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八 真相(暴露)

本日2話投稿します。

 


「……そういえば、妖刀というのは本当にあるのでしょうか?」


 山田浅右衛門吉昌の見事な腕前を目にした将軍家慶と老中安部正弘は、武士の魂に火を付けられたのか、刀剣の話題に興味を移していった。

 刀剣鑑定の第一人者である山田浅右衛門が二人もいるということで盛り上がり、ついには、平素なら将軍の前では口にできない話題が安部の口から出る。

 家慶も嫌な顔一つせず、逆に興味深そうに二人の浅右衛門を見据えた。


「……刀に魅入られたという話は、実際に山田流の門弟の中にもありますが、それは人の心に弱きところがあり、つい切味を生きている人間で試したくなるというものです。刀剣そのものに妖力があるとは、拙者は思っておりませぬ。それは、心の弱さを刀のせいにする責任逃れかと存じます」


 吉昌は将軍を前にしてきっぱりと言い放った。


「……なかなか厳しいのう……そなたも同じ考えか?」


 家慶はもう一人の浅右衛門、吉利にも存念を尋ねる。


「は。それがし未だ若輩ゆえ、しかとは言い切れませぬが、一度妖刀村正という触れ込みで持ち込まれた刀を見たことがございます」


「ほう! 村正」


 徳川家、特に三河出身の武士は村正系統の刀を持っていた者が多い。

 それは単に村正が作られた場所が三河の近くだったという理由に過ぎないが、徳川家の周囲で刃傷沙汰が起こった場合、必然的に村正の名が挙がる確率が高くなり、世間では妖刀といえば村正と言われるくらいの認識であった。

 もはや悪名といってよい。

 切味に拘った弊害というべきか。

 徳川家に仇なすという噂もまことしやかに流れているが、家慶はそんな拘りなどなさそうに身を乗り出した。


「……実際に人を斬った痕跡はありましたが、無銘の、何の変哲もない、戦国の時代に数打ちされた美濃物だと見受けられました。おそらく、以前の所有者が村正という名前に踊らされて、切味を試したくなったのでございましょう」


「なるほど。名にも惹かれたというわけか……」


 家慶は納得したような反応をする。

 徳川家、江戸城には文字通り五万と刀剣が所蔵されており、曰く付きの刀も掃いて捨てるほどあるだろう。

 もし世間で噂されている妖刀が言葉どおりの妖力とやらを持っているならば、城内で毎日刃傷沙汰が起こってもおかしくないはずだが、そんな噂すらない。

 確かに、政情不安や火事など不吉な事件がないわけではないが、さすがにすべてを妖刀のせいにする気にはなれないというものだ。


「……景元はどうじゃ? 噂くらいは聞いたことがあるじゃろう」


 妖刀の真偽はともかく、曰くある噂そのものに興味が移ったようだ。


「は……実は先ほどの話、妖刀にも纏わるものにございます」


「ほう。それは奇遇。では引き続き聞かせてもらおうかの」


「は、それでは……」


 遠山景元と山田浅右衛門吉昌の昔語りは、景元の無頼時代の乱行のくだりで中断していたため、何とか名誉回復したいとでも考えたのか、景元が中心となって熱く話し始められるのであった。


