二十一 黒幕の最期
2話目です。
「クソ……やはり爆破するしかないか……だが、人目を引いては……」
「探しモンかい? こいつのことか?」
「うっ!」
清太郎はある人物に後ろから声をかけた。
手の平の上で南蛮錠の鍵をポンポン放り上げながら。
清太郎の登場に驚いて振り向いた人物こそ、今回の一連の事件の真の黒幕、長崎屋徳兵衛及び旗本田中又兵衛の身分で闇に潜んでいた元忍びの組頭であった。
なるほど。今は旗本らしい身なりである。
「やはりあれしきの爆発では足止めにもならなかったか……清太郎……よくぞワシの後ろを取った。精進したようだの」
「違うさ。欲に目が眩んだ時点で周りが見えなくなっただけだろ。ま、とにかく、これでアンタは死んだことになる。諦めて捕まってくれねえか」
清太郎の言っているのは、声をかけずに斬ることもできた、ここでは命を取らないから大人しく投降しろ、ということだ。
だが、組頭は不敵に笑う。
「冗談は止せ。誰がお前を育てたと思っている」
「そりゃアンタだけど……まあ、だから俺が斬らなきゃとは思ってるさ……」
「小癪な……そのふざけた性格はまだ直らんのか……」
「悪かったな。ふざけついでに聞いておこうか」
「……なんだ」
「その祭壇の裏に隠し蔵があるのか?」
祭壇。
そう、ここは浅草にあるオシラさまの道場であった。
良吉による一連の事件が明らかになったとき、当然町奉行所もここを捜索し、青木数馬の死体や家臣たち、道場関係者を召し捕って行っている。無論矢坂のお目こぼしのあったあやめとお雪は例外としてだが。
その後は長崎屋がかどわかしと人身売買の容疑で身代を押さえられ、逃げた長崎屋徳兵衛の行方を追うと共に、すでに売られたと考えられる娘たちの行方も調べなければならない状況であった。
結果既に手入れを受けたこの道場はまさかの盲点となっていて、誰も気に留めるものは無かったのである。
それに気付いた清太郎の勘は正しかった。
こうして、ついに組頭の姿を捉えることができたのだ。
その組頭は祭壇を横にずらし、隙間で懸命に作業をしているところであった。
清太郎の推測によると、隠し蔵が有り、祈祷や人身売買で手に入れた金子、ことによると、長崎屋の財産も一緒に隠してあるかもとのことである。
良吉が死ぬまで離さなかった南蛮錠の鍵を見た清太郎は、この道場に間違いないと確信したのであった。
清太郎に真実を見抜かれた組頭はあっさりと認める。
「……そうだ。だが、この金子は清太郎、お前のものだ!」
「なんだそりゃ? いまさら仲間に引き入れようってのか? 願い下げだぜ。なんたって俺にはもう仲間がいるからよ。よう! 源さん、金四郎! もういいぜ!」
相手は忍びの達人、気配で気付かれて逃げられたらまずいと、二人を外に残してきたのだが、こうして話に乗ってくるところを見て、もうその心配はないと清太郎は大声で二人を呼んだ。
「それは違うぞ! この大月兵衛、私利私欲で金子を集めていたのではないわ!」
清太郎の発言を強く否定し始める組頭。
だが、さすがというか、清太郎の反応も常軌を逸している。
「大月兵衛? それが組頭の名前か? 初めて聞いたぜ。それとも何番目かの名前かい?」
「ふざけるのは止せ! いいか清太郎―――」
「清さん、どうなっておる?」
「さあ?」
源八郎と金四郎が道場内に入ってきたとき、組頭こと大月兵衛は熱弁の最中であった。
「――お前に清太郎と名づけたのはワシだ! 嫡流ではないが『太郎』の二文字を入れたのは、お前こそ近江大室藩三万石を継ぐにふさわしいと思ったからこそなのだ! この金子は、お家再興の軍資金なのだ!」
「あーあ、バラしやがって……」
「近江大室……確か数年前改易になった……」
「へえ? おっさん、そこの若様かよ」
「まあな……貧乏は変わりなかったがよ……」
