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十 妖刀を生み出すもの

2話あります。



「先生。知ってるか? 辻斬りが捕まったって」


「ああ。清さんが番屋まで見物に行ってるみたいだ……それより、先生はよせ」


 夢屋の離れ、そのそばにある薪小屋の近くで師弟二人が話していた。

 もっとも源八郎は師弟だなどとは認めてはいないようだが。


 薪割りしている源八郎の後ろから何度も襲い掛かり、それでも結局一本も取れずに一人息が上がっている金四郎が、休憩のつもりか地べたに座り込んでいるときに思い出したように話題にしたのは世間で恐れられている辻斬りの話である。


 源八郎は素知らぬ顔だったが、つい呟いてしまう。


「もし本当に妖刀が災いしたのなら大変なことだ……」




 先日、あやめという娘が金四郎に連れられて夢屋に身売りに来た。

 おせっかいというか、金四郎のご乱行のとばっちりはご免だということで、普段なら見向きもしないはずの遊女志望の娘に詳しく事情を聞くことになる。


 仮に、よくある借金の返済が目的なら話は早かった。

 連れてきた金四郎は無視して、その娘を規定どおり吉原にでも転売するか、夢屋ででも隠し売女として雇用するかすればよかったのだ。


 しかし、あやめの第一声はこの業界の素人の源八郎だけでなく、海千山千のはずの清太郎ですら驚かずにはいられないものであった。


「殺し屋に仕事を依頼したい」


 その費用のための身売りであり、伝手を求めての悪所に自ら飛び込んできたとのことである。

 驚かされたのはそれだけではない。

 偶然か、それとも人知を超えた存在の導きなのか、まさに殺し屋稼業の巣窟に辿りついていたことになり、その上、殺したい相手は、数日前夢屋が裏の仕事で関わったばかりの辻斬りに関係するというのだ。


 どういう心境か、おそらく心の波長が合ったとしかいえないが、部外者の源八郎には自分が殺し屋稼業の者だとバラしてしまった清太郎も、突然現れた見も知らぬ小娘に正体を明かすわけにはいかないと、身売りの件は保留にして殺し屋探しを手伝うということでその場を収めたのだが、あやめの依頼には深い謎があるようだった。


 それは、単なる辻斬りへの復讐ではなかったのである。


「妖刀が人を辻斬りに駆り立てている」


 そうあやめは説明した。


「妖刀を作り出している人間を殺してほしい」


 辻斬りしている人間ではなく、その大元の始末が本当の依頼らしかったが、相手がどこの何者かまでは口にしなかった。

 当然といえば当然で、形の上では清太郎は殺し屋を探してくれるだけであり、殺しの依頼をしたわけではないのだから。


 だが、自分の以前の仕事にも関わってくるとわかった清太郎は情報を何とか引き出そうとする。


「……殺し屋を探し出して依頼するにしても、そんな怪談紛いの話じゃ誰も相手にしちゃくれないぜ。一度関わっちまったんだ、俺らも協力してやるから、できるだけ詳しく頼むぜ。こっちも商売だからよ。口はかてえぞ。な? 源さん」


「ん? うむ。この者は見かけはだらしなく見えるが実は頼りになる。安心して話すがよい」


「源さん、そりゃひでえ」


 源八郎も、関わりなきこと、などとは言わず、清太郎に合力する構えであった。


 おかげであやめも少し心を開く。


 金四郎に連れてこられた岡場所の一つであったが、いきなり客を取らされたりしなかったのも清太郎たちを信用する原因だったろう。

 身を捨てる覚悟はあったとはいえ、やはりただの娘には違いないのだから。


「……しかし、妖刀か……」


 源八郎は呟く。

 山田流試刀術の後継者候補として修行している立場で数多くの刀を目にしてきたが、未だ妖刀にはお目にかかったことがない。先代たちに比べて修行不足だと言われればそれまでなのだろうが、どうも眉唾ものである。

 しかも、断片的ではあるが、あやめは妖刀を作り出している人間がいると言った。長い歴史の中で少しずつ表面化してくるのが世間一般の妖刀の姿だとすれば、刀鍛冶が故意に妖刀を鍛えるというのも妙な話に聞こえる。


「本当なのです! このままでは妖刀の被害が広がってしまいます!」


 源八郎の疑念を感じ取ったあやめは必死になって訴える。


「信じてもらえなくとも構いません……私がこの身に代えても止めてみせますから……」


 そのための身売りであるから、まさに文字通りである。


 気が触れているようには見えない。

 源八郎は、あやめの覚悟と気迫を信じることにする。


 だが、まだ疑念は残った。


「……何故そなたが己を犠牲にしてまで? それほどの大事、殺し屋の一人や二人で片が付くはずもないであろう。普通ならお上に訴え出れば……確かに信じてもらえぬやもしれぬが、実際に辻斬りが起こっておるような非常の時であれば、きっと取り上げてくれるにちがいない」