 ◇◇◇


「辻斬り? 何だよ。その一件は済んだはずじゃねえか」


「それがね、また出たらしいのよ。違うのが」


「違うのだ? まさかこないだの部屋住み、間違いじゃねえだろうな」


「ううん、ホントに別人だって。矢坂の旦那が」


 ここ、夢屋の離れで男女が話し合いをしていた。

 密会というわけではなさそうで、庭に面した障子も開け放たれている。

 一人はこの部屋の住人、清太郎。

 相手の女性は夢屋の女主人、おつたである。


「……全く、次から次と……」


「ホント物騒ねえ。妙な信心ゴトも流行るわけよね」


「なんだそりゃ? で? どうしろって? また心中に見せかけるのか?」


「ううん。今度の下手人は浪人者らしいから清さんは首突っ込むなって。仲間と疑われても面倒だし。奉行所のほうで片を付けるって」


「……そうかい……それで前の辻斬りの罪状もその浪人におっかぶせりゃ一石二鳥ってわけだ……」


「なんだい? 同情かい? アンタらしくもない」


「ちげえよ……いや、そうなのかね。ちっ、俺もヤキが回ったか」


「しかたないさね。やってることは同じなんだから。いつ手が後ろに回っても言い逃れできないからね」


「……ちげえねえ……」


「じゃ、あたしは店に戻るよ……」


 おつたが立ち上がることで密談は終わったようだ。

 だが、これを密談といってよいものか。


「源さん、今日も精が出るねえ」


 離れの部屋から丸見えの中庭で、真剣による薪割りならぬ薪斬りをして試刀術の研鑽を積んでいる源八郎に、おつたが何事もなかったように声をかけたのだ。

 逆にいえば、中庭から離れの中も丸見えであり、声もはっきりと聞こえてきていた。


「……清さん、どういうつもりだ?」


 夕刻になり客足が増えるのを心配してか、おつたが急ぎ足で離れを後にしたのを見届けてから、源八郎は清太郎に尋ねる。

 おつたとは違う理由で慌てていたのだろう、抜き身の刀を手にしたままで離れの縁側に駆け寄ってのことであった。


「なにが?」


「何がって、お主らワザと拙者に聞こえるように話していたのだろう」


「危ねえよ! 刀を収めてくれ!」


「あ……す、すまぬ……」


 刀の専門家としてあるまじきことだ、と恥じるように源八郎は鞘に刀を収める。


「……で? 何が言いたいんだ?」


「それはこちらが聞きたい! 心中に見せかけるだの、後ろに手が回るだの、一体お主らは何をするつもりなのだ!」


「まあ、そんなに興奮しなくても……」


「これが興奮しなくていられるか!」


 源八郎は縁側から部屋に上がり、畳に寝そべったままの清太郎に詰め寄る。


「心中とは先日の夜鷹と武家の一件のことか! あれは見せかけだったというのか! お主の仕業だと!」


 源八郎は思い出していた。清太郎と初めて会った宵のことを。

 血の匂いに、咄嗟に目の前の男が下手人だと思った自分の勘はやはり外れてはいなかったのだと。

 であるなら、のこのことこの男に連れられて居候の真似までしていた自分はどれほど間抜けなのかと情けなくなる思いであった。


 しばらく源八郎の顔を見ていた清太郎は、身体を起こすと煙草盆を引き寄せ、キセルを銜えると、暗くなったばかりの庭に目を移す。


「……あの夜鷹な、ホントは町屋のおかみさんだったんだ……」


 まるで独り言のように呟いた。


「そっ、それがどうした!」


「祝言を挙げたばっかで、ガキも授かってねえうちに亭主が辻斬りに遭っちまってな」


「…………」


「奉行所に訴えたところで何もしちゃくれねえ。とうとう夜鷹に身を窶して下手人探しするようになってたよ」


「そ、それとお主と、いったいどういう関係が……」


「……ところが、突然辻斬りの正体が割れた。それも思いがけねえところから」


「そんな話は聞いていない。正体がわかったなら速やかに捕縛すればよかったではないか。奉行所は何をしていたのだ!」


 被害者の遺族の話で一度憤りは治まったかに見えた源八郎であったが、下手人の話になった途端、再び激昂する。


「老中か大目付辺りから下手人の情報と一緒に圧力がかかったんだ。人知れず始末しろってな」


「なんと……」


 源八郎は絶句するしかなかった。

 後は清太郎が語り続けることになる。やはり独り言のように。


「詳しくは知らねえが、大身の旗本の当主から泣きつかれたらしい。部屋住みの次男が辻斬りとして捕まったりしたらお家の恥だと。自分らで手討ちにするのも理由がいるし、手詰まりになっちまったんだな……」


