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七 押しかけ弟子

3話目です。

 

 それから数日後、役人、それも奉行所の与力が直々に夢屋を訪れていた。


 店の女たちは、さてはお取り潰しか、それとも隠し売女の詮議かと、普段ならまだ寝ている刻限だということがバレバレの肌襦袢姿のまま、入れ替わり立ち代りで離れにやってきては噂をしていく。


 何か恐れているのはわかるが、目のやり場に困るだけでなく女臭いことこの上ない。


「先日の件だろうか……」


 岡場所というところに来てから日の浅い源八郎は、金四郎たち少年の一件しか思い当たるところはなかった。


 だが、女たちは違うという。

 ケンカくらいなら御用聞きが恩着せがましく袖の下をもらいにきて終わりになるのだそうで、仮に手配されている罪人が客として来ていて、捕り物になったとしても、同心が来るはずで、与力が出張るのは余程のことらしい。


 なるほど、と源八郎は思ったが、確認するべき相手がいない。


 清太郎は、夢屋の主人、おツタという三十路手前と本人が言う行かず後家だが、に呼ばれていた。与力から話を聞かれているそうである。


 《……どちらにしろ、拙者には関わりのなきこと……》


 自分の修行、己を見つめ直すということで心の内が一杯の源八郎は、適当に女たちの話に頷きながら聞き流していた。


 与力の話というのは長いものではなかったらしく、しばらくすると清太郎が離れに戻ってくる。


「清さん! 何の話? アタイら捕まるの?」


 源八郎と話していても埒が明かないと、女たちは清太郎に群がった。


「待て待て、おめえらにゃ関係ねえよ」


「じゃあ、何さ?」


 女の群れを掻き分けるように清太郎は源八郎に歩み寄る。


「ほれ、源さんがやっつけたガキども――」


「おい。清さんがやれって……」


「あん中に直参の倅がいたらしい」


「ひえっ」


 源八郎に言った言葉なのだが、驚いていたのは女だけであった。

 いや、無論源八郎が驚かなかったわけではない。


「……それがしがここに留まることが迷惑であれば、すぐにでも出奔いたすが……」


 源八郎は居住いを正し、おもむろに言った。

 山田家にまで迷惑がかかれば、そのときこそ縁切り、破門になってしまうが、逆に今までの悩みもなくなるだろうと達観した表情である。


「待て待て!」


 清太郎が源八郎の前にドカリと座り込む。


「そうじゃなくてよ、口止めだとよ」


「口止め?」


 源八郎だけでなく、女たちまで怪訝な顔をする。


「そうだ。どこのどなた様かわからねえが、家門とご公儀の名誉に関わるからあの件はなかったことにしてくれとよ」


「……なるほど……」


 源八郎の表情はさほど変わらなかったが、女たちは明らかにホッとしていた。


「……しかし、ならば我らに言うべきではなかったかもな……」


「あ……」


 清太郎は女たちを見回す。


「……まあ、言っちまったもんはしょうがねえ。こいつらだって、夢屋を潰したいわけじゃねえから、ベラベラ喋りもしねえだろ」


 源八郎は、再びなるほどと頷く。

 なかったことにしたあとは、仮に誰かがその手の噂をした場合、問答無用で無礼打ちにできるという寸法だ。

 少なくてもそういう脅しをかけられたことになる。

 女たちに曖昧に口止めするよりも内情をバラしたほうが効果的だと清太郎が計算したことが源八郎にはわかった。


 《さすが……》


 やはりここに来て良かったと思った源八郎は、少し怯えた女たちを尻目に庭に出る。

 日課になりつつある薪割り、刀でなく、鉈を使った本物の薪割りをし始めるのであった。






「おりゃあ!」


 源八郎が薪割りに精を出してからしばらくして、いきなり後ろから声がかかった。


「……お主か……何の真似だ?」