「そこの浪人二人も、お家再興のあかつきには家臣として召抱えるぞ」
大月兵衛は、清太郎たちにのんきな会話を無視して、とうとう二人の勧誘まで始めてしまった。
精神状態が尋常ではないと三人は感じている。
「ま、夢物語はここで仕舞いだ。一緒に来てもらうぜ」
「せっかくに良い儲け口を潰しおって……計画を立て直さねば……いや! 清太郎! お前さえいればお家再興はまだ叶う!」
「冗談言うな。金があったって、どうやって国を買うつもりだ?」
「幕閣に働きかけるのよ。今の老中たちは腑抜け揃い。賂に涎を垂らす俗物どもの集まりだ。きっとワシの話に乗る」
「バカ言うな。せっかく苦労して減らした大名をまた増やそうとするバカに老中なんて務まるワケねえだろ」
清太郎の物言いは身も蓋も無かった。
だが、その理屈は精神の高ぶっている大月兵衛にも通じたようである。
そして、どうあっても清太郎が自分の計画に加担しないこともわかったようだ。
「フフフ……では致し方ない。ならば、我が大室藩を取り潰した幕府に仇をなしてくれるわ!」
「おっと、やっと悪役らしくなったな。で、どうするつもりだ?」
「知れたこと! 我が薬活の効果のほどを見せてくれる! 万の軍勢を作り上げて一気に江戸城を落とすもよし。殿中で老中同士に殺し合いをさせ、譜代大名を徳川から離反させるもよしだ。さすれば外様大名どもが勝手に戦さを始めてくれることだろうよ」
誇大妄想も甚だしかったが、実際に薬の効果を知っている三人には笑うこともできなかった。
自然腰の刀に手がかかる。
「……組頭、いや、今は大月兵衛だったか。やっぱりアンタはここで死んでもらう」
まず清太郎が刀を抜いた。
いつもからは考えられないことだと、源八郎と金四郎は、目の前でブツブツと倒幕計画に関して呟き続ける人物の力量も尋常でないことを察する。
気を引き締めながら、遅れて刀を抜いた。
「ん? お家再興を志さぬというのなら、お前こそ用済みだ。清太郎!」
「その調子で一体何人殺した!」
清太郎が斬りかかった。
だが、大月は刀も抜かず、軽く動いただけでかわすのであった。
「知らんな。使えぬ者など屑に等しいわ」
「てめえ!」
清太郎がかわされたのを見て、金四郎が突っ込んでいく。
だが、これもまた大月によってかわされた。
金四郎は大月に横から押され、祭壇にぶつかって引っくり返ってしまう。
「金四郎! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫だ……このやろう!」
すぐに起き上がり刀を振るうが、いくら軽傷とはいえ昨日の今日で同じところを強打してしまっては肩の傷が痛み、まともに剣に力が入らないようで、大月によってすべて体術のみで簡単にかわし続けられる。
清太郎も再び斬りかかった。
道場といっても剣術の道場ではないので、限られた広さである。
大月はそれを上手く利用し、自分は壁際に下がらずに、また、清太郎と金四郎の剣は柱や祭壇が邪魔で振り切れないように誘導していた。
まるで稽古のような戦いが続く。
《落ち着け……動きを良く見るのだ……》
金四郎の負傷の影響が思ったより大きいとわかったとき、助けに飛び出しかけた源八郎だったが、辛うじてその衝動に自制をかけていた。
源八郎は、大月の動きを見ながらあることを思い出している。
それは大川端で初めて清太郎と対峙した時のこと、そして、自身は記憶が無かったが、金四郎から聞いた、この道場前での一戦のことであった。
二度とも源八郎は清太郎に一本取られている。
そして、その技とは、今大月が見せている体捌きに他ならない。
源八郎を負かした清太郎が翻弄されているのは同門であるからである。いや、清太郎にとっては剣の師匠なのだろう。手の内は知られている。