 ここで一旦清太郎も話を中断する。

 キセルに煙草を詰め直し、再び火を付けると、ため息をつくように煙草の煙を吐き出すのであった。


 源八郎は、しばらくその煙を目で追うようにしていたが、ふと我に返る。


「だ、だから、それとお主と、一体どのような関係が……その話の流れだと、夜鷹に身を窶した女房殿が見事仇を取ったみたいではないか」


 公儀、或いは藩主に許された武家の人間にしか敵討ちは認められてはいないが、人として愛する者の仇を討ちたいという気持ちはよくわかる源八郎である。


「……それじゃあ奉行所は困るんだ。あの部屋住みが殺された理由がはっきりしちまう」


「そ、それで心中に見せかけたと……ま、まさか……お主、女房殿まで……」


 最悪の想像をしてしまった源八郎だったが、清太郎は首を横に振る。


「……仇を取る代わりに夜鷹のまんま死ぬことになっても構わねえかと持ちかけたら喜んでたよ。亭主のもとに行けるってな……」


「そんな……」


 実際に手を下したのが清太郎かどうかは明言されなかったが、人の情の強さを垣間見た気がした源八郎は、それ以上清太郎を責める気にもならなかった。


「……心中の一件も、なかったことになってる。部屋住みは頓死ってことだ」


「そ、それでは意味がないではないか!」


「……ただの病死じゃねえ。実際にあった心中事件を隠しての病死届けだ。世間の口にゃ戸は立てられねえ。しばらくは噂になるだろう。だがよ、それだけに辻斬りの一件からは目が逸らせられたわけだ……」


 辻斬りの下手人としての噂より、心中事件の噂のほうがマシと判断されたわけかと、源八郎は理解する。

 だが、納得できないことはまだまだあった。


「……くどいようだが、お主、いや、夢屋は一体何なのだ。何故拙者にこんな話を……」


 どう考えても、部外者に聞かせる話ではない。

 そう源八郎は考えていた。


「……夢屋は……おつたは江戸の始末屋の……殺し屋の繋ぎ人なんだ」


「なに!」


 意外な、あまりに突拍子もない発言に、今日は一体何度驚けばいいのかと思うほどの声を上げてしまった源八郎である。


「奉行所のどこまでが知ってるかわからねえが、少なくとも北のお奉行とその用人、与力の旦那は知ってて利用してるぜ」


「そ、それでは、お主も殺し屋ということか……」


「まあな……」


「な、何故それを拙者に……お恐れながらと訴えられても構わぬというのか」


「そんなことしねえだろ?」


「何故!」


「言ったろ? 源さんとは似た者同士だって」


「そっ、それはどういう……」


 確かに、明言も否定もしてこなかったが、初めて出会ったときから清太郎は源八郎が山田浅右衛門家に関わる人間であると気づいていたようであった。


 源八郎自身はまだ首切りの役目についているわけではないが、このままいけば間違いなくその役目は回ってくるに違いない。

 打ち首役はご公儀からの依頼によって罪人の命を奪う。

 奉行所の密命により人を殺める始末屋と何が違うのか。

 源八郎はそんな考えに至ってしまい、言葉が続かなくなってしまった。


「……別に源さんを仲間に入れようだなんて俺もおつたも思っちゃいねえ。ただ、おめえさんなら隠しておかないほうがいいと思ってな」


「……何故……そもそも、何故拙者をここに連れてくるような真似を……」


「ん? ああ、辻斬りの事件は下手人不明ってことになるだろうから、そんな時期に江戸を抜けようなんて怪しまれるだけだからな。心中の現場にも居合わせちまったし、ま、ほとぼりが醒めるまでと思っただけだよ」


「…………」


 感謝すべきかどうか迷う答えであった。

 いや、いつもどおり飄々とした言い方であったが、少なくとも清太郎が源八郎を気遣ってくれているということだけはわかっている。


「矢坂の旦那からの繋ぎだと、あ、与力の旦那な、別の辻斬りが現れたらしい。そいつはまっとうに奉行所で捕まえるだろうから、その後なら大手を振って江戸を出られるだろ。まあ、源さんの好きにするこった」


「まっとう、か……」


 忌憚なくすべてを打ち明けてくれた清太郎に対し、源八郎は自嘲気味に応じる。

 だが、心では答えは決まっていた。


 《始末屋か……打ち首役と相通ずるものがあるかもしれん……》


「……今しばらくはここで世話になろう。金四郎とも約束してしまったからな。構わぬか?」


「……ああ。俺が言うのもなんだが、頼りになるよ」


「そうか。かたじけない……ところで、金四郎の言っていた娘のことだが……」


 完全に納得したわけではないだろうが、元来が他人の生業まで口出しすべき分際ではないと割り切るつもりで話題を変えようとした源八郎であった。

 ただ、新たな話題も他人の人生に関わることだとは思い至らなかったようである。


「ああ。あやめとか言ったな。そうだ。源さんも会っておいたほうがいいな」


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