一 忙中の閑
前回作から半年空けてしまいました。
2作同時投稿します。
時代物とファンタジーになりますが、どうなることか……
「お久しゅうござる。山田殿」
「こちらこそ無沙汰致し申した。お奉行様もお変わりなく……」
「あいや、それがし、もはや奉行などでは」
二人の男が話している。
何か憚ることでもあるのか、向かい合わせではなく、隣りあわせで座り、視線は広い庭に向けられたままであった。
一人はきちんと月代を剃った、いかにも幕府要人といった裃姿の武士。
もう一人は、少々草臥れた身なりであるが、一部の隙もない武芸者という形容がふさわしい浪人である。その証拠というわけではなかろうが、月代は剃られていない。
二人とも五十の坂は越えている。
正確にいうと、幕府要人の方が五十二歳。浪人は五十八歳である。
互いの挨拶にあったように二人は久方ぶりの対面のようだが、山田という浪人が相手の敬称に使った肩書き、『お奉行様』という言葉に幕府要人は慌てて否定するのだった。
いや、言葉ほど慌てていないのは態度を見ればわかる。
二人は未だに顔を合わせようとはしない。
「これはご無礼仕った。今は、大目付様でしたな。世間では未だに名奉行の誉れが高いゆえ、ご出世されたことを失念いたしておりもうした。お許しくだされ」
「またそのような戯れ言を……山田殿も相変わらずお人が悪い。出世などと、閑職に回されたのはご存知であろうに……」
幕府要人は自分がからかわれたことをわかっていながら怒るとか叱責するとかいった選択はないようである。
あくまでも庭を見つめながら静かな口調であった。
それでも苦笑を隠しきれないのは、古い友人に出会えて喜んでいるのだろう。
「コホン……遠山殿。御前でありますぞ」
遠山と呼ばれた元町奉行、現大目付の右隣、山田という浪人の反対側から二人をたしなめるような声がかかった。
非常に若い人物である。二十五歳というから二人の半分にも満たないのだが、遠山と山田は素直に謝罪の言葉を述べる。
「これはご無礼を……」
この二人の友人同士の会話は、実は二人きりでなされていたのではない。たしなめられた二人は途端に居住いを正し、無言になった。
二人の今いるところは、なんと老中安部正弘の上屋敷である。
加えて、こともあろうに当代征夷大将軍・徳川家慶も同席していた。臣下三人は広い庭に面した廊下、縁側というべきか、階に座っているが家慶は一人座敷で興味深そうに庭を眺めている。
二人の、歳も身分も違う友人同士が素振りも見せずに挨拶を交わしていたのはそのような事情も考慮してのことらしい。
将軍が老中の屋敷を訪れているのは何もお忍びではない。歴とした公務である。
時に天保十五年九月のことであった。後世に言われる『天保の改革』とはこの時代に行われたものである。
ちなみに、同じ天保十五年は年内に『弘化』と改元される予定である。
そして将軍ともあろう者が臣下の屋敷を尋ねた理由とはこの屋敷で武術上覧会が催されているからであった。
先ほどから屋敷内の将軍や幕府要人たちが庭から目を離さなかったのはこういうわけなのだ。
今も襷を掛け木刀を握った若い侍が二人気合の入った掛け声で戦っている。庭の隅にも同じような格好をした若者たちが真剣な面持ちで試合を観戦していた。
通常なら、将軍が見物すべき規模ならという意味だが、江戸城内で開催されるべきなのだろうが、数ヶ月前、天保十五年の五月、江戸城本丸屋敷が焼失するという大火事があり、未だ再建工事が完了していなかったため、幕府の面目もあり老中の屋敷で行うことになったということである。
理由がハッキリしているため異論を唱える者もなく無事開催となったわけであるが、せっかく江戸城の外に出られるとあってか、将軍家慶も羽を伸ばす気満々のようで、警備の者はともかく、幕閣要人は主催地の主人たる備後福山藩藩主安部従四位下伊勢守正弘と前北町奉行、現大目付遠山左衛門少尉景元の二人のみという大層簡素な共連れである。
無論、何か意図すべきものはあるのだが。
「うむ。なかなかのものである。伊勢、これで終わりか?」
早朝から始められた武術上覧会は滞りなく進められ、この日の試合予定は十人五組であると聞いていたものの、物足りなさを感じたのか最後の試合が終わった後、将軍家慶が不意に安部正弘に声をかける。
「はっ。予定通りにございます。なれど上様、お目にかけたきものが」
老中の安部は将軍家慶の方に向き直り報告をした。
若いのに少々肥満気味で、精悍な武士というわけでもなく温和な顔つきだが、将軍の信頼は厚く、家慶も予定にない行動を咎めもせず気軽に受け答える。
「ほう。何じゃ?」
「据え物斬りの至芸にございますれば、必ずや上様の意に適うかと」
「ほう。据え物斬りとな。然らば山田浅右衛門が出番ということじゃな」
思いがけない趣向に家慶は身を乗り出すようにして安部正弘の一つ隣に座っている人物を眺めた。
ここは安部の屋敷であるから客人は安部が認めた者なら浪人であろうと誰がいてもおかしくないのだが、仮にも将軍が在席する場であるので先んじて紹介はしてあり、家慶もその人物の名を聞き知っていた。
将軍に名を呼ばれた山田という浪人は、よほど胆力が備わっているのだろう、落ち着き払って将軍のほうに向き直り、平伏して返答する。
