十六 対峙
2話あります。
「おっさん! 見つけたぜ!」
「俺はまだ二十五なんだがな……」
夢屋に駆け込んできたのは金四郎であった。
源八郎がオシラさまの祈祷所に乗り込んでから二日後のことである。
清太郎が夢屋から動けないのは、いつ良吉や青木たちがあやめを取り戻しに来るかわからないからである。
それを知っている金四郎はたった一人で、奉行所の同心たちには負けられないとばかりに江戸中を走り回っていたのだ。
「それで、どこに?」
いつもどおり離れの縁側に寝そべり、キセルを銜えたまま清太郎が聞いたのは、オシラさまの祈祷にのめり込み、行方不明になっている者たちの消息である。
「長崎屋だ!」
「長崎屋ってえと……日本橋の廻船問屋かい? 何だってそんなとこに……」
「知らねえよ! 青木のヤロー張ってたら、品川の蔵街に行くじゃねえか。奉行所の連中も品川から先までは追っていかねえだろうから、コイツはクセえと思って尾行てみたんだよ。そしたら人気のねえ蔵に入りやがって、裏から様子窺ってみるとよ、声が聞こえんだよ、女の。それも一人や二人じゃねえ。ありゃ間違えねえ、監禁されてるな」
「その蔵が長崎屋の持ち物だと?」
「ああ。かどわかしにしちゃ身の代もせしめるつもりもなさそうだから、船でどこかに売っちまう気じゃねえか」
「閉じ込められてんのは女だけかい?」
「そりゃ見てねえからわかんねえケドよ、売るなら女に限るだろ?」
「ふーん……じゃあ、男衆はどこ行っちまったんだろうな……おい、行方知れずの連中の名前、全部わかるか?」
「へっ、当たりめえよ!」
金四郎は、腰にぶら下げていた煙草入れ――粋を気取っているだけで、中は矢立てなどを入れている――から帳面を取り出した。
「えーとな、まず猪川町の小間物屋親子三人だろ。それから――」
金四郎が読み上げたのは、最近まで奉行所も把握していなかった、届出がなされていない行方不明者である。
家族全員が五組十六人、姉妹二人暮しが二組四人、残りは一人暮らしの者が九人の総勢二十九人。
「……んー……そりゃ、どれも若い娘が絡んでんじゃねえか?」
「えーと……ああっ! ホントだ!」
金四郎は自分で書いた帳面を見直して清太郎の指摘を肯定した。
一人暮らしの娘だけだったらすぐにわかったことだったろうが、家族揃っての失踪につい惑わされていた。
確かに若い娘がいる一家だけが狙われたようだ。
これで相手の意図が判明した。
「ってこたあ、連中、祈祷所に来た若い女を片っ端から攫ってやがるのか! とんでもねえぜ!」
「ああ。しかし片っ端からじゃねえぜ。フイといなくなっても誰も騒がねえようなのを狙ってだ。家人諸共ってのは驚きだがな」
「考えやがったな……」
これでやっと一歩前進したはずなのだが、先はまだまだ長いと感じざるを得ない状況である。
「で、どうするよ。助けに行くか?」
「俺はまだここから動けねえ」
「じゃ、どうするんだよ。三十人だぞ」
「……行方知れずが始まったのはいつからだ?」
「ん? そうだな、半年前からだな」
「……まあ、そんなとこだろうな。あやめも、去年から江戸に来たって言うし……」
「それがどうした?」
「考えてもみろ。半年も蔵に閉じ込めておくヤツがあるか?」
「えーと……」
「だからな、半年も前にさらったんなら、とっくに売られちまってるさ」
「あ……」
「んで、余計な男親なんかは始末されてんじゃねえか」
「ちくしょう! だったら尚更じゃねえか! 今閉じ込められてる連中早く出してやんねえと!」
「だから、まあ待て」
「何でだよっ!」
「そいつは奉行所に任せようや。品川なら道中奉行に一言通達すりゃ町奉行の方が早え。おめえ、後で北町に投げ文して来い」
「冗談じゃねえ! 誰が奉行所の手なんか借りるか!」
「そうは言うがな、明日は源さんが祈祷を受ける日だ。何か起きるに違えねえ」
「……先生から連絡があったのか?」
「……ちっ、俺はおっさんで、源さんは先生かよ……まあいい。昨日な。俺は動けねえから代わりのモンに繋ぎしてもらった」
「そうか……明日か……」