 声がする前に気配を感じていた源八郎は、背後から斬りつけられたにもかかわらず冷静に対処していた。

 持っていた鉈の分厚い峰で相手の得物を受け止める。

 さすがに真剣かどうかまではわからなかったが、それは木刀だったようで、握っている人物は弾かれた衝撃で顔を歪めていた。


「チクショウ……」


 この口癖にでもなったかのようなセリフを悔しそうに吐き出したのは、先ほど話題に上ったばかりの少年、金四郎である。


 今日も今日とて派手な出で立ちで、どこから持ってきたのか腰に刀を一本差していた。


 《この太刀筋、剣の心得があると見た……ならば、この少年が件の、幕臣の放蕩息子とやらか……》


 剣に関しては源八郎も清太郎に負けず劣らず勘が働く。

 だが、せっかく事件がなかったことになったばかりだというのに、今またこの少年と戦うことになっては意味がないと焦ったのも事実であった。


 が、その心配は別のものに変わることになる。


「……少しくらい油断しろよ!」


「……何ゆえ拙者が?」


「てめえから一本取れねえと金が入らねえんだよ!」


「金? 何の話だ?」


「うるせえ! 黙って殴られるか、でなきゃ俺に剣を教えやがれ!」


「は?」


 再び木刀、いや、今度こそ真剣でも振り回すかと思いきや、金四郎少年は何故か賞金稼ぎでもしているかのような発言をした。


 その上、弟子入り許可の二択を迫る。

 呆然とする源八郎。

 大川端で清太郎と出会ったとき以来のワケのわからなさであった。

 ご公儀とのいざこざという心配がなくなったものの、また一つ面倒のタネがふえたということである。


「あっはっはっはっ! 気に入られちまったもんだな、源さん」


 一部始終を見ていたらしい清太郎が腹を抱えるように姿を現した。


「清さん、笑い事では……」


「キセルのオッサン! てめえが付けた条件だろ!」


 源八郎が清太郎に助けを求める声にかぶせるように金四郎もまた清太郎に食って掛かるのを見て、源八郎は、おや、と思った。

 考えてみれば、この離れに無断で入れるわけもなく、であるならば誰かが手引きしたに違いない。


 《清さんの仕業か……》


 その結論に達するのに時間は必要なかった。

 じろりと清太郎を睨むも暖簾に腕押しである。


「俺は知らんぞ。自分で何とかしな」


「何だと! ……薪割りのオッサン! 先生って呼んでやるから、俺に剣を教えやがれ!」


 清太郎に突き放された金四郎は突っかかろうとしたが、開き直ったように源八郎に向かって再度弟子入りを頼み込んだ。

 だが、源八郎はその声を無視するかのように清太郎に食って掛かる。


「清さん! 先ほど役人から頼まれたのは一体何なのだ! これ以上関わってどうしようというのだ!」


「いやいや。頼まれたのは殴り込みの一件をなかったことにするってことで、弟子入りまでは知らねえよ」


 相変わらず飄々としている。

 源八郎はこの男に食って掛かったことがバカバカしく思えてきた。


「まあ、源さんが剣で鍛えてやれば、若様も大人しくお屋敷に戻るんじゃねえか?」


「若様って言うんじゃねえっ! 誰があんな家に戻るか!」


 清太郎の何気ない、そして余計な一言は大層金四郎の精神を逆撫でしたようであった。


 武家の、それも大身の家になればなるほど複雑な家族問題も起きるものである。武家の棟梁たる徳川家ですら跡継ぎ問題に関して順調であったわけではない。

 源八郎も山田浅右衛門家に既に組み込まれている立場なので、金四郎の世を拗ねた態度はわからなくもなかった。


 というよりは、こうして道場を飛び出してきている時点で全く同じ境遇といってよいかもしれない。

 清太郎たちが金四郎から詳しい身の上話を聞いたのは少し後のことであるが、金四郎の実父である当時公儀目付の遠山景晋は、義理の弟を養子にしていて、さらにその養子に金四郎を養子とさせていたのだ。


