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十一 兆し

2話目です。

 

「これはこれは、早速お出ましのようで……」


 帳場の座敷におつたと向き合って座っている人物は、階段から現れた少年が金四郎だとわかり、不敵な笑みを浮かべる。


 少し遅れて顔を出した源八郎の見立てでは、四十を越えた町人であるが、まっとうな商人などではなさそうで、脂ぎった人相に嫌悪感が走る。


「なあ、おつたさん。わしらも知らん仲じゃない。こうして張本人も顔を出したんだ。隠し事なんぞすることはない。あやめという娘が何を言ったかは知らんが、騙されて連れて来られたんだ。かかった費用はわしが持とう。な、黙って渡してくれんか?」


 用心棒らしい源八郎の姿を見てなのか、男は急に下手に出る。

 だが、内容はあくまで自分の主張を押し付けるものであった。


「何だと! 誰が騙したってんでえ! 表に出やがれ! テメエらもテメエらだ! こんなクソ野郎につきやがって!」


「ガキは引っ込んでろい! こっちゃあテメエのケツ持ってやろうってのに、でかい口たたくんじゃねえ!」


 男は本性を見せた。

 ヤクザである自分と仲間の少年たち同時に啖呵を切った金四郎に、年季の入った声で一喝する。


「……親分さん……」


 それまで黙って相手をしていたおつたが静かに口を開いた。


「おっ、ようやくその気になってくれたかい」


「何か勘違いしちゃいませんか? あたしは最初っからあやめなんて娘はいないって言ってるじゃないですか」


「なんだと? 現に金四郎ってガキが!」


「その子はねえ、ある方から面倒を見るように頼まれたんでさ。与力の矢坂様。お疑いなら聞いてみるといい」


 源八郎はさすがだと思った。

 この場では己一人が知っていることだが、始末屋の仲介人を務めるだけあって、豪胆さはその辺のヤクザなんかよりもしっかりしている。

 まあ、そうでなくては若い女の身で女郎屋の経営なども勤まらないだろう。


 源八郎は、この場に金四郎を連れてきてしまったことをまずいとも思ったが、金四郎も源八郎もあやめのことは口にしなかったのが幸いして、おつたはその件を完全否定するつもりのようだ。


「ちっ! おい、こうなりゃ家捜しだ! 野郎ども!」


「へい!」


 搦め手が失敗したと判断し、ヤクザの親分は強硬手段に移ろうとする。

 間口にいる金四郎の仲間たちの間を掻き分け、本職ヤクザの面々が顔を出した。


「ん? その素浪人は用心棒か? 命が惜しかったら引っ込んでな」


 ヤクザたちが店に入って来ようとするのを見た源八郎は一歩前に踏み出す。


 人数で余裕を見せる親分が親切にも声をかけた。


「……拙者はただの薪割りでござる。表が騒がしかったので見に来たまででござる」


 清太郎のようにはいかなかったが、精一杯惚けた振りをする源八郎。

 あまり意味はなかったようだ。


「ふざけたことを……おう! やっちまえ!」


「どきな、サンピン!」


 ヤクザの子分たちは店に雪崩れ込んだ。


 悲鳴が上がる。


 親分が、その悲鳴が用心棒ではなく子分たちのものだということがわかったのはしばらくしてからであった。

 一人分の悲鳴ではなかったからである。


「金四郎! 子供らを逃がせ!」


「わかったよ! 先生!」


 後ろ手に隠し持っていた薪を振るい、店に入ってきたヤクザどもを打ち倒した源八郎であったが、前回の経験もあって屋内での格闘は避けたいところである。

 逃げる少年たちを呼び水にして何とかヤクザ連中を外に出したかった。


 金四郎が少年たちを扇動し、源八郎の力量を知っていた少年たちは我先に逃げ出す。

 効果は覿面で、ヤクザたちも、倒れた者以外は慌てて外に飛び出していくのであった。


「さて……残りはお主だけだが……」


「や、やめろ!」


 帳場に座っていて逃げる隙を失っていた親分に源八郎は、薪を片手に詰め寄った。

 既に争いになった以上、おつたと二人にしておくわけにもいかないと考え、かなり短絡的な方法だったが、大人しくしていてくれるわけもないだろうと背後に回り、首を絞めて落としてやる。