金四郎の剣はまだ未熟。それに、育ての親を清太郎に斬らせるのも忍びない。ならば自分が斬らなくてどうするのだと、懸命に大月の動きを見切ろうとしていた。
「ふん、一人は腑抜けか……そろそろ飽いた。終わりにしよう」
二人の剣をかわしてばかりだった大月はついに刀を抜く。
「まてっ!」
それを見た源八郎もとうとう前に進み出た。
邪魔になると瞬時で判断した清太郎と金四郎は攻撃を止め、せめて退路を断とうと大月の左右に展開する。
「何だ、腑抜けから斬られたいのか?」
「……浪人、三輪源八郎、お相手いたす……」
八相に構えた源八郎は大月の正面に立った。
大月が正眼の構えを取ると、源八郎は火の位、上段に構え直す。いや、上段どころではない。剣先が尻に付かんばかりに振りかぶったのだ。
実戦では考えられない構えに、大月は侮蔑の表情を浮かべる。
だが、それも束の間、道場の中は緊迫した空気が漂い始めた。
源八郎はその構えのまま、摺り足でジリジリと大月に近づいていく。
「ふ、ふざけおって……」
確かに構えはふざけて見えたかもしれない。
だが、源八郎の気迫は大月を圧倒していた。
知らず知らず大月が後退しているのだ。
清太郎も金四郎も横から逃げ出さないように、大月を壁の方に追い詰めていく。
「く、クッ……」
大月は、忍びの組頭として実戦の修羅場は人より多く潜ってきたと自負していたことであろう。
だが、いかに忍びだとて今は太平の世の中。
誰がこれほどの剣気に耐えられるのだろうか。
それほど源八郎は凄まじい殺気を放っていたのだ。
一体どれほどの時間が過ぎたことか。後ろの壁との距離すらわからなくなっていた大月は精神的にも追い詰められる。
唯一の勝機は、間合いであった。
源八郎より小さく早く振りかぶれば勝てる。
そう大月兵衛は考えたことだろう。
「えいっ!」
据え物斬りの折、いつも源八郎が出す掛け声が道場内に響く。
大月の剣先が動いた瞬間、源八郎が思いっきり剣を振り下ろした。
宮本武蔵著・五輪の書にも出てくる体々の先。
さすがに修羅場を潜ってきただけのことはあって、大月は源八郎の剣速が自分のものより早いと瞬時に判断する。
振り上げた剣を斜め上に構えて防御に移行した。
普通ならこれで受け止められるはずだ。
そのはずだった。
仮に清太郎、或いは金四郎の剣だとしたら間違いなく、難なく受け止められていたことであろう。
だがこの場合、勘の良さと、源八郎が素性を隠していたのが大月にとっての災いとなる。
据え物斬りの大家、山田浅右衛門門下の剣は、大月の剣を折った。いや、斬り落としたのであった。
そのまま顔面を斬り裂き、右腕を落とす。
哀れ、稀代の薬活術士、大月兵衛は呻くこともなく、ぐらりと倒れた。
「源さん!」
「先生! すげえぜ!」
二人が駆け寄る。
源八郎は緊張の糸が切れてしまったのか、尻餅をつくように座り込んでいた。
「……いや、紙一重であった。もしこの男が構えを解かずに斬りかかってきていたら、良くて相打ちであった。それに、お主らがいたから追い詰められたのだ。拙者一人で勝ったわけではない。残心もままならぬ。まだまだ未熟だな……」
「相変わらず固えなあ。ま、それが源さんのいいトコなんだけどな。立てるかい?」
「ああ……しかしこれで……」
源八郎は立ち上がりつつ、目の前に倒れている大月を見やった。
「ああ。全部片付いた……」
「なあ、おっさん! 蔵の中見てみようぜ!」
金四郎がのんきなことを言い出した。
だが、清太郎はもっととんでもない発言をする。
「おう、そうだな。どうせお上が全部持っていくんだ。少しばかり頂戴して帰ろうや。今回はただ働きが過ぎたぜ」
「お、おい……」
源八郎に止める気力は無かった。
やれやれという表情で、二人がはしゃいでいる姿を黙って見ている。
ついに事件にケリがついた。そう思うだけで今は満足であった。
次が最終話です。




