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十二 連鎖

2話あります。

 

 年が替わり弘化二年正月。

 江戸城では人事が激しく揺れ動いていた。


「水野殿はもうダメでありましょう」


「そろそろ年寄りには引っ込んでもらうか……」


 なにやら不穏な発言が聞かれるが、その発言の主が老中と将軍では窘めようとする者など誰もいない。

 とはいっても、この場にいるのは将軍家慶のお気に入りの人間のみであった。


 昨年、天保十五年は打ち続く不幸な出来事を払拭するためにと暮れも間近になって改元された。そのため朝廷との折衝や何かで慌しかった上に、慶賀のための諸侯との対面もようやく終ったところである。


 表向きは引き続き老中と幕政改革についての内密の会議ということで、来月から南町奉行に内定している遠山景元を連れて阿部正弘の上屋敷を訪れているのであった。

 まともに考えれば不自然極まりなかったが、異議を唱える根性を持った家臣がいるくらいなら幕府の人事も少しは頼もしいところがあるといえよう。


「恐れながら上様、そのようなお発言、誰が聞いているかわかりませぬ。お控えくだされ」


 いや、ここに諫言する者がいた。

 遠山景元その人であった。


 昨年九月、政敵である鳥居耀蔵が報復人事で失脚し、その後釜の水野一派も水野本人が政務を休んでばかりなので継続はままならないだろうとの評判である。

 これで遠山の復帰が確実になりそうな今、将軍の不興を買えば元の木阿弥だというのに大胆なことである。


「……そちはカタいのう……浅右衛門、昔からこうであったか?」


 だが、家慶は不興どころか笑みを浮かべていた。

 ちょうど良い流れだといわんばかりに、幕政には関わりのない山田浅右衛門吉昌に昔のことを尋ねている。


 この日家慶が安部の屋敷を訪れたのは幕政改革が本題ではない。

 それは安部正弘と遠山に任せておけばいいと考えているのかもしれない。安部は老中首座、遠山は町奉行。そうなればこれからは両名とも今以上に多忙になる。


 ならばこうして忙中の閑を楽しめるのは今日が最後だと思ったはずである。

 それで本来関わりのない山田浅右衛門を内密で招き、いつぞやの二人の昔語りの続きが聞きたかったのだろう。


「……そうですな……あのころは……向こう見ず、といってよろしかったでしょうか」


「や、山田殿……」


 家慶の心のうちが読めたのか、吉昌は歯に衣着せぬ言いようであった。


「ほう。つまり、それほど変わりがないということか?」


「さようで……」


「…………」


 ここ阿部家に浅右衛門と一緒に呼ばれたことで家慶の目的を知っていた景元は、これから話題になることもわかっているゆえか敢えて否定しようとはしなかった。

 備後福山藩上屋敷、中奥の座敷で四人きりの会合が始まる。



 ◇◇◇



「差し料が変わっていたそうだ……」


「それはつまり……本当に妖刀ということなのか……」


「わからねえ。だが、辻斬りに豹変しちまったことと関係はあるかもな……」


 夕刻になって清太郎が夢屋に戻ってきた。

 源八郎は早速情報交換を始める。

 あやめを探している一団がいることに清太郎も驚きを隠しきれないようであった。


「それで? ヤクザの親分とやらは?」


「とりあえず話は聞いたが、どうも金で雇われたらしい。相手も頭巾姿の武士であったというだけで身元もわからぬそうだ」


「それで?」


「ウソとも思えんかったし、おつた殿や金四郎もそのヤクザの身元を知っているようであったので、清さんを待つまでも無いと今日のところは解放しておいたが……」


「そうかい……そりゃかまわねえが……わからんことだらけだな……」


「ふむ……実際にその刀を見ることができればいいのだが……」


「浪人の辻斬りは奉行所だ。得物も一緒に押収されている。詮議が済むまではいくら矢坂の旦那でも持ち出せねえだろ。となると源さんが奉行所に乗り込まなきゃだしな……」


「それは……」


「だよな……ま、矢坂の旦那にはそれとなく妖刀のこたぁ伝えてきたから、何かしら考えてくれんだろ。あとは……部屋住みのほうなんだが……」


「ああ。あの心中の……」


 源八郎は初めて清太郎と出会ったときのことを思い出していた。


「遺骸も刀も引き取られてるんだ。だからそん時に息子の差し料が変わってたことに気づいたらしいが、金はあったらしいからな、買い換えたと思って、さして気にならなかったそうだ」