 後はおつたに任せても良いだろうと、残りのヤクザどもの相手をしに外へ出た。


「金四郎。刀を抜くんじゃない」


「だって、こいつら……」


 外では、一度逃げ出した子分たちが今更のように親分の身を案じて再び乗り込もうとしていた。

 それを金四郎が何とか食い止めていたようだが、多勢に無勢、刀を振り回して追い払うに留まっている。


 まだ人死は出ていないと安心する傍ら、源八郎は始末に困った。


 金四郎が渋々刀を収めると、待ってましたというように子分たちが襲ってくる。

 源八郎は一人一人薪で打ち倒していく。

 だが、相手は以前の少年たちではない。途中で逃げ出す者もなく、結局十人近くが動かなくなるまで源八郎が相手をしなければならなかった。

 最後の一人を気絶する前に捕まえる。


「お主ら、逃げるなら逃がしてやる。どうだ?」


「お、親分を置いていけるか!」


 そばで聞いていた金四郎はムッとした表情になる。

 仲間たちにおいていかれた経験があるし、今日も少年たちは既に逃げ去った後だった。


 それはともかく、源八郎は交渉を続ける。今ほど清太郎の不在がもどかしく思ったことはないだろう。


「親分の命を取ろうというわけではない。話を聞いたら帰してやる」


「う、ウソじゃないだろうな」


「それともまとめて奉行所送りが良いか? 拙者はそのほうが楽だが……」


「ううっ……」


 清太郎の真似か、精一杯人の悪い振りをする源八郎であった。

 しかし、効果はあったようで、ヤクザの子分は路上に倒れている仲間の姿を見つつ項垂れる。


「……ところで、あやめという娘にどんな用があるのだ?」


 あくまでついでという体を装い、最も重要なことを聞く。


「し、知らねえ……」


「知らないとはどういうことだ? 人の店に大勢で押しかけて、お主らが言い出したことであろう!」


 シラを切られたと見た源八郎はいつになく感情を高ぶらせた。


「ほ、ほんとに知らねえんだ! どこぞのサムライが持ってきた話で、親分からも詳しくは聞いてねえ!」


 源八郎に締め上げられた子分は息も絶え絶えにやっとそれだけを言う。


「……そうか……では、やはり親分のほうに詳しく説明してもらわねばな……」


「お、親分はどうなる……」


「……大それた犯罪でも企んでいたら当然奉行所送りだが、単に頼まれたというだけなら今回は見逃してやろう。まあ、拙者が決めることではないがな……金四郎。そいつらを起こしてやってくれ」


「へいへい……起きろ! このヤロー」


 薪で殴られただけなので特に命に別状はない。

 源八郎と金四郎は倒れているヤクザどもをビンタや足蹴りなど手荒に目覚めさせるのであった。


 目覚めた子分たちは既に戦意はないようで、源八郎から停戦を持ちかけられたヤクザの一人から事情を聞き、すごすごと夢屋を後にする。


「金四郎……」


 ヤクザたちが引き上げるのを見届けながら、傍らでいい気になっている金四郎に呼びかける。


「何でい?」


「先ほどの話な……」


「話?」


「おかしくなった人間がいないかどうかの話だ」


「ああ、そのことか。それが?」


「改めて頼む。調べてくれないか?」


「……何かあいつらに関わりがあるのか?」


「……わからん。だが、あやめを探しているサムライというのも気がかりだ。何でも良いから、江戸で辻斬りのような、おかしな事件が起こっていないか調べてほしい。もしかしたら……刀が関わっているかも知れぬ」


「刀?」


「ああ。人を狂わせる、妖刀のようなものかもしれぬ……」


 今回の事件は偶然ではないと感じた源八郎は金四郎にこれまで秘密にしていたことを打ち明けた。

 無論、自分でも不確かなことゆえ言葉を濁してだが。


「妖刀? そんなモンがあるのか?」


「……わからぬ。だから調べてほしいのだが……」


「おもしれえ! いいぜ! 調べてやる! あ、稽古はまだ続けるからな!」


 源八郎に弟子入りしようとしたときもそうだったが、金四郎はよほど自分の感情に正直な性分らしい。詳しいことも聞かずに承諾すると、行き先も告げずに駆け出していった。


「…………」


 呆れる一方、頼もしく思いながら源八郎は夢屋に戻る。

 ヤクザの親分がどれだけの情報を持っているか、尋問は清太郎が帰ってきてからになるだろうが、店先にいつまでも転がしておくわけにはいかないだろうと、用心棒仕事の後始末をしなければならなかった。


「ふう……用心棒というのも面倒なものだ……」


 重い親分の身体を担ぎながら、源八郎は愚痴をこぼす。

 後ろから夢屋の女たちが囃し立てる声が聞こえてきたが、それに答えることなく離れへと向かうのであった。



 ◇◇◇



「上様。そろそろ……」


「もうそんな時刻か……これから面白くなるというのに……」


 老中安部正弘の屋敷で武術上覧会を見た後、自由になれる時間を捻出しての一時であった。昼過ぎに始まった臣下たちとの語らいも、日が西に傾くころに中断を余儀なくされる。

 将軍家慶はさも残念そうな顔をする。


 昔語りを聞かせていた遠山景元と山田浅右衛門吉昌は、将軍の思いがけない興味の引き方に畏れ多さと共に喜びを感じていた。


「上様。続きは今度ということで……」


「……そうか……まだ面倒な仕事は残っておるからの。早く片付けてしまいたいものじゃ。心置きなく話が聞けるようにのう」


「はっ。痛み入るお言葉にございます」


 幕政を担当する老中としては素直に答えるしかない。

 家慶の言葉どおり、今は改革失敗の後始末をどうするかでてんてこ舞いなのだから。


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