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&DEAD  作者: メアリー=ドゥ
第一話:ダウト
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第5節:言葉の毒

「ま、ええか。だいぶ〝見えた〟しなぁ」


 春樹は。

 駒道の険しい顔を見ながら軽く言い、首を回した。

 

「よ、昨日の今日でお久しぶりやなぁ、イロオトコ」

「……親切な人が、君が冬子ちゃんを連れ回していると教えてくれたんです。君はこの学校の生徒じゃないでしょう? 一体、何をしているんです?」


 駒道の声にはトゲがあった。

 だが冬子は、その様子に違和感を覚える。


 春樹が、冬子の前に進み出た。

 すれ違い様、彼がにやりと笑う。


 昨日、一瞬だけ見せた鋭い色を浮かべた目で。


「こんな学校みたいな狭いとこで、人気者気取るんも大変やなぁ。ほんまにキレてるのに、わざわざ顔作って『キレてる演技』をしなあかんねんもんなぁ?」


 その言葉に。

 冬子は自分が、駒道の表情にを持った理由を悟った。


 駒道の、怒り顔に対する違和感。

 それは、普段に比べて彼の怒り顔が〝綺麗すぎた〟からなのだ。


 『誰か』に聞いて、

 『校内に入り込んだ危ない不良』に、

 『言葉をしゃべれないかわいそうな自分の彼女』が絡まれているのを、

 『勇気ある自分』が助けにきた。


 きっと、彼にとって学校で誰かに絡む理由は、そうでなければ、ならないのだろう。


 怒り顔の演技、なのだ。

 今の、駒道の顔は。


 善良な『彼』は。

 春樹の存在に気付いても動けなかった。

 『学校の人気者』である為に。


 そして、春樹の挑発に図星を刺されたせいだろう。

 綺麗な怒り顔を張り付けた駒道の顔が、一瞬、いつもの醜悪な感情を覗かせて歪んだ。


 彼は、他人にバカにされるのを、なにより嫌うタイプの人間だ。

 そして、自分に汚点がつく事も。


 完璧主義者、と言えば聞こえは良いが。

 要は、ミスを隠すためならどんな汚い事でもする人間、と言い換えることも出来る。


「……僕の質問に答えてください」


 それでも、ここが学校だからだろう。

 駒道は口調を抑えていた。


「大したことちゃうで。俺は、コマッチのことを調べとったんや」


 春樹が、駒道を指差す。

 冬子から、彼の表情は見えない。

 でも春樹は、普段通りに笑っているのだろう、と、冬子は何故かそう思った。


「な、お前、なかなかうまく猫かぶっとるやん? 成績優秀、運動もできる。適度に社交的で適度に砕けてる。教師受けもいいし、クラスの中心や。悪い噂をほとんど聞けへんかったわ」