「そういうことだ。今度は俺も乗り込むぜ。金四郎、おめえはどうする? 命が惜しかったら、ここで嬢ちゃんの御守でもしてていいぜ」
「冗談言うな! 今更ケツ捲れるかってんでい!」
これで当面の作戦が決まった。
だが、肝心の決定的な証拠は当日の成り行き任せなのが心配といっていい。随分乱暴な作戦もあったものである。
ついに源八郎の祈祷の日がやってくる。
奉行所には、不確実だが、匿名の手紙で事件のあらましと娘たちの監禁場所を知らせておいた。
向こうでも裏が取れたら今日にでも動いてくれると期待している。
その期待を計算に入れて、清太郎と金四郎は朝から動き始めていた。何故か、あやめの姿もある。
「いいのかい? 下手したらおめえの身も危ねえぜ」
「覚悟はできています。おっかさんさえ助かれば……」
「そうか……すまなかったな、結局殺し屋は紹介できなくてよ」
「いいんです。それより、娘の私が知らなかったこと調べてくれて、兄がかどわかしなんて恐ろしいことしてたなんてわかったら私も黙って待ってられません」
「そうかい……じゃあまあ、ケガしねえようにしててくんな」
「はい」
三人は浅草寺の前を通り過ぎる。
清太郎はいつもどおり着流しに一本差し、金四郎は派手な羽織を引っ掛けている。この妙な男二人の間に町娘が一人というのはいささか人目を引きそうだ。
「なあ、おっさん。ゆんべ、薬屋が来てたろ。何買ってたんだ?」
「ああ、あれか。妖刀の解毒剤だ」
「なんだそりゃ?」
「俺の心配が当たってりゃもうすぐわかるさ……」
決戦前だというのに、相変わらず掴み所のない清太郎であった。
拍子抜けしたようになった金四郎だが、歩みを止めたわけでもなく、まもなく一行は目的地に到着する。
幔幕の間から、問題の道場とやらが見えた。
「あ、あそこです……」
一年の間兄に閉じ込められていたような場所をあやめは指差さす。心なしか震えているようであった。
「そうか。なら源さんが妖刀に取り憑かれる前に乗り込むか」
「妖刀って、偽モンだって先生言ってたろ? あっ、おい!」
金四郎が清太郎の言葉の真意を確かめようとすると、その清太郎は既に道場入り口に近づいていた。
「何だ! ここは賭場じゃない――グッ」
白羽織の門番が清太郎の身なりを見て無頼の浪人と思ったのは正当であり、追い返そうとしたのも当然なのだが、ヘラヘラと笑いながら近づいた清太郎にいきなり当身を食らわされ崩れ落ちてしまう。
「嬢ちゃん、縄」
「は、はい!」
あやめは風呂敷包みを抱えていた。
そこから小分けにされた荒縄の束を取り出すと清太郎に急いで渡す。
「……目ぇ覚まされると面倒だからな……」
白昼堂々人を斬るわけにもいかないとこんなまだるっこしい手に出たわけだろうが、それでも充分荒っぽいやり方であった。
金四郎も手伝い、門番は拘束される。
「さて、残りは何人かな……」
幔幕の切れ目から道場に続く小道を覗いた。
幸い、朝早かったからか、他に人影はない。
三人は躊躇なく幔幕の中に足を踏み入れた。
「誰だ!」
小道の中ほどに来ると、幔幕の四方で見張りをしていた白羽織たちの目に留まる。
二人ほど慌てて駆け寄ってきた。手には六尺棒を持っている。
「金四郎、一人は任せる。殺すな。嬢ちゃんはここを動くなよ」
「おう! 任せとけ!」
「はい!」
清太郎と金四郎は左右に分かれる。
殺すつもりはないが、金四郎は刀を抜いた。さすがに長物を持った相手を素手で制圧できると考えるほど自惚れてはいないようである。
対して清太郎は、やはり刀を抜かない。
「コイツ!」
「ちょっと眠ってもらうぜ」
白羽織が両手で六尺棒を握っているのを見てとり、清太郎は片手でその六尺棒の中心あたりを掴んだ。
そのまま前に引き寄せたかと思うと、自分はすかさず白羽織の背後に回りこみ、もう片方の腕を相手首に回すと、一瞬で絞め落としてしまう。
なんとも見事な手際であった。
「金四郎! さっさと片付けろ! 新手が来るぞ!」
「わ、わかってらい!」
清太郎の催促は遅かったようで、金四郎が相手をしていた白羽織は盛んに『出会え! 出会え!』と叫んでいたため、道場の裏の方から、中からぞろぞろと武器を手にした白羽織たちが集まってきた。