「直接屋敷に赴くわけにはいかんだろうな」


「まあ、素浪人の知り合いなんていねえだろうしな」


 二人はお互いを見比べる。

 どこからどう見ても浪人が板についていて、ちょっとやそっとでは御家人の振りも難しそうであった。


「……しかたねえ。そっちも旦那に頼むか。盗品かもしれねえとでも言えば貸してくれるだろ」


「そうか……しかし……」


「なんでえ? 何か気になることでもあるのか?」


「いや……もし、本当に妖刀だったとして、その後その刀を手にした者はおかしくなっておらぬのだろうか……」


「は?」


「いや、だから、事件を調べた御用聞きや同心などは間違いなく凶器にも手を触れたであろう。妖刀ならその者たちも狂気に駆り立てるのではないかと……」


「ああ、なるほどな……」


 妖刀にも相性というものがあるのではないか。或いは、既に妖刀は何者かの手によって次の犠牲者の手に渡っているのかもしれない。

 そう推論してみたところで再び来客があった。


「先生! お、キセルのおっさんも……」


 金四郎であった。


「先生と呼ぶな……いや、すまなかったな。おかしなこと頼んでしまって……」


「いやいや。おかしなことならたった今起こっちまったぜ! また辻斬りが出たんだってよ!」


「なに!」


 源八郎は思わず立ち上がった。

 さすがの清太郎もヘラヘラしておられず、神妙な顔つきになっている。


「ど、どうしたんでい……」


 詳しい内情を知らない金四郎は二人の反応を訝しく感じた。


「い、いつ、どこでだ!」


「し、しらねえよ。ここ来る途中で捕り方が走り回ってて、聞いたらまた辻斬りだってんで慌てて報せに来たんだよ。方向からして浅草の方だったかな……」


「そ、そうか……すまん……いや、知らせてくれて助かった」


「源さん、俺はもう一度奉行所に行って来る。ここは頼んだぜ。またぞろ誰かが乗り込んでくるかもだ」


「ああ。気を付ける」


 清太郎は後手に回っていることに不安を覚えながら再び夢屋を後にした。


「……ところで金四郎。ほかに何か変わったことを耳にしなかったか?」


 清太郎と入れ替わりに離れの部屋に上がってきた金四郎に座を勧めた上で、源八郎は事件解明の手がかりになればと収獲の有無を尋ねる。

 だが、金四郎は不満げであった。


「あるっちゃあるけどよ……」


「どうしたのだ?」


「……二人でいってえ何探ってんでえ?」


「それは……」


 源八郎は口ごもる。

 いつかは聞かれるかもと思っていたが、よりによって清太郎がいなくなってからとは計算違いもいいところである。

 実際、源八郎自身も、何に必死になっているかわからないといった感じなのだ。

 だが、実は既に腹は決まっていた。


「……そうだな……金四郎もあやめ殿を連れてきた張本人だ。知っておいてもおかしくないだろう……といってもだな、拙者も正直何が起きているかわからぬ。隠し事をしているのではないということだけはわかってくれ」


