはずもなく、手を差し伸べられる訳でもない。途轍もない浮遊感を感じながら八雲一樹は恐怖に歪んだ表情で手を伸ばし続けた。
一樹はいま、奈落を思わせる深い穴を絶賛落下中である。目に見える光は、仲間の作っている光と手に嵌めてある一つの指輪の反射光だけだ。暗い迷宮の探索中、巨大な穴に落ちた一樹は、遂に光が届かない深部にまで落下を続け、真っ暗闇に包まれている中で、ゴゥゴゥという風の音を聞きながら走馬灯を見た。
日本人である自分が、魔法があって、騎士がいて、敵と戦うファンタジーな世界に連れてこられ、この世界で味わった理不尽な出来事と、不幸すぎる現在までの経緯を。
一樹は高校1年生である。故に、学校には行かなければならないのだが一樹にとっては、憂鬱な事だった。特に教室での居心地の悪さには思わず溜め息を吐いてしまう。
一樹は珍しく、始業チャイムの鳴る10分前に教室に入ろうとしていた。しかし、入る直前で溜め息が漏れるのは仕方の無いことだろう。教室の扉を開けた瞬間、一斉に侮蔑の視線が集中した。これが男子生徒だけなら未だましだっただろうが、実際は、女子生徒の一部からも向けられており、それ以外も友好的な表情をした者などほとんどいない。
極力意識しないように心掛けて自席へと向かう。しかし、毎回の事ながらそう簡単に席へつけはしない。
「おはよう八雲君!今日は早いんだね。けど、大丈夫?目の下の隈凄いよ」
ニコニコと微笑みながら、一人の女子生徒が一樹の下へ歩み寄った。このクラス、いや、この学校の中でも一樹に友好的に接してくれる数少ない例外の一人であり、この事態の原因の一つでもある。
名を神代春菜という。学校では、女神とも呼ばれ、男女問わず絶大な人気を誇る美少女だ。明るく艶やかな茶髪は腰まであり、後ろでハーフアップのように編み込まれている。同じ明るい瞳はどこかひどく優しげな印象を与えている。
何時も笑顔が絶えず、面倒見がよく責任感も強い春菜は、元々の明るい性格も相まって学年を問わずよく頼られている。そんなところも女神と称される所以だろう。
そんな我が校の女神様なのだが、何故かよく一樹に構うのだ。徹夜などで授業中居眠りの多い一樹は不真面目な生徒と認識されており、生来の面倒見のよさから春菜が気にかけているのであろうと思われている。
これで、一樹がイケメンと呼ばれる類いであったり、授業態度の改善が見られれば春菜が構うことも許容されていたのかもしれないが、生憎と一樹の容姿は平々凡々であり、趣味優先の精神からか授業より眠気が勝ってしまっているのが現状である。
故に、同じ平凡な男子学生は一樹の態度が我慢ならないのだ。"なぜ、お前だけ!"という嫉妬が大きいだろうが。女子は、単純にオタクとしての一樹を嫌っているのと、春菜に面倒をかけていながら改善しないことに不快感を感じているようだ。
「あ、ああ、おはよう神代さん。少し寝不足なだけで問題ないよ」
もはや殺気ともつかない眼光に晒されながら、一樹は辛うじて挨拶を返す。
それに、嬉しそうな表情を見せる春菜。どうしてそんな表情をする!と、突き刺さり続ける視線に冷や汗を流した。何故、学校一の美少女が、これほど自分に構うのか。一樹には、性分以上の何かがあるようにしか思えなかった。
しかし、自分に恋愛感情を持っていると思うほど、一樹は自惚れてはいない。趣味のために、色々と切り捨てている自覚があるからだ。容姿、成績、運動能力全てが平凡である。自分より、よい男など山ほどいる。特に、彼女の周りには比べ物にもならないほどいい男がいる。故に、彼女の態度が不思議でならなかった。
それよりも、早くこの視線をどうにかしてください!と内心懇願する。勿論、口には出さないが。そんな事をした日には、今時古い、体育館裏に強制連行されてしまうだろうから……
一樹が、会話を切り上げるタイミングを見計らっていたとき、二人の男女が近寄ってきた。先程言った"いい男"もいる。