 笑みを含んだ言葉を投げていた春樹が、そこで声色を変えて吐き捨てた。

 春樹の放つ雰囲気が、変質する。




「でもな、そんなええとこだけの人間、この世におるわけあれへんやん?」




 冬子は。

 春樹の背中が、威圧的に膨れ上がったような錯覚を覚えて。

 息を、呑んだ。


 正面からその威圧を叩き付けられた駒道は、どんな顔を見たのだろう。

 一瞬にして、顔色が青ざめていた。


 だが、春樹の威圧感はすぐに消える。


「コマッチな、自分は演技が得意やと思ってるみたいやけど、ちょっと自分を隠しきれてへんねん。ド汚い本音の自分をな」


 続いて紡がれた春樹の声音は、いつも通り飄々としていた。


「それが『学校の人気者』っていう地位に現れてんねや。ホンマに自分を隠すなら『平凡な一生徒』のほうがよっぽどええはずやからな」


 駒道の口元が、軽く引きつった。

 思わず舌打ちをしようとして、こらえたような印象を冬子は受ける。

 反対に、春樹の背中からは余裕の雰囲気が漂っている。


「ダイコン役者が下手にカッコつけた演技するから、結局ボロが出んねん」


 春樹が、歯を噛み締める駒道に対して、そろりと牙を立てる。

 じわじわと、なぶるように。


「俺、前に子ども探しとる言うたやろ? どうもその子、コマッチとトーコの周りにおるみたいでなぁ。いろいろ聞いて回っとったら、おもしろい話が聞けてん」


 一度言葉を切って、春樹は校内であるにも関わらずタバコを取り出してくわえた。

 煙を吐いてから、続ける。


「最近、女の子が一人ガッコやめたらしいねん。どうも、付き合ってた誰かにフラれたみたいでな。そのフラれた理由は分からんかってんけど、フった相手は最近、妙なモンにまとわりつかれて気味悪がっとるそうや。しかも、それと前後して、学校に幽霊が出るって噂が・・・」

「やめろ!」


 駒道が、声を震わせながら制止するが、春樹は聞かなかった。


「……噂があってな? その、やめた子をフった男が、ある女子生徒にまとわりつき始めた時期とも重なっとってな?」

「やめろっつってんだよぉッッ!」


 駒道が、醜悪な顔で春樹に掴みかかり、胸ぐらを掴みあげた。

 冬子は、息を呑む。

 しかし春樹は、何でもないようにもう一息タバコを吸った後。


 おもむろに、そのタバコを駒道の手に押しつけた。


「ぎぃ……ッ!?」

「あーぁ、もったいな」


 春樹は、駒道にぐりぐりと火が消えるほど押しつけてから、残念そうな声で言い。


 吸い殻を取り出した携帯灰皿に、落とした。

 駒道は思わず手を離した後、火傷を反対の手で押さえながら悶絶している。


「こんなところで暴れたらあかんやろ。誰かに見られたら、せっかくの人気者ポジションがおしゃかになってまうで?」

「て、めぇ……!」

「放課後まで待ちぃや。そしたら俺も相手したるやん。お前、知ってんねやろ? このガッコん中で、タイマン張ってもバレへんとこくらい?」


 終始狼狽で歪んでいた駒道の顔が、この日初めて剣呑な色を帯びた。


「この、チビ野郎……てめぇ覚悟できてんだろうな……?」


 春樹は小柄だ。

 対して駒道は、マッチョではないが引き締まった長身である。


 一対一の喧嘩で、春樹に勝ち目があるとは思えなかった。

 だが、余裕を崩さない態度で春樹はうなずく。


「……後で、旧校舎の三階、東階段の上まで来い。逃げんなよ?」


 唸るように言う駒道に、春樹はしっし、と手を振った。


「さ、そろそろ授業始まるで。行きや」


 鳴ったチャイムの音を聞いて、駒道は舌打ちする。


「冬子。行くぞ」


 最早取り繕う事すらなく偉そうに顎をしゃくる駒道に、冬子が反応する前に。

 昨日と違い、春樹は口を挟んだ。


「悪いなぁ。トーコは今から授業サボって俺とデートやねん。ほら、目を離してる隙に悪い虫にイタズラされたら困るやろ? ……人質とか、なぁ?」


 と、春樹は振り向いて冬子を見た。


 春樹は。


 最初会った時とぜんぜん変わらない、茶目っ気のある笑みを浮かべていた。


 冬子はそれが、少し怖くて。

 同時に、とても安心した。


「さ、行くでトーコ」


 差し伸べられた手を、冬子は迷いなく掴む。


「ああ、最後に一つだけ忠告しといたるわ」


 忌々しげにこちらを睨む駒道に、春樹は言う。


「お前の持ってる手札は、何者でもないカード……ジョーカー(ババ)や」


 そう、告げた春樹の目は。

 全てを見透かすように、遠い色を浮かべていた。


「札を捨てる時は、きっちり、ハートのKを宣言しいや?」

「あ?」

「でなきゃ、『ダウト』を宣言されて捲られた札の柄がーーー不吉の象徴(スペードのエース)に、なってまうからなぁ」


 意味のわからない言葉に、ぽかんとする駒道を置いて。

 春樹は、冬子を連れて学校を出た。


 校門を見張っている教諭に堂々と『早退です。兄の梅咲春樹です』と嘘をついて。

 しかも納得させてしまった春樹に、ちょっとだけ呆れながら。


 偽造の早退届なんか、いつの間に手に入れていたのか。


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