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十四 対策

2話あります。

 

「それで何かわかったのか?」


「は。浅草の辰三に近づいていたのは旗本小普請、青木数馬にございます」


 新たな辻斬り事件が起こってから三日目、北町奉行所与力・矢坂彦十郎が上司である北町奉行・小田桐土佐守の役宅を訪れていた。

 時刻は既に深夜。

 上司を訪ねるには非常識かと思われるが、奉行は全く気に留めぬ様子である。とうに還暦を過ぎた、ご老体と呼べる年齢なのだが、居住いは若々しく、報告を待ち侘びていたと言わんばかりに袴姿のままであった。


 部下への破格の待遇の理由は、矢坂が小田桐家直属の家臣、内与力だから、ということもあるのだが、裏の仕事も担当させているからである。

 この日も矢坂は清太郎から事件の報告を受けていたため、こんな時間になってしまったのだ。そして、清太郎の存在も奉行の知るところなのだ。

 いや、小田桐土佐守こそ清太郎の真の雇い主といってよい。矢坂は軽々に表に出られないお奉行サマのお遣いに過ぎないのだ。

 よって、夢屋にあやめなる娘が匿われていることも、浅草で妖しげな道場を開いている祈祷師の件も奉行の知るところなのだが、公的な捕り物にするかどうかは小田桐の腹一つなのである。


「青木……青木といえば、あの一件の……」


「は。調べによりますと、数馬の父、青木重隆は猟官が派手すぎて上役たちの不興を買い切腹致しております。名目は行状に難有りということで、家督だけは保てたようですが」


「ふむ……城では賄賂が公然と横行しておるというのにバカバカしい一件であったな」


「殿。左様な言はお控えられたがよいかと……」


「構わぬ。奉行所内に忍び込んで来られる剛の者がおれば手の内に加えたいものじゃ」


「殿……」


「で? 青木のせがれは逆恨みでもして悪事に手を出しておるのか?」


「悪事というか……恐れながら確証はまだございませぬ。何しろ妖刀を使って辻斬りを誘発させたなど前代未聞でございますから……」


「確かにの。妖しげな祈祷師とて寺社方の管轄であるからして、取り調べるにも了解を得ねばならぬしの……」


「全くで……」


「行方が知れぬ者のほうはどうじゃ?」


「は。調べると、これが思ったより多く、少なくとも三十名ほどになるかと」


「三十名! それが今まで噂にもならなかったと言うのか!」


「は。それが、いずれも一家揃って消える例が多く、周囲からは夜逃げと思われていた由にございます。他には一人暮らしの者も多く、奉行所や番所に届けられた件はございませんでした」


