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九 依頼

2話目です。

 話題を変えようとした源八郎であった。

 ただ、新たな話題も他人の人生に関わることだとは思い至らなかったようである。


「ああ。あやめとか言ったな。そうだ。源さんも会っておいたほうがいいな」


 清太郎のほうは関わらせる気満々のようで、早速とばかりに源八郎を誘い出す。


 二人は離れから夢屋本棟に向かった。


 源八郎はここの雰囲気が苦手である。

 昼ならともかく、すっかり日も落ちている今、稼ぎ時なのか、あちらこちらから男女の睦み合いの嬌声が聞こえてくるのだ。


 先ほど別れたばかりだが、店主であるおつたの許可を取り、未だ処遇を決めかねているという、金四郎が連れてきたあやめという娘の部屋に向かう。


 襖戸を開けると、三畳ばかりの小さな部屋にその娘は座っていた。


「よっ。昼に会ったろ。なに、話を聞きに来ただけだ」


 突然男二人が入ってきたためか、緊張を隠せない様子の娘に、清太郎は相変わらずの惚けた感じで気持ちを落ち着かせようとする。


 源八郎は、さすがだと思わずにはいられない。

 もし自分一人が話しかけたら間違いなく怖がらせるだけだろうと考える。


 《拙者はつくづく『人斬り』の性分が外に表れているのだな……》


「こっちは源さん。俺と同じここの居候だ。頼りになるぜ~」


 源八郎が無言で自戒していると、清太郎の顔を見て少し安心したようになった娘にすかさず同行者の紹介をする。


「拙者は三輪源八郎と申す……」


「あやめと申します。ご面倒をかけまして……」


 町娘の格好をしているが、言葉遣いにどことなく上品さを感じた源八郎であったが、そのことも含め話を聞きにきたのだと急かすことなくその場に座る。

 娘一人を男二人が真正面から向き合って威嚇してしまわないようにとの配慮か、或いは単なる習いなのか、清太郎はいつものように横になった。


「……離れに戻ったほうがよくないか?」


 三畳の部屋に三人。しかも一人は横になっているので狭いことこの上ない。

 だが、清太郎の答えは違う意味で却下するものであった。


「なに。ここは女郎部屋の外れで今は近くに誰もいねえ。おつたもしばらく人を寄せ付けねえはずだ。気兼ねなく話せるぜ」


「そ、そうか……」 


 場所にそれほどこだわりのない源八郎はとりあえず納得し、改めて目の前に座っている娘の姿を確認する。

 行灯の灯りでわかるのは、歳のころは十五、六。色白で丸顔の健康そうな体格だが、それでもやつれて見えるのは病気などではなく精神的な疲れでもあるのだろうと源八郎は見立てる。


 源八郎が見知らぬ娘のことがこれほど気になるのは、先刻金四郎からこの娘について少し事情を聞いていたからであった。

 無頼の少年金四郎が二度目に夢屋を訪れたのは本日午後。

 あやめという娘を遊女に売りに来たというのだから、あわや叩き出されるところであったが、源八郎との勝負に勝ったら金を払うと清太郎が面白半分で条件を付けたことで何故か源八郎への師事という事態にまでなっていた。


 弟子入りはともかく、今日のところはと帰らせようとしたところ金四郎は言い訳するように自分の連れてきた娘は望んで身売りしたがっていると言う。

 それを聞いた源八郎は一体その娘は若い身空でどんな事情を抱えているのか気になったというわけなのだ。


「……で? 昼間は詳しく聞けなかったが、おまえさん、何で身体売ってまで金が要り様なんだ?」


 肘枕のまま、清太郎は直接過ぎる質問をする。

 源八郎の口出しは全く必要がなかった。


「……その前にお聞きしたいことがございます」


「何でい? 俺にわかることなら何でも教えてやるぜ」


 源八郎は廓の仕来りなど全くわからなかったので頷くこともできなかったが、その態度も泰然自若に見えたのか、あやめは一呼吸置いて、こちらも直接過ぎる発言をしてくるのであった。