 こう述べただけではわかりにくいが、とにかく金四郎にとって実父は祖父と呼ぶ立場になり、義理の叔父が養父なのである。

 いくら武家にはよくある話とはいっても、子供の金四郎には耐えられなかったに違いない。結局家を飛び出して放蕩無頼な生活をしているというわけだ。


 源八郎は、細かな状況を抜きにして、目の前で肩を震わせている少年に同情する気になった。

 だが、自分も山田浅右衛門の名を継ぐ可能性のある立場の身、果たしてその任務に耐えられるか、世間の蔑みを一身に背負えるかという迷いもある。

 同病相哀れむことはできても、この少年の手助けなどできるだろうか、などと考えていた。


「……ははーん……」


 金四郎と源八郎の顔を見比べていた清太郎は何か思いついた表情になる。


「じゃあよ、若様が源さんから一本取ったら弟子入りってことでいいだろ?」


「は?」


「若様って呼ぶんじゃねえっ……って、いいのか!」


 意外というか、果たしてそう来たかとでもいうような清太郎の提案であった。

 一体何を考えているのか。源八郎がわかるくらいなら心の修行など必要もないだろう。


「清さん。それは困る。それがしは自分の修行で手一杯だ」


「だから、一本取られなきゃいい話だろ?」


「……それはそうなのだが……ん?」


 それは結局金四郎の相手をしなければならないということではないかと源八郎が気づいたときには遅かったようだ。


「よしっ! 絶対一本取ってやる! 金にもなるしな」


 金四郎はやる気満々であった。


「あ、あのな、お主……」


「金四郎でいいぜ」


「き、金四郎殿。拙者は弟子を取れる立場ではないが、気持ちはわかった。それより、金とは何だ? 見ての通り金子には縁のない浪人だが……」


「ああ、そのことな……」


 話を引き取ったのは、話をややこしくしている張本人の清太郎である。


「この若様、性懲りもなく夢屋に顔を出した思ったら、女衒の真似ゴトまではじめちまってな……」


「女衒?」


 源八郎は眉を顰める。

 女衒とは、遊郭などに遊女希望者を斡旋、仲介する職業である。はっきりいってしまえば人身売買だ。


「な、なんだよ……」


 源八郎に睨まれた気がした金四郎は思わず後退りしてしまう。


 源八郎は、特に金四郎を責めたりしたわけではない。

 この時代に生きている人間として、金のため、生きるために何でもするというのはわからないでもないからだ。

 それに、ここは岡場所。さもありなんというものだ。


 だが、気持ちが良いはずはなかった。


「奉行所を通じて釘を刺されたばかりだからな。俺らもこれ以上若様のご乱行に関わりたくはないんだが、追い返してもこの前と同じになっちまうし、他の店に話を持っていかれても、責任を負わされそうだしな。だったら、源さんに少しシゴいてもらって、悪さをする元気がなくなりゃ丸く収まるってモンだ。お殿様にも恩を売れるだろうしな」


「……それで、拙者から一本取ったら女を買う、と言ったのか……」


 源八郎は、何故先に事情を説明しないのか、とか、負けたらどうするのだ、などとは聞かなかった。

 短い付き合いだが、清太郎の答えはわかっている。


 そのほうが面白そうだから、に決まっていた。


 《……そういう事情なら、弟子云々も含めて、しばらく付き合っていればうやむやにできるとでも思ってるのか……どちらにしろ面倒なことだ……》


「ちょ、ちょっと待った! 金はほしいが、コイツは人助けだぜ!」


 源八郎の表情を非難めいたものに感じたのか、金四郎は慌てて自己弁護し出した。

 盗人にも三分の理、というが、源八郎は少し呆れる。


「……娘のほうはおつたが事情を聞いてる。仕方ねえ、コッチも話を聞いてやるか。」


 人の不幸話を暇潰しにするとはなんと不謹慎な、と源八郎は考えたが、言葉にはせず、クルリと振り向くとまた薪割りの仕事に戻った。


 《どうせ、なるようにしかならないのが人生だ。刀で解決できるなら拙者にも役目が回ってこよう。でなければこうして薪を割るしかない……》


 ここに来てから大分達観することを覚えた源八郎だったが、清太郎はその姿を見て意味ありげに笑い、金四郎はポカンとした表情になっていた。



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