その数約十人。
「おりゃ!」
金四郎はようやく一人目の白羽織を打ち倒す。無論峰打ちだ。
自分の役目を弁えたあやめがすかさず駆け寄り、ぎこちない手つきで縛り上げている。
「気をつけろ!」
清太郎は既に多数を相手にしていた。
先ほどの相手から取り上げた六尺棒を振り回し、的確に相手の急所を狙い撃ちする。既に三人は倒していた。
「何だよ。おっさんもやるじゃねえか。ま、先生の居候先の用心棒なんだから当たりめえか……おっと! 姉さん、気をつけな!」
自分がまだまだ未熟であることを思い知らされた金四郎は、それでも源八郎に追いつくためにと剣を振るう。
清太郎の倒した白羽織を縛り上げようとしていたあやめが、他の白羽織たちに襲われそうになっていた。
金四郎がちょうどあやめの方を向いていた男の首筋を刀の峰で強打する。この場合卑怯と呼ぶ必要はあるまい。
いや、清太郎にすれば、殺し屋稼業の人間からすればだが、今回の仕事はあまりにバカ正直過ぎるといえるだろう。
金四郎も、何となく乱戦のコツがわかってきたらしく、あやめを庇うどころか囮にしたような形で、近づく白羽織を次々と倒していった。
最後の一人を清太郎が相手していたとき、建物入り口から一人の浪人が現れる。
「お! 先生! 加勢に来たのか? 遅いよ。もうあらかた終わっちまったぜ――」
「金四郎! あぶねえ!」
「え? うゎちっ!」
その男は金四郎が声をかけたとおり源八郎であった。
だが、加勢のためと当然思われた、既に抜かれた刀は、無言のまま金四郎に向けられていたのである。
清太郎が叫ばなければ、間に合わなかったかもしれない。
振り下ろされた源八郎の刃は金四郎の右肩を掠めた。鮮血が迸る。
「源八郎さま!」
あやめは兄が作っているという妖刀のことを連想する。
それもそのはず、源八郎が正気だとは思えなかった。
目はうつろで焦点が定まらず、聞き取れないが何かブツブツと呟いているのも見る者に戦慄を覚えさせる。
だが、金四郎を敵と間違いなく認識しているようで、すぐさま斬りかかってきた。
金四郎は何とか刀で受け止める。
「金四郎! 大丈夫か!」
「だっ、大丈夫! 掠り傷だ! おい! 先生! どうしたんだよ!」
その言葉は強がりではないようで、しっかりと両手で刀を握っていた。
どうやら骨や筋までは斬られていないとホッとしながら、清太郎は二人の下に駆け寄る。
「源さん! 目ぇさましな!」
清太郎は二人の間に割り込むようにして六尺棒を振るう。
激しい音と共に源八郎と金四郎の鍔迫り合いしている刀が打ち払われた。
源八郎はそのうつろな表情からは考えられないほど速やかに刀を引く。
だが、それは戦意を喪失したのではない。すかさず相手を金四郎から清太郎に変えたのであった。
武芸者の本能というものであろうか、より強い相手を求めるように。
「源さん! ……ダメか……」
清太郎が何度か呼びかけたが、一向に反応は変わらない。
それどころか、剣の勢いが増してくるようであった。
「おっと……」
ついに清太郎の持っている六尺棒が両断される。
さすがは源さん、そう清太郎は感心してしまった。
「おっさん!」
「清太郎さん!」
二人の戦いを見守っている金四郎とあやめは、どうすることもできないのかと絶望感に支配された。
「二人とも、落ち着け」
一人清太郎は笑いを浮かべる。
役に立たなくなった六尺棒の切れ端を投げ捨てると、腰に手をかけた。
「た、竹光じゃあねえのか……」
かなり間抜けな金四郎の感想であったが、ついに清太郎が刀を抜いたのだ。
大川端で源八郎と初めて会った時、刀を向けられても清太郎は自分の刀を抜かなかったし、夢屋の用心棒稼業でも一度たりとも刀を抜いてはいなかった。
金四郎はおろか、源八郎でさえ清太郎の刀は竹光ではないかと疑っていたものである。
しかし、正気ではないが、いや、だからこそ手加減もできそうにない源八郎を相手にしては抜かざるを得ないということなのだろう。
「いくぜ、源さん……」
清太郎は少し前かがみになり、正眼(中段)の構えを取った。
金四郎は思わずゴクリと喉を鳴らす。