「……江戸には殺しを引き受ける組合があると聞きました。ご存知ありませんか?」


「そっ、それは……」


 源八郎にしてみれば、ほんの少しばかり前に耳にした話題であった。

 一体どんな巡り合わせなのだと思わず顔が引きつる。

 それを肯定と見たあやめの勘が特に優れているというわけでもないだろう。


「ご存知なんですね!」


「いや……」


「そりゃ、若い娘の口から『殺し』だの聞いたら誰だって驚くだろうぜ」


 幸いといっていいか、源八郎の口から否定と見なせる言葉が漏れたのをいいことに、清太郎は常識をもってその場をごまかそうとした。


「……そうですか……やはりご存じないのですか……」


 あやめは極めて残念そうに、だが、一方ではわかりきっているといわんばかりの表情をしている。


「……そなた……身を売ってまでして殺したい人間がいるとでも……」


 あやめはコクリと頷いた。


 源八郎は先ほどの清太郎との会話を思い出す。

 山田浅右衛門家に関わる人間として裏社会には通じているつもりであったが、裏の裏というか、まだまだ知らない世界があると痛感したばかりであった。

 この娘も、単に親の借金などの理由で身を落としたわけでなく、もっと深い人間の情念によって動かされているのだと直観する。


「まさか、辻斬りに関わりがあるのではないだろうな?」


「どうしてそれを?」


 あやめの答えは、直観を口にしただけの源八郎が逆に驚く展開となった。

 清太郎も思わず身を起こす。


 《もし辻斬りの敵討ちなら、旗本の部屋住みの一件なら面倒なことになる……》


 男二人は奇しくも考えが一致していた。


「誰が斬られたんでい? いつのことだ?」


 清太郎は身を乗り出すように事件の詳細を確認する。


「……いえ……私の身内が殺されたというわけではありません……」


 《ならば許婚か、割りない男か……》


 そう源八郎が考えたのは、清太郎の語った夜鷹の話から当然連想されたものだが、結局は見当違いであった。


「よっぽど込み入った事情があるみてえだな。話してみねえか? 場合によっちゃ力になるぜ。そのつもりでここに来たんだからよ」


「……ありがとうございます……ですが、私は殺しを引き受けてくれる人を探さねばなりません。ご浪人様といえど、気軽に頼めることではございませんので……」


「確かにそうだが……」


 清太郎は自分が殺し屋などとは吹聴していない。

 当たり前の話だが、殺しの飛び込み依頼などというものは存在するはずもなく、いつになく調子の狂う様子であった。


 山田浅右衛門家にしても、打ち首役は公儀からの正式な依頼によるもので、個人的な人斬りはあるべくもないことである。


 三人は無言のまましばらく時を過ごす羽目になった。

 こんなことなら金四郎からもっと詳しい話を聞いておくべきだったと、本来殺し屋でもなく辻斬り退治に必死になる役目でもない源八郎が、つい臍を噛んだ気持ちになっていると、やはり無言の空気を打ち破ったのは清太郎である。


「……やっぱり詳しいこと聞かせてくれねえか? 殺し屋の件なら何とかツテを使って調べてやるからよ。おめえさんも他所の廓に行ってからじゃ何もかも手遅れになっちまうことだってあるんだぜ」


 清太郎は、身売りがどんなものかを、誇張もあるだろうが説明して聞かせてやる。ここ夢屋に来たのは運がいいと、まず安心させようとした。

 幸い納得してくれたようで、あやめはこくりと頷く。


「……はじめは無宿人などがよく出入りしているという口入れ屋に行って探すつもりでしたが、そこで先立つものがないならどうしようもないと言われて、廓に連れて行かれそうになりました。そこに居合わせたのが金四郎さんです。あの人が困っている私を逃がしてくれて、どうしてもお金が要り様で身体を売らなければならないならここにしろと、夢屋さんに連れて来てもらったんです……」


 というあやめの説明であったが、この分では金四郎も詳しい事情は知らないだろうと源八郎たちは考えた。


「まあ、身売りの件は実際に金が必要になったら考えるといい。その点じゃあ、この夢屋は無理は言わねえよ」


 事情を知らない人間からすれば、大層情けのある条件だったに違いない。

 あやめはホッとした表情で頷いた。


「で? 理由ってのは……」


 清太郎は本題に入るように促す。


「……妖刀が……」


「ようとう?」


 しばらく逡巡して、あやめの口から漏れ出たのは奇怪な言葉であった。


「……江戸で辻斬りが増えているのは妖刀のせいなんです……止めなくては……」


「ちょ、ちょっと待った! ヨウトウって、あの刀の妖刀か? 人を斬りたくなるっていう?」


「はい……」


 清太郎の確認にはっきりと断言するあやめ。


 聞いていた源八郎も信じられないという表情である。

 その後、源八郎と清太郎は深く妖刀の事件に関わることになったのであった。


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