「八雲君、おはよう。毎朝大変ね。春菜は少し周りを見なさい。」
「一樹君、おはよう。顔色が悪いね。大丈夫かい?」
最初に、挨拶をしてきた女子生徒の名前は橘川冬華。春菜の親友であり、幼馴染でもある。ポニーテールにした長い黒髪がトレードマークだ。切れ長の瞳に、女子にしては高い172㎝の身長から、格好いいという印象を持つ。
運動によって引き締まった身体、凜とした雰囲気は侍を彷彿とさせ、春菜とはまた違った人気を誇るのも納得できる。また、彼女の実家は実際に、「橘川流剣術」という剣術道場を営んでおり、冬華自身も、幼い頃から、大会で負けなしの猛者である。時折、現代の美少女剣士として雑誌に取り上げられたり、学年問わず熱を孕んだ瞳で"お姉様"と呼ばれ、顔を引き攣らせている光景を目撃する。
次に、挨拶してきた男子生徒は櫻井正輝。常に、笑顔でキラキラを撒き散らしている彼だが、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。
サラサラの茶髪と優しげな瞳、180㎝近い高身長に細身ながら引き締まった身体。誰にでも優しく、正義感も強いため、春菜と同じ位の人気を誇る。彼もまた、春菜と幼馴染であり、常に一緒に居るためか、この三人に告白する者は少ない。それでも、ラブレターの類いは溢れるほど貰っているというのだから、筋金入りのモテ男だ。
「おはよう。橘川さん、櫻井君。半分自業自得みたいなものだから大丈夫だよ。顔色が悪いのはただの寝不足」
さらに、視線が鋭くなっていくがどうしようもない。徐々に、女子の視線がキツくなっていくのは、春菜と正輝の人気故だろう。
「そうかい?なら、君はもう少し授業を真面目に受けた方がいい。春菜も君に構ってばかりではいられないんだ」
正輝が忠告する。一樹からしたら、放っておいてくれよ!と言いたくなる台詞だが、正輝にとっては善意のつもりで言っているのだから質が悪い。最も、一樹は反論しても意味がないことはわかっているため口を閉じているが。この三人とは、同じ中学出身なので腐れ縁のようなものだ。
そして、一樹に直すつもりは全く無い。趣味優先をやめるつもりはなく、父親はゲームのプログラマー、母親も絵師であるため、将来と小遣いのためよく作業場でバイトしているくらいなのだ。
既に、即戦力扱いされているため、趣味中心の将来設計はバッチリである。そのため、この生活スタイルを変える必要性を感じていない。この三人が、特に春菜が構ってこなければ、静かに高校生活を終ていたはずだった。
「あ、あはは・・・」
苦笑いでやり過ごそうとしていたなか、相変わらずの天然系女神が爆弾を落とす。
「?私が、好きで八雲に構ってるんだよ?正輝君に言われることじゃないと思うんだけど」
よく通る声でそう発言した瞬間、教室内が騒がしくなる。男子に至っては、呪い殺さんとばかりに睨み、今来た何時もイジメをしてくる三人組に至っては昼休み強制連行すべきか検討しているようだ。
「え?・・・ああそうだな。春菜は本当に優しいな」
どうやら正輝のなかでは、春菜が一樹に気を使って言ったように解釈したようだ。普段は完璧超人なのだが、昔から少々自分の正しさを疑わ無さ過ぎるという欠点があった。そこが面倒なんだよなぁ~と一樹は現実逃避気味に二人でから視線を外した。
「・・・ごめんなさいね。二人とも悪気はないのよ。それはそれで駄目なんだけど」
このなかで、最も人間関係や心情を把握している冬華がこっそり一樹に謝罪する。「仕方ないよ」と肩をすくめ、苦笑いするのだった。
そうこうしている内に、始業のチャイムがなり、一旦お開きになった。
そして、すぐさま一樹は夢の世界へ旅立ち、それをみて春菜が微笑む。そんな光景を見て、男子は殺気立ち、女子は軽蔑の視線を向けるのだった。
教室のざわめきに一樹は意識が覚醒し始めたのを感じ、同時に肩を叩かれているのを感じた。未だ残っている眠気に抗いつつ顔を上げる。そこには、苦笑いを浮かべた男がいた。
