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五 その少年、無頼につき

本日3話投稿します。

 


「浅右衛門が用心棒とな。これは愉快じゃ」


「真に。贅沢なことにございます。旗本、大名といえど叶いますまい」


「確かに。では、余の用心棒ならば引き受けてくれるかの?」


 将軍家慶はまだ触りの部分に大層ご満悦の様子であった。


「上様、安部様。御戯れを。若き日のことにございますれば、何卒お聞き逃しくだされませ」


「いやいや、本気じゃ。まっことそなたが浪人であるのが惜しいと思うておる。今からでも幕臣になるつもりはないか?」


「あいや、その件ばかりは。山田家は代々浪人の家系。今更それがしが背くわけにも参りませぬ」


 あくまでも真面目に答える吉昌だったが、聞いていた遠山景元は苦笑した。

 景元は聞き知っている。山田家が何故浪人であること貫いているのかを。


 無論代々の慣習も理由の一つではあろうが、浪人という、幕臣としての枷がないゆえの副収入があるからでもあった。

 山田家は御様御用(おためしごよう)として幕府から刀剣の試し斬りや打ち首の都度報酬を得てはいたが、刀剣の鑑定は幕府の依頼に留まらない。刀剣に興味のある大名旗本たちもこぞって山田家に鑑定を依頼するのだ。

 それだけではない。死罪になった罪人の遺体は優先的に山田家に下げ渡され、それを使い試し斬りの研鑽をしているのだが、自らが試し斬りをしたいという大名などは山田家から死体を買うことになる。

 他に、人間の死体から労咳に効くという丸薬も作っており、すべての収入を合わせると大名家に勝るとも劣らないという。

 それも自由な立場の浪人であるからできることなのだ。


「……惜しいのう……」


 そんな事情を知ってか知らずか、家慶は名残惜しそうである。

 だが、現在の眼目はそこではない。

 それはわかっているようで、家慶も出仕勧誘は諦めて話を元に戻す。


「……ならば、若いとはいえ浅右衛門が一本取られたという清太郎はどうであろう。存命か? どこぞに仕官しておるのか?」


 勧誘相手を変えただけであった。


「またそのような御戯れを……」


「しかし、この太平の世でそれほどの腕とは。一体何者でござりましょうな」


「伊勢、それを今聞いても興が醒めるであろう。のう、浅右衛門」


「は、これはシタリ……」


 家慶はせっかくの余興とでも思ったのか、慌てずに話を聞く体勢のようである。

 続きも気になるようではあるが。


「……ところで、景元の話はまだであるか?」


「は……それは……」


 遠山景元はこの期に及んで口を濁してしまった。

 もとより浅右衛門との共通の昔話をしていたわけであるからして、改めて催促されたところで進行に差し障りはないはずなのだが。


 今度は吉昌が苦笑する番である。


「……上様。遠山殿は、我らの昔話が上様に対して不敬となりかねぬか心配しておるのでございます。無論それがしもでござるが」


「昔話であろう? 構わぬ。余はそれほど狭い了見は持っておらぬぞ」


 吉昌の言い訳染みた前置きに家慶は鷹揚に答えるのだった。


「これはご無礼仕りました……では、先に申し上げてしまいますが、それがしが世話になっておりました私娼宿に乗り込んできたのが、他ならぬ遠山殿であったのです」


「なんと! 市井に身を置いていたとは聞いたが、無頼のような真似をのう……」


「……面目次第もございませぬ……」


 吉昌の予定より早い暴露に将軍家慶も驚いた。


 遠山は赤面すると頭を下げる。

 床几に座ったままだったのは、昔話ぐらいで家慶の不興を買うことはないとどこかで思っていたためかもしれない。


 その証拠に、家慶も正弘も驚きはしたものの、早く話の続きを、とでも言うかのように身を乗り出している。


 では、と吉昌が話を引き取る。

 景元自ら若き日の乱行を昔話として語らせるのはさすがに酷と感じたためであろう。


 時に遠山景元、十六歳の逸話である。



 ◇◇◇



「やいやいやい! この落とし前、どうつけやがる!」


 夢屋は、大抵の岡場所の店でも表口と店奥の間にちょっとした廻り廊下があったりして、突然の役人の手入れの時などに時間を稼げるようになっているが、ここは階段を使わないと出れない構造になっている。