「わ、わかった……」


 源八郎は金四郎をも妖刀事件に加えるつもりのようである。

 ただ、清太郎の裏稼業のことだけは秘密のままのようであるが。


 少し納得した金四郎は半日の調査を報告し始める。


「……なるほど、目に見えておかしくなった人間はいなかったということか……」


「ああ。だけど、いきなり辻斬りが現れたっていうから、大して当てにはならなかったけどな……」


「それは仕方なかろう。お主も江戸すべてに顔が利くわけでもないしな」


「ああ、それから、おかしくなったってワケじゃねえが、妙な信心ごとにはまってる連中ならいたぜ」


「信心ごと?」


「なんでも、オユキさまだかオシラさまだかわかんねえけど、病もたちどころに治るって評判らしいぜ」


「それは刀と何か関係ありそうか?」


「さあ。そこまでは……」


「そうか……」


「あ。そういや、信心が過ぎて身代を潰しちまって夜逃げしたなんて噂もあるらしいぜ」


「夜逃げ?」


 途端にキナ臭くなったと源八郎は思った。

 だが、それ以上はここで考えていても進展しないと判断し、場所を移すことに。


「金四郎、お主も来い。拙者一人よりあやめ殿も話しやすかろう」


「おう! こうなりゃ最後まで付き合うぜ!」


 源八郎は苦笑しながら夢屋本棟に向かうのであった。




 一方、清太郎は北町奉行所に与力の矢坂彦十郎を尋ねていた。

 当の矢坂は、日に二度も裏稼業の男に堂々と幕府の重要機関を尋ねて来られていささか迷惑気であったが、用件が用件なので仕方なく公けに応対する。


「その方、今回の辻斬りに関し、思うところありとな?」


「へい。お耳を……」


「そこで申せ!」


 公式のお調べということで、配下の同心が同席している手前、矢坂も威厳を見せ付けなければならないのだろう。


「いえね。どうやらお旗本が関わっているようなんで……」


「……これ! 平野! 何か耳にしたか?」


「い、いえ。何も……」


「そうであろう。ワシも何も聞いておらぬ。……ここは良い。そなたも探索に出よ」


「はっ!」


「ああ、それからな、この部屋にはしばらく誰も近づかせるでない」


「はっ。そのように申し伝えておきます……では、失礼いたす」


 矢坂は清太郎の一言を呼び水にして配下を追い払う。

 町奉行の管轄は江戸の町人、並びに浪人が起こした事件の捜査、詮議である。もし相手が旗本御家人の場合、それは目付、ひいては若年寄の管轄であって町役人如きでは手も足も出ないのだ。

 それがわかっているので、面倒な話は上司に任せようと平野という同心もそそくさと取り調べの部屋を出て行った。


「……清太郎、何故首を突っ込むのだ……」


「旦那。そいつは俺にもわからねえ。ただ気になる、だけじゃいけませんか?」


「……まあよい……で? 本当に旗本が関わっておるのか?」


「いや、そいつは出任せなんですがね。ただ、それらしい影が見え隠れしてやがるんで」


「あやめとかいう娘のことか。何かわかったのか?」


「いえ、そっちは相棒に任せてきやした。お知らせしたいのは、娘を探しているのが顔を隠した武士らしいってことでして。夢屋に力押しで来られたら、いくら旦那が後ろにいてもヤベえことになりますからねえ」


「ワシが夢屋に肩入れしているみたいに言うでない! ……うむ、だが、確かに気になるな。で? 娘を探しに来たというのは?」


「ああ、浅草界隈の地回りで、辰三ってヤツでさあ……」


「なに!」


 与力の矢坂は飛び上がらんばかりに驚いた。

 つられて清太郎も身を乗り出してしまう。


「ど、どうしたんで、いきなり……」


「そ、その浅草の辰三が斬られたのだ……」


「そいつは魂消た……」


 おどけてのセリフではなかった。

 辻斬りと聞いて奉行所まで駆けつけたのだが、妖刀のことが気になって辻斬りの被害者のことも加害者のことすら誰であるか失念していたのだった。

 そこに知り合い、友人というのではないが、事件に関わりのある名前が出てきたのには正直に驚いたのである。

 いや、後手に回っているという感覚が強くなったというべきか。


「……下手人の目星は?」


「いや、全く掴めておらぬ」


「そうですかい……しかし、こりゃ口封じの線もありますな」


「口封じだと?」


「物盗りだろうが試し斬りだろうが、狙われたのが話に出たばっかりの辰三ってのは偶然にしちゃ出来過ぎですぜ」


「ふむ……」


 清太郎の意見を聞いて矢坂は考え込む。


「どうしやす?」


「……辰三の周りから調べさせよう」


「で、相手が旗本なんかだったら?」


「そのときは……お奉行次第だ。既に一人闇に沈めている。おそらくは最後までなかったことになされるであろう。そのときはいつものように繋ぎをつける」


「わかりやした。それよりですね、刀を拝借したいんですが?」


「刀?」


「ええ。妖刀かどうか調べたいんで。相棒が詳しいみたいで。できれば部屋住みの刀のほうも手に入れてほしいんですがね」


「妖刀か……こうなると、いっそバケモノの仕業にしておきたくなるな……わかった。近日中に手配しておこう。今日捕まった浪人のは持って行くがいい」


「ありがてえ。ところで、その浪人の詮議はあれから何かありましたか?」


「いや、まるで話にならん。斬れば斬るほど人を救えるなどと、気が触れたとしか思えんな」


「人を救うねえ……」


「ヤツの周りも当たらせてはいるが、何せこう立て続けに事件が起きるとな」


「人手不足ですからねえ」


「……仕方あるまい。長年これでやってきたのだから」


「それでワケのわからねえ事件は俺たちみたいなのに任せると」


「……それも長年の仕来りだ」


 その言葉を最後に二人は無言になった。

 言葉にはしないほうが良い関係というのだろうか、二人はその後為すべきことを黙々とし始める。


 

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