「それではダメなのです」


「何故?」


「それは……」


 あやめは頑なに奉行所の介入を拒む。


 何かよほどの訳があるのはわかった。

 だが、妙齢の娘が身体を穢してまでやり遂げねばならぬこととは何か。源八郎にはそれ以上追求することができなかった。


「……よし、わかった」


 清太郎もこれ以上は聞き出せないと判断し、今日のところは話を打ち切った。


「おめえさんはしばらく夢屋にいてくれ。殺し屋が見つかったら身体売ってもらう。それでいいな?」


 あやめはコクリと頷いた。

 清太郎は源八郎を促し、三畳の小部屋を出て行く。


「……どうするのだ? 拙者はどうすればいい?」


 夢屋本棟の中を歩きながら、源八郎は口早に清太郎に尋ねた。

 本来、ここに居候しているだけでもおかしな状況だというのに、殺し屋の仕事に首を突っ込むなどあってはならぬことだ。


 だが、見て見ぬ振りもできぬ性分だったようであり、せめて何か協力できないかと申し出てしまった次第らしい。


「源さんに裏の仕事をさせるつもりはねえ。それに、まだあの娘の依頼を引き受けたわけでもねえしな……しばらくは様子見だな。本当かどうか調べなきゃなんねえから、その間の見張り役は任せるぜ」


 清太郎はそう答えた。

 岡場所の用心棒としてならこの件に関わってもいいということだ。

 源八郎に否やはない。


 あやめを連れてきた金四郎のこともあって、まだ金を払ったわけではないが不意に逃げられても困るというのでそれとなく監視することになった。





 そんなわけで、ここ二、三日は聞き込みで清太郎が夢屋を離れていることが多く、源八郎がその間用心棒稼業に勤しむことになっている。

 といっても、何事もなければいつもどおり縁側で空を見ているか薪を割っているだけなのだが。


 そこにやってきたのが金四郎。

 店主のおつたの許可もあったらしく、堂々と店側から入ってくる。


 あやめの件は、源八郎から一本取ったら考えるという冗談を真に受けているらしく、別段催促がましいことを言わなかったのが源八郎にとって幸いであった。

 それよりも、稽古(?)の途中で金四郎が口にした話題が気にかかる。


 辻斬りが捕縛された情報自体はすでにおつたや清太郎が得ていたので源八郎も知ってはいたが、金四郎も負けじと耳が早いことに気がついた。


 《……道場で剣を振ってばかりの拙者と、放蕩している者との違いか……》


 自嘲気味になった源八郎だが、情報源は多いことに越したことはないと、清太郎から手出し無用と釘を刺されたわけでもないので、自分から調べてみる気になったようだ。


「……金四郎。最近変な噂を聞いていないか?」


「変な、ってどんな?」


「なんというか……急に人が変わったようになったとか、見たことのない刀を持っていたとか……」


 妖刀という言葉を殊更使わなかったのは、源八郎自身がいまいち信じていなかったせいだが、おかげで非常に曖昧な表現になり、金四郎もワケがわからなかったことだろう。


「……さあ。知らねえケド……それがどうかしたのか?」


「いや、少し気になることが……」


「源さん!」


 情報収集のためにもっと詳しく話すべきか悩んでいると、突然声がかけられた。

 夢屋の女郎である。


「どうした?」


「源さん! また殴り込みだよ!」


「俺じゃねえよ!」


 金四郎がそう答えたのは、源八郎がつい金四郎の顔を覗き込んだからであった。


「あやめとかって娘を出せって、そりゃもう恐ろしい剣幕で……」


「あやめ?」


 年増の女郎の説明に、源八郎と金四郎は再び顔を見合わせる。


「元締めが相手してるけど、清さんもいないし、源さん腕が立つんだろ? 何とかしておくれよ!」


「と、とにかく行ってみよう。金四郎、お主も来い。だが、手出しはするな。お主はあやめ殿についていてやれ」


「わかった!」


 源八郎と金四郎は駆け出す。

 離れから大小を持ち出すことも忘れずに。ついでに、この前の経験から、手ごろな薪を一本引っ掴んでの出動であった。


 夢屋表口に続く階段で一度立ち止まる。

 用心棒などといっても、実際に何をすればいいかよくわからないのに気が付いた。既に立ち回りが始まっているなら飛び込んでもいけるのだが、どうやら話し合いの真っ最中のようである。


「ここで待ってな。元締めに言って来るから」


 呼びに来た女郎が源八郎の心情を察したらしく、援軍の手配ができて一安心だと言わんばかりの表情で表に出て行った。


「……金四郎ってガキが連れてきたこたあわかってんだ! さっさと出したほうが身のためだぜ!」


 ドスの利いた声が階段上まで響いてくる。

 内容から間違いなくあやめのことだとわかった。


 《清さんがいないときにこんな……》


「あいつら!」


「あっ! おい!」


 階段から覗き込んでいた金四郎が見知った顔でも見つけたか、源八郎が引き止める間もなく飛び出していった。


 あやめを警護する手筈だったのにと、仕方なさ一杯の表情で源八郎も階段を降りる。

 これはこれで考える手間が省けたともいえた。


「てめえら! ここで何やってやがる!」


「き、金四郎……」


 夢屋の間口に屯っていたのは、先日金四郎と共に乗り込んできた少年たちであった。

 金四郎の顔を見た途端、気まずそうな表情になる。


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