「これが一人の者の企みだとすれば周到なことじゃな」


「恐れ入ります……」


 矢坂は、奉行が部下の失態だと考えていない、と受け取り頭を下げる。

 事実、あやめが夢屋に転がり込んでこなければ、一連の辻斬り事件も個別のものとして扱われていただろう。

 それほど不可解な事件なのだ。


「……では、祈祷師の方は行方不明者の探索ということで寺社方に話を付けておこう」


「お目付様には……」


 矢坂が確認する。

 黒幕が旗本だという確証を得られたら町奉行の出る幕はないのだ。


「……幕府の威信に関わる。これ以上恥を曝すわけにもいくまい……」


「は。そのように計らいまする」


 奉行の言葉は裏で処理せよ、ということであった。


「それにしても……清太郎のもとにおるのは、あの遠山殿のせがれだそうではないか。妙な符合よの」


「いかにも」


 当時、金四郎の実父遠山景晋は目付の職にあった。

 本来ならばこの手の探索は目付が担当して然るべきものなのだ。


「父に代わり悪人を討つ、か。ひょっとするとそのせがれ、将来は町奉行になるかもしれんな」


「ご冗談を。かなりの無頼と聞いております」


 矢坂は笑って否定したが、小田桐土佐守は先見の明があると言ってよい。


「もう一人おると聞いたが?」


「はあ。かなり腕の立つ浪人者らしいのですが、清太郎も詳しいことは知らぬようで」


 源八郎の正体は矢坂にも知られていないようであった。

 これは清太郎の源八郎に対する好意なのか、或いは本気で知らなかったのか。飄々とした態度からは判別できない。


 既に事件発覚から数日経過している。

 北町奉行と与力は深夜にもかかわらず今後の対策を練り続けるのであった。


 ◇◇◇


 そのころ夢屋でも男三人が清太郎を中心に、主にあやめの依頼を果たすために、母親が祈祷師をしているというオシラさまの道場への対策会議を行っていた。


 金四郎の報告を聞いて源八郎は渋い表情になる。


「後ろ盾が青木という旗本だということはわかったが、本当に妖刀を生み出させているのだろうか……いや、そもそも何の目的があるのか?」


 未だに、いや、清太郎が奉行所を通じて手に入れた辻斬りに使用された刀を二本とも調べた後では、ますます源八郎は妖刀の存在が信じられなくなっている。

 試しにと、金四郎や夢屋の下男たちに持たせてみても特に異常はなかった。

 結論として、この二本の刀は妖刀ではないとして奉行所に戻されたが、それは謎を一層膨らませるものである。


 あやめの目撃を信じれば、確かに辻斬りにはあやめの兄、良吉が絡んでいる。ひいてはその後ろ盾の青木もだが、その方法と目的がわからない。

 ということで源八郎はあやめの兄を亡き者にして事件を収束させるというやり方には消極的な立場を取る。

 確かに、母親を担いで妙な信心ごとを流行らせるのはけしからぬことだとは思うが、何か他に方法はないかと清太郎に訴えているところだ。


「……難しいな。良吉もおっかさんも騙されてるってハッキリすりゃ、お上にだって情けはかけてもらえるんだろうが……」


「祈祷のほうは良吉が仕切ってるみたいだぜ。青木って旗本は刀を持ってくる時だけ道場にくるらしい」


 清太郎が意見を求めるように金四郎に目をやると、そうと承知した金四郎は聞き込みで得てきた情報からかなり核心を突いた答えを口にする。

 金四郎の情報収集能力と分析能力に源八郎は舌を巻いた。


 いや、感心している場合ではないと言い聞かせる。


「き、祈祷のほうは、やはり人々を騙し金子を巻き上げているのであろうか?」


「さあな。どっちにしろ寺社奉行の許可なんぞあるわけがねえ。俺もマジナイなんて信じてねえし。本格的に寺社方の手が入ったら間違いなく咎有りとされちまうだろうな」


「それではあやめ殿のご母堂が……」


「……一番の罪になるだろうぜ……」


 それを回避するためにあやめは苦界に身を落とそうとしてまでここにいるのだ。

 寺社奉行所が本気で動くまでに片を付けなければならない。


 しかし、どうすれば……

 源八郎は我がことのように焦る。


「問題なのは、消えた連中のこった……」


 ここ夢屋の離れでも、北町奉行小田桐土佐守主従の秘密会議で議題に上った問題に辿り着いたようだ。


 あやめは妖刀作りの生贄になったと信じているようだが、源八郎は刀の専門家として言下に否定する。

 清太郎も、そもそも呪いを信じていないのだから同様であった。

 無論、祈祷師側が本気で呪術なんぞを信じているのならありえないことではないのだろうが、金や旗本が絡んでいることなど、胡散臭いことこの上ないのでどうにもその線は疑ってかかるべきかと思われている。


 では、考えられるのは何か。

 妖刀かどうかはともかく、刀が関わっているのは間違いないようであるからして、試し斬りの犠牲になった可能性は充分あった。

 その点は、山田浅右衛門家門下の源八郎も有用性のほどを認めている。


 そして、試し斬りがあったとすれば、素人がした場合、多くの刀は使い物にならなくなってしまう。だからこれまで辻斬りを起こした者の差し料が変わったと考えても充分合理的であるのだった。