「カズ、いい加減起きいや。昼食べれんようなるで」
半ば呆れたような声だった。関西弁の訛りが強いのも特徴だろう。彼の名前は東條大榎。中肉中背で、眉が少々太いという以外、これといっった特徴の無い顔立ちをしている。普段着も、これといって特徴の無いものを着ているにも関わらず、何故かダサいという印象を与える。制服も然程似合っているようには見えない。そのためか、女子からかなり嫌われていたりする。そんな彼だが、親の仕事関係でこちらに引っ越してきている。因みに、本人曰く、「ただの商人やで」とのこと。一樹にとって、このクラスでは、唯一腹を割って話せる親友だった。
「う~ん、ありがとう大榎。目が覚めてきたよ」
「どういたしまして、やな」
背を伸ばし、眠気を飛ばす作業をした後に礼を言う。これも、この二人にとっては、日常だった。昼食を取りだしつつ、会話を始めるまでが、流れだ。
「今日は、大変やったなぁ。あの二人同時は久々やったんとちゃうか?」
「あ~、そうだね。神代さんは何時もの事だけど、櫻井君は久しぶりかな」
ある意味、恒例となりつつある朝の出来事に対する話。学校で、最も気を抜ける時間だと一樹は思っている。 教室で浮いている二人にとっては、周りを気にしなくていい短い時間だ。
「そろそろ、きついんとちゃう?僕やったら、あっちゅう間に人間不信なるで」
「うっ、うん、かなりきついかも。神代さんには言えないけど。」
「・・・ほんま、カズは優しいなぁ。まぁ、そこがお前のエエとこやけど」
大榎が呆れたような声で言う。一樹には、どうして呆れられるのかよくわかっていなかった。一樹は、今時珍しく教卓で、担任教師と女子が一緒に弁当を食べていたり、正輝が女子に囲まれていたりと少し騒がしくなるのを聞きながら、少しずつ菓子パンを食べていた。
「八雲君、東條君、一緒にいい?」
「・・・ごめんなさい。春菜を、止めきれなかったの」
噂をすれば、なんとやら。春菜と冬華が二人に話しかけてきた。一緒に、昼食を食べようとのことらしい。
「僕は、いいけど・・・大榎は?」
「僕も、別に構わへんで」
「ありがとう!ほら、冬華ちゃん大丈夫だったよ」
「・・・本当にごめんなさい。うちの娘がごめんなさい」
一気に上機嫌になる春菜と、正反対に母親のような謝罪を繰り返す冬華。そんな二人を見ながら、放課後やばいかなぁ、なんて思い始める一樹だった。一樹は現実逃避気味に、異世界転移が起こるなら今起これ!なんて思い出す。
(本当に、異世界転移起きないかな。この二人と、櫻井君なんてそういうのに巻き込まれそうな雰囲気あるのに。巫女でも、神様でもいいから起こしてくれないかな)
そんな一樹の電波を受信したのか、一樹は、突然、教室中央で食べていた正輝の足元が光っているのに気づき・・・凍りついた。その光は、奇妙な幾何学模様を描いていたからだ。いわゆる、魔方陣と呼ばれる紋様だ。
それは、突然大きくなり、教室にいる全員が動きを止める。先生が「み、皆!早く教室の外へ!」と叫んでいるが、一樹も含め全員、金縛りにあったように全く動けなかった。次の瞬間、やっと逃げようとする者が現れるのと、魔方陣がカッという光を放ったは同時だった。
(・・・た・・・・けて、おね・・・・て)
光に呑まれる瞬間、一樹は妙な声を聞いた気がした。
数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、突然居なくなったかのように、教室の備品はそのまま、そこにいた人間だけが姿を消していた。
この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、その後数年に渡って世間を騒がせることとなるのだが、それはまた別のお話だ。
不定期にあげていく予定です。
登場人物の名前が決まらないのが悩みで・・・