「恐れながら、この浅右衛門、もはや老体にて上様のお目を汚すことになるゆえ、この場は養子、吉利が代わって務めさせていただきまする」
「養子とな。うむ、そうせい」
「はっ。吉利!」
将軍の許可も下りたようで、山田という浪人は再び庭に向き直り、声をかけるのであった。
その声に応じ、庭に控えていた若い武士たちの間から一人の男が進み出る。
山田浅右衛門。
この名は代々受け継がれてきたものであった。
雲の上の将軍サマでも聞き知っていたように、武士にとっては魂ともいえる腰の物、つまり『刀』の試し斬りを生業とする人物である。
腰物奉行の支配下で御様御用という役目なのだが、旗本や御家人など幕臣の席はなく、こちらも代々浪人の身分のままであった。
それは『首切り』の異名を持つ故なのかもしれない。
試し切りの一環として罪人の打ち首も彼ら一族の役目とされている。それだけではない。処刑が終わった死体はすべて山田家に下げ渡され、それを用い試刀術の研鑽をしているというのだから不浄の者と見なされても仕方あるまい。刀を所持しない庶民からすると、ある意味忌み嫌われているといってよい。
山田家は代々その評価を甘んじて受け継いできたのだ。
父が山田浅右衛門吉昌、先に述べたようにこの年五十八歳。
養子の跡継ぎは山田浅右衛門吉利。三十歳。七代目浅右衛門になるが、先代と同じく浪人であることを証明するかのように月代は剃られていない。
違うところといえば、若さだけである。
襷掛けに脇差のみの姿で、立ったまま将軍に向かい一礼した。
「献上の刀を持て」
老中安部正弘は配下に声をかけ、速やかに試し斬りの用意がなされる。
長持が運ばれてきた。これに将軍家に献上された刀が入っているのだろうが、銘はともかく、名刀かどうかは実際に試してみなければわからないということだ。
長持の中から無造作に刀を取り上げたように見えたが、鑑定する作業は事前にしていたと安部が家慶に告げたことで正式に試し切りが始まった。
山田家の門弟たちによって設置された、様々な『据え物』、巻き藁や竹筒、畳床の前に立って刀を構える。
本日はあくまでも武術上覧会の余興ということで、生き胴、つまり死体を用いた試し切りはない。
だが、それでも山田浅右衛門吉利の試刀術は見事であった。
先ほどまで木刀を用い戦っていたのが子供の遊びに思えるようだ。それが本人たちもわかるようで感嘆の声があちらこちらから上がる。
次々と刀が取り替えられるたびに据え物は両断されていく。
立てかけられた畳床が真っ二つになったときは将軍家慶も手を打って賞賛をしていたが、最後にと鉄兜が用意される。
「兜割り、確かに至芸じゃ」
思わぬ余興に浮かれている家慶が呟いたが、会場は静まり返る。
そもそも剣戟を防ぐための兜なのだ。それが斬られてしまうとあれば無意味ではないかと、平和に慣れきった若い侍たちは考えているのかもしれない。
吉利はこれまでになく大きく振りかぶった。
「見事!」
振り下ろした刀によって鉄兜が両断されたとき、家慶は思わず叫んでいた。
「そ、その刀を見せい!」
「…………」
吉利は刀が将軍に向かないように後ろ手にして片膝をついた。
無言なのは畏れ多かったのか、それとも元々の性格なのか。おそらく後者であろう。
しかし、己が浪人であること、穢れた首切り役であることを憚って直接将軍に刀を差し出そうとしないことは容易に推察できた。
ここで武術上覧会の参加者或いは阿部家の家臣が仲介すれば面倒はなかったのだろうが、指示もなく勝手な真似も憚れたらしい。
「見せよ!」
興奮を隠しきれない家慶は立ち上がる。
将軍なのだから、小姓にでも『持って来い』と一言言えば済んだはずだし、平素面倒な手続きにも慣れているのだから黙って待っていればよかったものを、環境が変わり年甲斐もなくはしゃいでいたのかもしれない。自ら安部や遠山が控える階に駆け寄った。
「上様! お待ちくだされ。それでは上様のご威光が……」
「固いことを申すな」
慌てて制止しようとする老中安部に将軍家慶が気楽な返事をする。
「し、しかし、前例が……」
「何を申す、伊勢。八代吉宗公も御自ら手に取ったそうではないか。のう、浅右衛門」
若くして老中にまで登りつめた安部正弘であったが、政治の能力はともかく、古きことまでは知らなかったようで、将軍家慶はしてやったりという表情で階に控える山田浅右衛門吉昌に言を求めた。
「……さすがは上様。よくご存知で」
「それでは構わぬな。伊勢」
「は……し、しかし……」
言葉に詰まる安部。
そこに吉昌から助け舟が入る。
「恐れながら上様。本日は武術上覧が真の目的。我らの据え物斬りは余興に過ぎないかと。御刀の件は後刻改めてということに……」
「そ、そうでございます。まずは剣士たちに労いのお言葉を」
「う、うむ。そうであったな……」
吉昌の後押しで安部も調子を取り戻し、武術上覧会を予定通りに進めようとする。
家慶に否やはなかった。
出場した剣士たちには将軍から形どおりの賞賛の言葉が送られ、技の秀でた者には何某かの褒美も出て、武術上覧会は恙無く幕を下ろす。
「では上様はこちらに……」
早朝より行われたため、昼には時間ができた。
その時間こそ将軍家慶が求めたものだといってよい。
集められた剣士たちには少し気の毒であったが。