 あやめの想像も、表現こそなにやら呪術めいているが、当たらずとも遠からずなのである。


「それが事実だとすれば由々しき事態だ……」


 あやめが、実兄を殺してまで母親をおぞましい世界から救いたいと考えるのも頷けると一同は考える。


「しかし、証拠がねえ」


「ここで考えてばかりいてもなあ」


 清太郎と金四郎は同じような口調で事件の不透明さをぼやいていた。


「……そうだな、いっそ道場に乗り込んでみるか」


「殴りこみか? いいぜ、付き合ってやる」


「おい、二人ともどうしてそう物騒なことを」


「いやいや。そうじゃねえよ。祈祷してもらいにだよ」


 清太郎はここで潜入調査を提案してきた。

 確かに、事ここに至ってはそれしか方法がないかもしれない。


「祈祷……といっても、一体誰が?」


「そりゃ、源さんしかいねえだろ」


「拙者が?」


「金四郎はここんとこ道場の周りをウロチョロしてたのは向こうもお見通しだろうし、俺は夢屋の関係者だとすぐにバレるだろうしな」


「な、なら拙者も同じであろう」


「源さんはまだ日が浅え。馴染みの客だって顔も名前も知らねえだろうよ。女たちにゃ口止めしときゃいいさ」


「し、しかし、辰三とやらの一件で手下どもは拙者の顔を見たであろう。もし祈祷所の連中と繋がりがあるとすれば……」


「ああ、そりゃ心配ねえ。辰三が殺られた件のお取調べで、あの一家は今みんな奉行所に引っ張られてる。それに、悩みがあって祈祷に行くなんて、源さんにぴったりだろ?」


「せ、清さん……」


 やはり何もかも見抜かれている。

 そう源八郎は考えた。


「へ? 先生に悩みなんてあるんですかい?」


「金四郎。だから先生と呼ぶな。拙者は人にものを教えられる立場ではないのだ……ええい! 致し方ない! 言われたとおりにしよう! で? 具体的にはどうすれば?」


 あやめの覚悟を知っている源八郎は、己の境遇を顧みて何もしないではいられないと発奮する。


「そうだな、そいつはこれから慎重に考えようや……」


 新たに、潜入調査に関しての対策が練られることとなった。


 まずはあやめからの情報が再度吟味される。

 母親であるお雪は武州にいたころから祈祷を日常行っていたそうで、やり方として相談者の悩みを聞き、自家製の薬草を飲ませていたようである。

 娘のあやめですら不思議に思ったそうだが、身体の具合が悪いというのなら薬草が功を奏したと解しても良いのかもしれないが、それ以外の悩み、金銭などの物質的なことまで祈祷と薬草で解決していたらしい。

 無論金子が宙から湧いてくるわけではなく、悩んでいるという気持ちが心から消えてなくなったということで、相談者は精神的に晴れ晴れとしてしまうのだそうだ。


「ホントなら大したモンだ」


 清太郎はその程度の評価であるが、残り二人は眉唾的な表情であった。

 一体どんなカラクリがあるのか。


 その件は後回しにし、現在浅草で行われている祈祷道場の話に移る。


 祈祷自体は以前と同じだそうだが、悩みを聞いてから実際にお祓い的なことをして薬草を飲ませるまで数日の間隔を取っているということであった。

 あやめの告発によると、兄・良吉がその時間を使い相談者の身辺を調査しているようで、後日お雪がまるで神をその身に降ろしたかのような演出ができる上、経済状況を把握しているため金子を上手い具合に引き出せるのだそうだ。


 典型的な騙りの手口なのだが、本気で悩みを抱えている者にとっては正に救いの神に思えることであろう。

 山村の長閑な暮らしの中での民間信仰或いは民間療法なら可愛いものだか、大江戸八百八町を舞台に大々的に行われたのでは娘のあやめも怖くなって当然ということか。


「……そういうカラクリなら、源さんの素性も調べられちまうな……」


「どっかにヤサを用意しておくか?」


「……いや。旅から戻ってきたことにしておこう。なに、素性なら調べられても構わぬ。ここに来てから聞かれもしなかったが、特に秘密にしていたわけでもない」


 源八郎は既に心を決めているらしく、笑ってそう言った。

 清太郎も、無言ではあったが、ふっと噴出すように笑い、目を源八郎に向ける。


「何でい。二人だけでわかったみたいにしやがって!」


 二人とは少し歳の離れている金四郎は、仲間はずれにでもされた気がしたのか、不機嫌な声を出し始めた。


「源さんも秘密じゃねえって言ってるだろ。俺も人サマのお家事情ってヤツにゃとんと興味がねえ。お前にだって根掘り葉掘り聞いたワケじゃねえだろ?」


「いや、だって……」


 言葉に詰まる金四郎だが、金四郎の場合、何とか源八郎に剣の修行を付けてもらうためか、自ら素性と現状を二人に話していたのだった。


「だったら、教えてくれたっていいだろ!」


「いや、この一件が片付いたらだな」


「なんで!」


「おめえも本気で手伝ってくれんなら、万が一ってこともある。ヤツラに目を付けられたとき、知らねえことが源さんの身を守るってこともあるかもだ」


「あ……ああ、そうだな……」


 そう、知らないこと、名乗らないことがいいこともある。


 《そういえば、清さんの苗字も聞いていなかったな……確かに今更だな……》


 金四郎の納得とは別に、源八郎は清太郎との関係を考えていた。

 清太郎の場合、知らないのではなく、口にしないが本当のところなのだろうが、それでも源八郎にとってここ夢屋は心地良いところとなった。


 金四郎も、源八郎の正体を知ったら弟子入りなどとさすがに口にできまい。無頼の生活はできても、人斬りの弟子と呼ばれたい人間などいるはずもないからだ。

 そして、それが三輪源八郎の真の悩みでもあるわけである。


 《……ウソの悩み相談か……案外、嘘から出た誠で何もかも解決してしまうかもな……》


 そんなことを考えている源八郎であった。


 やはり清太郎は黙って源八郎を見ている。何もかもお見通しであるかのように。


 

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