 そんなお定まりの声が源八郎たちの耳に入ってきたのは二人が階段を下りているときであった。


「なんだ……ガキじゃねえか……」


 階段を降り、間口一間の表戸のほうを見ると数人の男たちが人の出入りを邪魔するように立っている。

 だが、一目でわかる、若い連中であった。

 年のころ十五・六の少年たち。着物は女物と見間違うばかりの派手なもの。元禄のころ、いや、それ以前に流行ったような旗本奴を彷彿とさせる。まさに歌舞伎の舞台だ。


「用心棒か!」


 少年たちも源八郎と清太郎の姿を目にした。

 大小を帯びた浪人の姿に、一斉に身構える。


「婆さん、何なんだ?」


 清太郎は少年たちの罵声を無視して、帳場横の見世(みせ。張り店とも呼ばれ、格子で囲い、遊女を座らせ、客引きさせたりする、通りに面した部屋)の隅で震えていた老婆、いわゆる遣り手婆あに説明を求めた。


「せ、清さん! 早く追っ払っておくれ!」


「だから、何があったんでえ」


「あ、あたしゃ知らないよ! まっ昼間っから、子供がこんなところに来るんじゃないって追い返したら、こんなに仲間連れてきて……」


「あ~、なるほど……」


 そばで聞いていた源八郎にも状況は理解できた。


「……世も末だな……」


「やいやい! サンピンの出る幕じゃねえ! ババア! 落とし前つけろいっ!」


「ヒッ!」


 ヤクザ者や酔っ払いどもの相手なら慣れていた遣り手の婆も、素面のまま向こう見ずな少年たちの恫喝にはさすがに恐怖を覚えるらしい。


「……おい、ガキども。ケガしねえうちに帰んな。ここは大人の遊び場だ。毛が生え揃ったら来るといい」


「何だと!」


 殴りこみだと聞いて、ヤクザ者同士の抗争(居続けの客がヤクザ者の場合、偶に帰り際を狙われることがある)かと思っていたらしい清太郎は、バカバカしいという表情を隠しもせずに少年たちを顧みて言い放った。


 清太郎の言葉は少年たちの憤らせる結果にしかならない。

 源八郎もわかるくらいなのだから、清太郎もわざと言ったのだろう。その意図まではわからなかったが。


 やはりというか、少年たちは懐から刃物、いわゆるドスを取り出す。

 こうなると、いくら少年とはいえヤクザ者と変わりがない。いや、怖いもの知らずなだけに一層始末が悪いかもしれなかった。


「……源さん。頼むよ」


 無数の刃物を見て清太郎の顔色が変わった。

 恐怖で蒼ざめたのではない。

 さらにバカバカしくなった、という表情であった。


「……拙者一人でか?」


 源八郎は一応確認する。


「あ、将来ウチの上客になるかもだ。命までは取らんでくれよ」


 清太郎はまともに答えない。

 だが、源八郎もそれ以上問答するつもりはなかった。


「……承知」


「ナメンな! どサンピン!」


 清太郎の態度に怒り極まった一人が刃物を振り回して源八郎に飛び掛ってきた。


「グフッ」


 左手をいつでも鯉口が切れるように刀の鍔にかけていた源八郎は、鞘ごと刀を腰から抜き出し、柄頭で少年の鳩尾を強打する。


 その少年は低い呻き声と共に崩れ落ちた。


「ヤロウッ!」


 仲間の身に何が起こったかわからない少年たちはさらに興奮し、怒りの形相で源八郎に向かってくる。

 幕府に公認されていない岡場所の私娼屋の入り口というのは狭いもので、大人数が立ち回りできるようにはなっていない。

 その点では、偶然でしかないが、少年たちの得物の選択は間違っていないと源八郎は苦笑する。


 源八郎も刀を抜いて振り回すことはできない。

 それは地の利だけでなく、居候先の大家の意向もあるのだが、少年たち相手に山田流の技で一刀両断したら、それこそ天下の恥であるのだ。


 無論、流派を名乗ったら、『首切り浅右衛門』の門弟であることを知られたら、さすがの向こう見ずの少年たちも恐れ戦いて逃げ出すやも知れぬが、恥の上塗りになるだけだと、刀を抜くことすら躊躇われる。


