第6節:微睡む原因
時間を潰す間に、春樹が足を向けたのは、学校近くにある病院だった。
フルカウルの中型バイクで相乗りして乗り付け、ヘルメットを脱いだ冬子は心の中でつぶやく。
ーーーここは。
そんな冬子の疑念に答えない春樹は、受付に向かって行き、冬子の聞き覚えのある名前を告げた。
思わず春樹の顔を見つめる。
彼はちらりと感情の読めない笑みを見せたが、やっぱり何も言わなかった。
しかし、ふざけたり茶化したりといった軽口を叩かない事が。
彼が、冬子の気持ちを――――駒道に近づいた目的を、知っている事の証左だった。
お互いに黙ったまま、連れ立って病室に向かう。
着いた先のドアを開けて中に入ると。
そこで、一人の少女が眠っていた。
彼女の年齢は、冬子と同じ。
まぶたを閉じていても分かる、気の強そうな顔立ち。
しかし、ただ眠っているだけの筈の、彼女の顔色は青い。
何度。
もう死んでいるのでは? 、と疑っただろう。
まるで血の気がなく、呼吸の動きすら感じさせない彼女は、それでもまだ、確かに生きている。
きちんと自発呼吸をしていて。
心臓も健常に動き。
しばらく前からの、原因も分からない昏睡状態にある彼女は。
冬子の同級生であり、学校で唯一の友人だった……。
「贄成サエ」
春樹が。
ぽつりと、彼女の名前をつぶやいた。
その目線は冷静に、眠る少女に向けられている。
窓が閉ざされていて、完璧に空調管理されている筈の室内に。
不意に、風が吹いた。
風は冬子と……春樹の白い頬をなでて。
彼の金髪を、微かに揺らす。
冬子は髪の動きに目を寄せて、何気なく見た春樹の横顔に。
彼の全身から放たれる、何かに。
目を奪われ、そのまま離せなくなった。
春樹は、ある種の神々しさすら感じさせる仕草で、軽く手を払い。
そのまま、ポケットに手を突っ込んで何かを待っているように、微動だにしなくなる。
春樹の気配に目を奪われてぼんやりとしていた冬子の意識が、不意にはっきりとした。
視線を動かせるようになった冬子は。
ベッドの方を再び見て、驚愕した。
そこで、サエが。
目を見開いて、春樹を見つめていたのだ。
しかしサエには、冬子が見えていないようだった。
ただ、自分を見る春樹だけを見つめ返している。
「……子どものこと、残念やったなぁ」
不意に春樹が、悲しそうな顔になって言った。
「でももし、あいつが謝ったら・・・許したりな?」
サエは、表情も変えず、一言も声を発しなかったが。
「後、トーコのことも。ありがと、ってのが、正しいかは、わからんけど」
春樹の言葉に。
サエは一つ、こくりとうなずいた。
ふ、と冬子の意識が再び遠のく。
気付いた時には。
まるで、目覚めたことが幻だったかのように、サエは再び目を閉じていた。
「さ、行くでトーコ」
冬子に話しかける春樹は、いつもの人なつっこい笑顔を浮かべていた。
ーーー今のは?
冬子のその疑問の想いは、聞こえている筈なのに。
春樹は、首を横の振るだけで、明確な返答はくれなかった。
「後はもう、あいつらの問題や。今日の放課後になったら、全部終わるわ」