 よって、鞘に入ったままの刀を、杖術の要領で使うしかない状態なのだが、相手は剣の素人、それも一人ずつ飛びかかってくるので苦もなく急所に一撃して終わりになる。


 《……木刀でもあれば……ああ、今度は薪の一本でも持ってくるか……》


 無言で少年たちをあしらう源八郎は、実はそんなことを考えていた。

 その無言が少年たちに気味の悪さを感じさせる。


 人数が半分に減ったところで、残りの少年は店の外へと後退した。


 源八郎も、ゆっくりと後を追う。

 手にした刀、鞘に収められたままのものを再び腰に差す動作は、少年たちに言い知れぬ恐怖を与えただろう。

 少年たちは刃物を構えているものの及び腰になっていた。


「……そんなヘッピリ腰じゃ勝てねえぞ」


 清太郎も外に出てくる。

 戦うためではないようで、源八郎に気絶させられた少年たちを、後ろ襟を掴んで引きずり出しているところであった。


「お前らまで伸びちまったら、こいつら運ぶ人間がいなくなっちまう。そうなると役人を呼ぶしかないが……そうなるとコッチも面倒だ。どうだ? ここは痛み分けってことで終わりにしようや」


 店の中に倒れていた最後の一人を引きずり出したところで清太郎が源八郎を取り巻く少年たちに手打ちを持ちかけた。

 痛み分けとは随分都合のいい言い方だったが、役人と聞いて少年たちの顔色が変わる。


「あ、おい!」


 少年たちの中で一番威勢の良かった者が叫んだ。

 残った少年たちがいそいそと刃物を懐に仕舞いこみ、倒れている仲間の下に駆け寄ったからである。


 親分格、或いは兄貴格というのか、その少年は一人刃物を源八郎に向けて対峙したままであった。

 倒された少年たちは、清太郎に背中から活を入れられて意識を取り戻しつつある。


「……拙者も手伝おう……」


「おい! 逃げるのか!」


 この少年の言葉は、仲間の少年たちに向けられたものなのか、それとも清太郎の手伝いをしようと刃物を持ったままの少年に背を向けた源八郎に対してのものなのか、もしかすると少年自身わかっていなかったやも知れぬ。


「チクショウ!」


 仲間がバカにされたからと一緒に乗り込んできたのだが、その仲間たちは戦いの途中に戦意を無くし、その上敵に情けをかけられた。挙句、無防備に背中を向けた相手に切りかかることもできなかったのは、何とも情けない。

 そんな思いだったのだろう、その少年は刃物を放り出し、夢屋の表通りに座り込んでしまった。


「金四郎、もう帰ろうぜ」


「うるせえ!」


 やられた仲間に肩を貸した少年の一人が金四郎という少年に声をかけた。

 だが、金四郎少年は腕を組んだまま拒絶の声を上げる。


「おい、行こうぜ……」


 他の少年たちからそんな声が上がる。

 昼の岡場所とはいえ、人目がないわけではない。誰かが役人を呼んだかもしれないと、初めは無鉄砲に見えた少年たちも不安そうな表情になっていた。

 少年たちは、店の前に座り込む、仲間だった少年に後ろめたさ一杯の目を向けると、すごすごと夢屋から立ち去っていく。


「……おめえも帰りな」


 逃げ出した仲間には目もくれず座り込んだまま清太郎たちを睨む金四郎少年に、清太郎は、やさしくではないが、声をかけてやった。


「うるせえ! 煮るなと焼くなと、好きにしやがれってんだ!」


「あのな、ここに座ってられると商売の邪魔なんだ。座禅なら寺で組みな」


 金四郎少年の啖呵は清太郎にとって何の珍しさも感じられなかったようで、素気無くあしらわれるだけであった。


「役人でも何でも呼んで来いってんだ! どうした! 用心棒が偉そうにしやがって、刀も抜けねえのかよ! 竹光か!」


 少年も然る者、威勢だけは良かった。

 源八郎の実力はわかっているようで、捨て鉢といっていいかもしれない。


「…………」


 源八郎が、何故清太郎は何も言い返さないのか、と思っていると、その清太郎、無言のまま金四郎少年に近づき、座ったままの少年の顔をいきなり蹴り上げた。


「あ……」


 源八郎も唖然とした。

 蹴られた金四郎少年はもっとワケがわからなかっただろう。





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